2017/11/20 鈴木邦男

四日市で必勝氏のお墓参り。そして秋田県で講演会

①1年に1度、必勝氏にお会いする

森田必勝氏のお墓参り。11/11(土) 森田必勝氏のお墓参り。11/11(土)

11月11日(土)。三重県四日市に行ってきた。

11月になると、どうしても三島事件のことが思い起こされる。

国を憂うる人たちは、春や夏に運動し、自決するのは秋に多い。どうしてだろう、と言ってた人がいた。

そうか。野村秋介氏は10月、三島、森田氏は11月だ。淋しい秋が、さらに淋しくなる。もの悲しさを誘う季節なのか。

11月25日には憂国忌がある。又、全国でも追悼祭が行われている。前日は、顕彰祭が行われている。

その頃になると、森田さんの家もあわただしくなるし、だから、11月になってすぐに、お伺いし、お墓参りをしようということになり、10年ほど前から実行している。

あの事件から今年で47年だ。でも、あの日のことは、皆はっきりと覚えている。不思議なものだ。

その日の記憶だけを聞いて書いた本も出ている。中川右介さんの『昭和45年11月25日=三島由紀夫自決。日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)だ。

話しかけています 話しかけています

これが出たのは7年前だ。2010年9月30日第一刷になっている。だから、「三島由紀夫没後40年」と書かれている。「あの瞬間、日本と日本人の何かが変わった」と本の帯には書かれている。

この本を出した動機。そして今はどう考えているのか、を本人に聞いた。

11月13日(月)の夜、ANAインターコンチネンタルホテルで会ったのだ。座談会でだ。「楯の会」班長だった本多清氏も出席した。この事件の意味、意義は大きい。

本多氏は、三島の自決の直前に、「実は結婚するんです」と打ち明けた。そして「仲人をやってほしい」とお願いした。

三島は、本当はそれどころじゃない。数週間後には、自決が決まっている。

しかし、それを悟られてはならない。だから、即座に「仲人」を引き受けた。そして、「おめでとう!」と言った。

水をかけています 水をかけています

普通の人間なら、迷う。一瞬、考え込む。しかし、三島は、そんなことは全くなかった。すぐに、反射的に、「おめでとう」と言って、「快諾」したのだ。とても出来ることではない。

そして、11月25日、自決の日。ちょうど倉持氏は昼食をとっていた。その時、テレビに「事件」が映し出された。

驚いた。俺は何をしてるんだ!と思った。

その後、三島の奥さんから電話で「手紙を預かってる」と言う。

取りに行った。すぐに話読んだ。「結婚式に出れなくてすまない」と書いてあった。それと同時に、結婚をし、その幸せの中にある本多氏を決起に誘うことは出来ない。といったことが書かれていた。少なくとも本多氏にはそう読めた。ガーンと殴られたような気がした。「『憂国』をやらなくちゃならんのかと思った」と言う。『憂国』とは三島の作品だ。2.26事件の時、新婚だったために決起から外された将校が、その直後、自決する。上の方から、決起将校を鎮圧するために出動せよと命令されたからだ。その出動の前夜、奥さんと自決する。

お墓に書かれています お墓に書かれています

この壮絶の極みのような映画がある。あれを俺もやらなくちゃいけないのか、と本多氏は思ったという。すごい話だ。

又、『憂国』ではモデルになった、その将校の出身地へ、本多氏は何度も(知らずに)行っていたという。

そんな不思議な偶然が重なる体験が沢山あった。座談会では、かなり、詳しく話していた。どれだけ紹介されるか分からないが、すごい話だった。

これは『週刊現代』の企画だ。11月の24日発売だそうだ。ちょうど三島事件の日の直前だ。

そして、ここで他の2人とも話していたが、三島が1人で自決していたら、多分、「三島事件」とは呼ばれなかっただろう、と語った。

それは、「一作家の自殺」として語られたのではないか。森田必勝氏がいて、その他に3人の「楯の会」の人がいた。三島をむしろ突き上げるようにして決起した。

だからこそ、同年輩の人や後輩たちへ大きな影響を与えた。私らもそうだ。

②「週刊現代」であの事件を語った

お参りを終えて お参りを終えて

森田氏は私の2才下だ。大学で私らが森田氏を誘い、運動に誘い込んだ。

誘った「先輩」の我々は運動をやめていたのに、誘われた後輩の森田氏はずっと運動を続け、三島氏と自決した。

これはたまらなかった。「やましさ」を感じた。いや、「犯罪的」なものさえ感じた。申し訳ないと思った。

そこから新しい〈運動〉が始まった。一水会だって、三島事件があったから生まれた。他の、いわゆる「新右翼」運動も皆、そうだ。

さっきも言ったように、三島一人が自決していれば、〈事件〉にならなかった。森田氏や他の3人がいたから、〈三島事件〉になったのだ。さらに、それに続く〈運動〉が生まれたのだ。「週刊現代」では、そんな話をした。

四日市に行ったのは、「週刊現代」の座談会の前日だった。

でも、感じていることは同じだ。俺たちは何もやっていない。そう思ったんだろう。申し訳ない、という気持ちだ。森田氏の前では全く頭が上がらない。

お兄さんとは1年ぶりの再会です お兄さんとは1年ぶりの再会です

墓参では、いつも厳粛になる。だらしがない我々をきつく叱ってほしい。

でも、森田氏は、いつも明るい。決して、人を批判しないし、叱らない。「仕方ないですね。焦らないでやって下さいよ」と慰めてくれる。

他党派との内ゲバで、皆が殺気立っている時も、森田氏だけは、冷静だった。「少ない仲間で内ゲバをやっても仕方ないでしょう」と言っていた。

彼の方が正論なのだが、「じゃ、やめよう」とはいかない。そんなことがいくつかあった。

ギリギリのところで動き、でも、明るく、開き直っていた。

皆が、「坂本竜馬がいいよな」と言ってた時も、「俺は土方歳三の方が好きだな」と言って、皆を呆れさせた。

その当時、新選組が好きだなんて言う右翼は一人だけだ。日本中探しても、森田氏だけだろう。

「土方たちは京で天皇を守るために闘った。そして、最後の最後まで闘った。函館まで行って闘い、死んだ。その闘いに生きた姿がいい」と言う。

そして、森田氏に勧められて、司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んだ。私も土方のファンになった。

ご自宅で ご自宅で

でも、右翼全体では、森田氏と二人だけだった。と思った。新選組の土方が好きだなんて言うのは2人だけだし、少数派だ。

森田氏との間にもう一つ、共通点があった。二人ともミッションスクールを出たことだ。

それも、当時は2人とも知らない。お互い、言わない。「ミッションスクール」なんて、何か女性的であり、外国的な感じがして、恥ずかしかった。

だから、2人とも人には言わなかった。又、お互い、過去の話はしなかった。現在の左翼との闘い。それしかなかった。

私が知ったのは、森田氏の自決後だ。

死後に森田氏の日記が出版された。読んで、森田氏は中学、高校と6年間も、ミッションスクールに通っていたことが知れた。それも、カソリックの学校だ。

必勝氏の胸像の前で 必勝氏の胸像の前で

日記では、聖書の話や、キリスト教の映画を観たことなどが書かれていた。

大学時代にそのことを少しでも知っていたら、いろいろと話し合うことが出来たのにと残念だ。四日市ではお兄さんとも、そんな話をした。

それにしても、必勝氏の日記を本にしてくれた宮崎氏も偉い。47年前は、スキャナーやコピーはない。カメラで接写することも出来ない。だから、何人かで分担し、ひたすら書き写した。これはと思うページを書き写したという。全て手作業だ。よくやったもんだと思う。気が遠くなるような作業だ。

それが、遺稿集『わが思想と行動』(日新報道)だ。

私は何度読んだか分からない。読み直すたびに涙が出る。

③お兄さんを若松監督に会わせようとしたが…

必勝氏はじっとこちらを見ています 必勝氏はじっとこちらを見ています

そうだ。森田必勝氏のお兄さんをぜひ、若松孝二監督に会わせたかった。これは返す返すも残念だ。

若松監督の「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち」をお兄さんが観て、「ぜひ監督にお礼を言いたい」と言う。「じゃ、四日市に連れて行きますよ」と私は軽く請け負った。

でも、その直後、監督は自動車事故で亡くなってしまった。なんとも残念だし、悔しい。

今は年に1回、四日市にお墓参りに行っている。

数年前には四日市で映画会をやった。そして、森田必勝役の満島真之介さんが来てくれた。そしてお兄さんに会った。「再会」だった。

実は、2人は前に会っている。映画を作る前に2人は会っている。満島さんが誰にも言わずに一人で四日市に行き、森田さんの家を探して、訪ねた。「今度、必勝さんの役をやるのです」と挨拶しておこうと思ったのだ。

横に行っても、視線はこちらを見ています 横に行っても、視線はこちらを見ています

ところが、玄関で会ったお兄さんは凍りついている。声も出せない。

後で聞いてみると、「必勝が帰って来た!」と思ったという。

そんな馬鹿な、と思った。あんなにいい男ではない。それに、今生きていたら60くらいじゃないか。

そう思ったが、お兄さんが言う。「私にとって弟はずっと25才のままです」。

これには驚いた。家には必勝氏の写真がある。庭には、胸像がある。毎日25才の必勝氏と会っているのだ。

その話を聞き、25才の胸像に会い、私らも同じ思いにふけっていた。毎年11月は、そういう季節である。

四日市に行った3日後、今度は私は秋田県大館市に行った。そこで私の講演会があったからだ。

お兄さんから思い出話を聞きました お兄さんから思い出話を聞きました

秋田県は、子供時代に住んでいた。だから故郷で講演会をやった気がする。嬉しかった。

遠くからも、人が聴きに来てくれた。新聞に広告を出したので、それを見て来た人がいた。

又、青森県の佐高塾で講演をやり、その時、聴いた人も、わざわざ来てくれた。嬉しかった。

そして翌日は、花岡事件の記念館。小林多喜二の生誕地跡などを見た。又、世界一の図書館も見たし、私がかつて通っていた保戸野小学校にも行ってみた。

タイムスリップをしたような気分だった。とても懐かしく、又、勉強になった。

芸人9条の会」11/10(金)
芸人9条の会」11/10(金)
神田香織さんと
神田香織さんと
岡大介さん
岡大介さん
オオタスセリさん
オオタスセリさん
「おしどり」になめられてます
「おしどり」になめられてます
福島さんも見にきてました
福島さんも見にきてました
そこに松元ヒロさんが
そこに松元ヒロさんが

【だいありー】

中川、本多氏と。三島についての座談会。11/13(月)
中川、本多氏と。三島についての座談会。11/13(月)
11/14(火)。大館での講演会です。主催者の石田さんが挨拶
11/14(火)。大館での講演会です。主催者の石田さんが挨拶
次に私が講演
次に私が講演
活発な質疑も
活発な質疑も
新聞に広告が出た
新聞に広告が出た
終わって、打ち上げ会で
終わって、打ち上げ会で
  1. 11月13日(月)午前中、原稿。
    タクシーに忘れ物をしたので、高円寺の本社まで取りに行く。幸い、あったので助かった。
    そのあと午後3時、ANAインターコンチネンタルホテル。「週刊現代」の座談会に出る。(来週木曜日の発売だ)。
    三島由紀夫事件について。中川文人。本多清(元・楯の会)。そして私の3人だ。かなり突っ込んだ話をする。
  2. 11月14日(火)午前9時36分発の新幹線で新青森へ。
    そこで乗り換えて、大館へ。13時58分着。
    6時から、私の講演会がある。迎えの車が来ていた。
    会場に行く前に、世界的な写真家・福田文昭さんが写真展をやってるので、観る。御成座という映画館でやっていた。
    それから、社民党の事務所に行って、会場へ。
    6時から講演会。大館労働福祉会館で。地元の新聞にも広告を出したので、人が随分集まった。
    初めに、この講演会を主催した秋田県議の石田さんが挨拶。韓国に行ってたが、この講演会のために急遽帰国。6時にやっと間に合った。
    そのあと、私の講演。日本会議について。又、改憲に向かう安倍政権について話をする。活発な質問も出た。
    私は秋田県には子供時代から、ずっと住んでいた。横手、秋田、湯沢と。横手は幼稚園と小学1年。秋田市は小学2〜3年。湯沢市には小学4年から6年。そして中学2年までだ。秋田県には合計で9年間住んでいた。子供時代の9年間だから、大きい。秋田は自分にとっての「故郷」だと思っている。そんな話をした。
    又、学生運動をやる中で、右派運動をやり、改憲運動をやった。その経過も話し、いま、安倍政権の改憲をどう思っているか。三島事件から47年目の今、どう思っているか。などについても話をした。
    活発な質問も出たし、とても盛り上がった。かなり遠くからも来てくれた人が多い。
    終わって、石田さんたちと打ち上げ。きりたんぽをごちそうになりました。おいしかったです。
    夜は、大館に泊まる。
     夜、塩見孝也さんが亡くなったと、知らさせれました。残念です。悔しいです。
翌11月15日。「花岡平和記念館」で
翌11月15日。「花岡平和記念館」で
石田さんが案内・説明してくれました
石田さんが案内・説明してくれました
「福田文昭写真展」が
「福田文昭写真展」が
「小林多喜二生誕の地」の碑が
「小林多喜二生誕の地」の碑が
秋田・国際教養大学の図書館で
秋田・国際教養大学の図書館で
ここは世界一の図書館です
ここは世界一の図書館です
秋田市立保戸野小学校で
秋田市立保戸野小学校で
  1. 11月15日(水)石田さんが県議の仕事で秋田に行くので車で送ってくれる。
    福田さんの写真展に寄り、さらに「花岡平和記念館」に行く。
    花岡事件のことは私も『腹腹時計と〈狼〉』で書いたことがあるが、行くのは初めて。石田さんはここの建立にも関係してたので、詳しく説明してくれる。
    それと、小林多喜二の生家に行く。ここで生まれたのだ。家はもうないが、この跡地に碑が建っている。
    秋田に着いてからは、国際教養大学とその図書館を見る。この図書館は世界一だ。新聞にも大きく取り上げられてたので知っていた。すごい。
    さらに、私が小学校1、2年の時に通っていた保戸野小学校に行ってみた。
    さらに私が住んでいた家も。家はないが、そのあたりの風景は懐かしかった。
    そして午後4時半、秋田発の新幹線に乗って、東京へ。実りの多かった旅だった。
里美ゆりあさん。さかもと未明さんと。11/16(木)
里美ゆりあさん。さかもと未明さんと。11/16(木)
さかもと未明さん。高須基仁さんと
さかもと未明さん。高須基仁さんと
田中康夫さんと
田中康夫さんと
及川氏、田中氏…ら全員で
及川氏、田中氏…ら全員で
  1. 11月16日(木)午前11時、打ち合わせ。
    昼から河合塾コスモ。
    3時、「現代文要約」。
    5時、「読書ゼミ」。今日は、三島の本を読む。三島の『告白』(講談社)だ。よかった。
    6時半、終わってすぐに銀座の「まじかな」に行く。高須基仁さん主宰の会。里美ゆりあさんとさかもと未明さんの対談。未明さんとは久しぶりだ。懐かしかった。
    それから下北沢へ。及川健二さんのパーティ。田中康夫さんらに会う。
「週刊ダイヤモンド」が「右派・左派」の大特集 「週刊ダイヤモンド」が「右派・左派」の大特集
  1. 11月17日(金)午前中、原稿。
    午後2時、高田馬場の喫茶店「ミヤマ」会議室。新聞社の取材。「ゴルゴ13」連載50年について聞かれる。
    私はずっと愛読してきたし、先週は大阪まで、「ゴルゴ展」を観に行ってきた。オフィシャルブック『ゴルゴ学』では作者のさいとうたかをさんと対談している。ゴルゴは50年間、読み続けている。そんな話をした。
    それから、下北沢へ。世田谷区長の保坂展人さんのパーティに出る。人が多かった。保坂さんと宮台真司さんの対談があった。
  2. 11月18日(土)9時40分発の朝の新幹線で名古屋に行き、そこで乗り換えて岡崎へ。
    1時30分、岡崎商工会議所大ホールで、青木理さんと私のトークセッション。主催は愛知県弁護士会西三河支部。弁護士さんが呼んでくれたのだ。「私たちはどこへ向かうのか=危険な空気に抗う」。
    岡崎は初めてだが、大勢の人が集まった。青木さんの人気だ。テレビによく出てるし本も出している。
    日本の政治の危うさ。警察の危うさについて、じっくりと話をした。
  3. 11月19日(日)午前中、原稿。
    午後2時、「ザ・高円寺」に行く。燐光群の「くじらと見た夢」の芝居を観る。レーニンさんたちと一緒だ。鋭い問題提起の芝居だ。考えさせられた。
私も出ました
私も出ました

【写真説明】

森田必勝氏のお墓参り。11/11(土)

①11月11日(土)。三重県四日市に行ってきました。森田必勝氏のお墓参りです。1年に1度は必ず行くようにしています。自決した11月25日の前に行ってます。お墓の前にぬかずくと、厳粛な気持ちになります。

話しかけています

②この1年、こんなことがあったよ。と話しかけています。いつも、俺たちはダメだなという反省になります。

水をかけています

③水をかけてます。

お墓に書かれています

④戒名が書かれてる。「俗名 森田必勝 二十五歳」が淋しいです。

お参りを終えて

⑤皆でお参りをし、続いて一緒に写真を撮りました。

お兄さんとは1年ぶりの再会です

⑥お墓参りを終えてから、森田さんの実家に寄りました。お兄さん(森田治さん)が待っててくれました。1年ぶりの再会です。

ご自宅で

⑦ご自宅で。必勝さんにお線香をあげました。

必勝氏の胸像の前で

⑧庭には必勝氏の胸像があります。そこでお兄さんと。瀧沢さん、御手洗さん。下中さん。

必勝氏はじっとこちらを見ています

⑨必勝氏はじっとこちらを見ています。

横に行っても、視線はこちらを見ています

⑩不思議なことに、右端に行っても、左端に行っても、必勝氏を見ると、じっと視線はこちらに向いてます。不思議です。皆もやってみてました。

お兄さんから思い出話を聞きました

⑪お兄さんから必勝氏の思い出話を聞きました。

芸人9条の会」11/10(金)

⑫11月10日(金)。南大塚ホールで。「芸人9条の会」。豪華な会でした。9条を守り、安倍政権を笑い飛ばそうという集まりです。壇上は、神田香織さん。「おしどり」。松元ヒロさん。オオタスセリさんですね。左はパギやん。

神田香織さんと

⑬神田香織さん。

岡大介さん

⑭岡大介さん。生誕祭の時にも来てもらい、お世話になりました。岡さんはトップバッターで、皆を引っ張ってました。

オオタスセリさん

⑮オオタスセリさんと。CDとDVDも買いました。「ストーカーと呼ばないで」は私の大好きな歌です。

「おしどり」になめられてます

⑯「おしどり」です。マコちゃんになめられてますね。私は。

福島さんも見にきてました

⑰福島みずほさんも観に来てました。

そこに松元ヒロさんが

⑱そこに松元ヒロさんも入ってきました。

中川、本多氏と。三島についての座談会。11/13(月)

⑲これは11月13日(月)。ANAインターコンチネンタルホテル会議室で。「週刊現代」の座談会です。メンバーがいいですね。中川右介さんは『昭和45年11月25日=三島由紀夫自決。日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)を書いた人。本多清氏は、「楯の会」班長で、三島から最後の手紙をもらった人です。皆で、三島のことを語り合いました。

11/14(火)。大館での講演会です。主催者の石田さんが挨拶

⑳11月14日(火)は秋田県大館市に行き、講演をしました。秋田県議の石田さんが主催し、初めに挨拶しました。

次に私が講演

㉑次に私が講演しました。

活発な質疑も

㉒満員でした。活発な質問も出ました。

新聞に広告が出た

㉓当日の朝刊にも広告が出てました。それを見て来た人もいました。

終わって、打ち上げ会で

㉔講演会が終わって、打ち上げ会で。きりたんぽ鍋をいただきました。とてもおいしかったです。

翌11月15日。「花岡平和記念館」で

㉕翌日は、石田さんが秋田に行くので、車で駅まで送ってもらいました。いろいろ案内してくれました。ここは「花岡平和記念館」です。

石田さんが案内・説明してくれました

㉖「あっ! 花岡事件があったところだ」とすぐに分かりました。中国人、朝鮮人の強制連行、暴行、脱走事件などがあり、多くの方が亡くなりました。私が、『腹腹時計と〈狼〉』の中で、そのことを書いたので、覚えてます。この記念館建設には石田さんも協力されたのです。詳しく説明してくれました。

「福田文昭写真展」が

㉗世界的カメラマンの福田文昭さんも、同じ時期に、ここ大館市の映画館「御成座」で写真展をやってました。そこを観てきました。福田さんはオープニングの日に来て、その後、東京に帰ったそうです。

「小林多喜二生誕の地」の碑が

㉘大館は小林多喜二生誕の地です。その碑がありました。私はかつて、多くのことを調べ、本を書いたことがあるので、感慨深いものがありました。

秋田・国際教養大学の図書館で

㉙それから秋田市に行き、国際教養大学に行きました。ここの図書館は、新聞やテレビで大々的に紹介されました。すごいてず。これは見ただけでも感動です。

ここは世界一の図書館です

㉚内部は全て杉で造られてます。やたら大きいです。日本一、いや、世界一の図書館でしょう。24時間開いていて、学生は夜中でも利用しています。

秋田市立保戸野小学校で

㉛その後、秋田市立保戸野小学校を見てきました。ここは私が小学校1、2年の時、通っていた小学校です。懐かしいです。昔のままです。

里美ゆりあさん。さかもと未明さんと。11/16(木)

㉜これは11月16日(木)です。銀座の「まじかな」で、高須基仁プロデュースの会がありました。女優の里美ゆりあさんの出版記念トークです。これは、里美ゆりあさんと、さかもと未明さんの対談です。

さかもと未明さん。高須基仁さんと

㉝さかもと未明さん。高須基仁さんと。さかもとさんは、以前、漫画を描いていて、かなり激しい政治漫画を描いてました。私は、夢中になり、読んでました。そして何回かお会いしました。小林よしのりさんのような漫画だ、と思いました。しかし、病気をして、しばらく休んでました。とても残念です。今、元気になってお会い出来ました。嬉しかったです。

田中康夫さんと

㉞そこを途中で出て、下北沢へ。及川健二さん(ジャーナリスト)の会に行きました。田中康夫さんと久しぶりに会いました。いつも明るいですね。

及川氏、田中氏…ら全員で

㉟及川氏、田中氏…ら、全員です。

「週刊ダイヤモンド」が「右派・左派」の大特集

㊱『週刊ダイヤモンド』は「右派・左派」の大特集です。すごい。すぐに買って読みました。

私も出ました

㊲そしたら、初めに私が出ていた。あっ、取材されてたんだ。忘れてました。〈右翼の元最高顧問が左翼政党を応援するニッポンのねじれ〉だって。立憲民主を応援したことが書かれてます。

【お知らせ】

  1. 11月24日(金)三島・森田両烈士顕彰祭。午後6時受付開始、午後6時半開始。ホテルサンルート高田馬場。第1部:式典。第2部:追悼記念講演。講師:大下英治先生(作家)。演題:「三島由紀夫の思想とは何か」
  2. 11月25日(土)午後2時。「憂国忌」。星陵会館大ホール(千代田区永田町)。
  3. 11月26日(日)仙台市青葉区中央2丁目の桜井薬局セントラルホールで映画とトークがあります。11月23日から26日まで映画祭。26日は11時55分より映画「エロス+虐殺」上映の後、康芳夫さんと鈴木のトーク。15時05分から。「日本アナキズムと日本ファシズム。大杉栄と甘粕正彦」について話します。
  4. ⑥12月3日(日)東京読書会。〈私たち「鈴木邦男」の味方です! 新刊『天皇陛下の味方です』を読み解こう!〉。
    14時00分開場 14時30分スタート。
    場所:学び舎遊人 参加費:1000円。
    〈お申し込み方法〉
    1.お名前 2.電話番号(携帯) 3.メールアドレス
    1〜3を明記の上、下記のメール「たきざわ」までご連絡下さい。
    E-mail:lee_rose65@hotmail.com
    担当:たきざわ あきこ
  5. 12月6日(水)第2回日露平和条約締結推進国民大会。午後6時開始。ホテルサンルート高田馬場3階大会議室。〈“真の国益”の視点日露平和条約締結を提起!〉。登壇者。丸山和也。久間章生。鈴木宗男。小林興起。鈴木邦男。木村三浩…。
  6. 12月10日(日)、日大の映画祭に出ます。渋谷のユーロスペースです。若松孝二監督の「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の上映。その後のトークに出ます。
1/6(土)名古屋 1/6(土)名古屋
  1. 12月13日(水)「劇団再生」の芝居があります。私も見に行くつもりです。六本木ストライプスペース。「アーチャ語り 親子=重たいドアをあけて」。とても意欲的作品になっているようです。
  2. 2018年1月6日(土)名古屋読書会に出ます。午後1時30分より4時30分まで。テキストは、私の『天皇陛下の味方です』(バジリコ株式会社)です。場所はいつもの会場。「ウィルあいち」です。そのあと、懇親会です。会費は3000円です。
    申し込みは、牛嶋敦子へ。090(9151)5006
    atsuko.ushijima@gmai.com