うーん、一週間があっという間です。
さて、主張拝読。
シンポを2件掛け持ちですか。
一つはパネリストで一つは聴衆(?)とはいえ、相変わらずの鈴木さんのフットワークの軽さには頭が下がります。
両方とも大変興味深い内容で、夜勤で行けなかったのが恨めしいです。
中川さん、外山さんとも、お元気そうでなによりです。長らくお目にかかっていないので、ジュンク堂、行きたかったなあ。
今回、主張を拝読して一番驚いたのは、永山裁判と三島事件の裁判の判事が同じだったということです。
判決文を精査したわけではありませんが、三島裁判では「冷たい・理屈っぽい」という印象があったのに、永山裁判では随分、深淵なところまで掘り下げて「人間」を見ているような気がします。
それを同じ判事が書いたとは。時代がそうさせたんでしょうかね。
さて、「死刑」」ですが、目下、マスコミの関心は、裁判員裁判でどのように「死刑」が扱われるか、ということです。
僕は「死刑」反対派ですが、思想信条ではなく、多くの裁判員たちは心情的に「死刑」を言い出しにくいでしょう。
となると、これまでの死刑確定囚との比較での「法の下での平等」はどうなるのか。また、いわゆる「永山基準」はどうなるのか。
先日の世論調査でも、死刑存置派が圧倒的なこの国ですが、「裁判員裁判と死刑」を通して、国民的に広い「死刑」を巡る議論が起きればいいな、と思っています。
久しぶりにお邪魔します。
先程たまたまTVをつけたら「たかじん」がやっていて、「日本を悪く言う奴は中国や北朝鮮へ行け!」というタイトルを出していた人がいました。気分悪いのですぐにチャンネルを変えましたが、思ったのはよく思っていようが、悪く思っていようが個人の自由ですよね。それらを全て含めて日本なんですから。以前鈴木さんもある方の主張を引用されていたように、「いい点ばかり強調して悪い点には目をつぶるというのは『愛国』ではない」ですよね。また、嫌なら出て行けというなら、それこそ中国や北朝鮮みたいですし。でもこういう「愛国者」はそうした国をバカにしていますよね。もっともその方がそれに気付いていたのかは疑問ですけどね。
今回、北学院榴ヶ岡高校の歴史を知ることができて、興味深かったです。我が故郷・横浜ともゆかりがあるとはビックリ。
実は私は、幼稚園だけプロテスタント系のところに通っていたのですが(そのあとは小学校〜大学までフツーの公立でした)、その幼稚園はとにかく自由で、伸び伸びと育児がされていて、クリスチャンの先生たちは温厚で、幼心にも「これがキリスト教なんだなあ」なんて感じていました。しかし、大人になってから、花村満月氏の小説を読んだことをきっかけにいろいろ調べて、キリスト教、というか、宗教の持つ本質的な欺瞞性みたいなものを知りました。それですっかり無宗教です。
そうそう、鈴木さんは「赤尾の豆単」を焼かれたことが赤尾敏さんに会いに行く遠因になったんですね。赤尾を焼かれて赤尾に(身を)焼かれた、ということですかね(苦笑)。
鈴木宗男さんのお話は、ぜひ聞きたかったです。その昔、いわゆる「宗男疑惑」のときに、北海道の東のほうを随分かけずり回りましたが、人に話を聞いても聞いても、検察側が描くような「問題」は出てこない。いまから思えば、ほとんどが捏造だったんでしょうね。ひどい話で、反省することしきりです。
追伸 春から東北勤務になります。
はじめまして。私は「表現空間S.R」というサイト http://www.geocities.jp/hyoku_sr/ の管理人をしている、庫発りべるきというものです。ゲームに対する不当な悪影響説から、権利を守ることについて拙いながらもいろいろやっております。
鈴木さんが「今週の主張」や自身の著書などで自分の高校時代の厳しい教師やそれに反発したことを語っているのを読むと、複雑な気持ちになります。
鈴木さんの母校に限らず考えると、「厳しい教育」の結果、こんな大人になってしまった人はいないのだろうか…と。
「厳しい教育」の結果、相手の落ち度を強調して暴言じみた言い方をすることを正義と思い込むようになった者、もっと悪ければ自分の示威的な判断で「落ち度」と判断して攻撃をするようにになった者…
ひどい場合には明らかな罵倒や暴力まで実行に移してしまったり…
拙サイトやその中のブログで触れることがあるのですが、残念なことに私の周囲にもそうなってしまったと思える人がいます。
これらのことについても人々が関心を持ってほしいと思っているのですが…。
タイトルと本文は特に関係ありません。
>2月26日(金)6時半から、ジュンク堂新宿店。中川文人著、外山恒一聞き手の『ポスト学生運動史』(彩流社)のトークセッションがあります。中川氏、外山氏、そして私も出ます。
個人的には、このイベントが興味深い。
是非とも妨害者や乱入者等によるハプニングを期待したい。
てっきり最近の流れで外山氏絡みと思いきや、実は鈴木氏への抗議だった、という意外なオチを希望したい。
天皇伝説のトークイベントにて、主役であろう渡辺文樹監督そっちのけで、脇役の鈴木氏ばかり狙い撃ちにした客のように。
出席の御三方は、悪口雑言罵詈罵倒に晒されてきた猛者揃い。
何事も起こらぬ筈は無い。
起こらなかったら怒る。
>佐川一政さんが熱く語りました。
>「焼き肉チャーハン」が出てました。何故でしょうか。
鈴木氏といい赤犬氏といい、考え過ぎだろう。
焼き肉に他意は無いと思われる。
佐川氏は生でもいけるのだから。
うーん、なんかここしばらく、投稿が僕1人で気まずいです。関口さん&常連の皆さん、投稿してください。
というわけで主張拝読。
芸術家との対談に、シンポジウムの司会ですか。
確かにどこかの記者さんが指摘されたように「芸域拡大」の一途ですね、鈴木さん。
一方で、ダイアリーを拝読すると、相変わらず終日図書館に籠もって調べものをしてもいらっしゃるので、拡大に伴って「捨てた」部分がないのは驚きです。
鈴木さんの過去の著作に「読書術」がありますが、ぜひ、「社交術」とか「時間を有効に使う方法」とかでも本を出してください。
そうそう、佐川さん、バレンタインデーにロフトだったんですね。
久しぶりにお写真でお姿お見かけしましたが、お元気そうで何より。
しかし、ロフトでその回に「焼き肉」を出すとは、なあ……。
はじめまして。よろしければ、ツイッターご検討を。さっき、ツイッターで話題に出ましたもので。
鈴木さん、相変わらず多忙で、文字通り東奔西走ですね。よく体力(と気力)が続くものだなあ、と頭が下がります。知的に充実していると、体力まで衰えないものなのでしょうね。
さて、主張拝読。
「ベ平連」。懐かしいですね。
最近、自分より15歳ぐらいも若い人と話をしていて、やたらと60年代末〜70年代初頭の新左翼運動や「ベ平連」について詳しかったので、「大学でなんかやっていたの?」と尋ねてみると、「両親がその世代でした」とのこと。
なるほど、当時、「一線」でバリバリやっていた活動家の人たちが、30歳前後で子どもを設けると、今どきの若手サラリーマンぐらいの年齢になるんだなあ、と感じました。
もちろん、思想的にはぜんぜん、受け継いでいる何かがあるわけではありませんが、「ベ平連」やノンセクトラジカルの、上澄み(といったら語弊があるかもしれませんが)の「自由で秩序にとらわれないところ」は、気質が似通っているかもしれないな、と感じましたよ。
建物でもどうですが、剛構造のものは頑丈な半面、地震に弱く、柔構造のものこそ揺れをしなやかに吸収して倒れにくい、という話を聞いたことがあります。
主張にあった「『組織』を持つと、それが一つの『人格』になる。個人はその中で埋没する。いや、人格の中の『血液』になる」という一節はまさにその通りで、剛構造の強さと弱さを端的に言い得ていらっしゃると思います。
しかし近年、雨宮さんらのプレカリアート運動のような例外はありますが、「ベ平連」的な柔構造でアメーバ的広がりを持つ組織をとんと見かけなくなったのは残念です。変化が激しい時代だからこそ、締め付けではなく、出入り自由なアメーバ的組織(京セラの「アメーバ」とは全然違います、念のため)こそ、40年前よりも現在のほうが求められているように感じるんですけれどもね。
イベント満員御礼、おめでとうございます。
ゲストも豪華ですけれども、やっぱり、鈴木シンパがそれだけ増えているってことですよ。
いい本ですし、個人的には鈴木さんの著作のバスト3に入る名著だと感じますもの。
それはともかく、久しぶりの雪でしたね。
個人的には寒いのは苦手なのですが、鈴木さんみたいに東北出身の方には、郷愁をもって受け止められるんでしょうね。
雪の、とりわけ夜は、静かで大好きです。
なのに、何かが起こりそうな予感もする。
2・26の夜も、きっと、こんな感じだったんでしょうね。
重ね重ね、仕事でイベントに足を運べないことが残念です。
うーん、2日も9日も仕事でイベントに参加できません。やれやれ……。
さて、主張拝読。
また新刊ですか。
対談本とはいえ、昨年の年間4冊を、今年はさらに上回るペースになりそうな滑り出しですね。
なるほど、それで八重洲ブックセンターなんですね。
「左傾化」したといわれる鈴木さんも、「右翼は言論の敵か」などを拝読すると、その昔は妥協のまったくない右翼・民族派だったことがわかります(野村秋介さんに「口ごたえ」していたとは!!)。
小林よしのりさんなんかもそんな印象ですが、特定の立ち位置からスタートしても、不断に学ぶことを続けていると、どこかで「敵」にある「一理」が見えてきて、やがては、左・右に軸足は置きつつも、穏やかな日本主義みたいなところにたどり着くのかなあ、なんて思います。
佐高さんも、そんな感じなんでしょうかね。
それとも、年齢を重ねた結果が、そうせしめるのでしょうか。
興味深いです。