ちょっと複雑な気持ちだ。映画「靖国」は全国で上映が中止になった。残念だ。悔しい。そして取材が殺到した。私は全て受けた。でも、「他の右翼の人にも聞いて下さいよ」と言ってる。「こんなのは許せん!」と抗議してる人にこそ取材すべきだ。先週のHPに書いたようにTBSの「ニュース23」では映画館に抗議に行った青年(21才)が出ていた。いいことだ。どんどん、「言論の場」に上げてほしい。
又、右翼の中では、「見ないで抗議するのはやめよう」「まず見てからだ」ということで緊急試写会をすることになった。これも大きな進歩だ。その上で、いろんな〈場〉で右翼の声を取り上げてほしい。
「じゃ、お前はどう思っているのか」と聞かれるから、それには全て答えている。映画「靖国」の試写は3回見たし、監督とは5回ほど会っている。雑談で対談もした。勇気のある人だと思う。
この映画の出来た時から係わった。「詳しいでしょうから」と取材を申し込まれる。かなり多い。全て引き受けている。この映画を推薦してるし、一日も早く上映してほしい。だから、どこでも出て、そう主張している。又、「逃げたら卑怯」だと思われる。だから、きついトーク番組でも出ている。
4月11日(金)は久しぶりに、「たかじんのそこまで言って委員会」に出た。13日(日)の放映だ。「おっ、頑張って喋ってたじゃないか」と言われた。たまたま、「質問」が集中しただけだ。「右翼はなんで妨害するんだ!」「国民にどう見られてるのか知ってるのか!」と叱られた。その通りだ。このままの街宣スタイルではマズイ。しかし、「それしかない」と思ってる人も多い。その思いを代弁しながら、さらに、もっと「広い場」に上げてもらいたい。そう思っている。そのことを喋った。
この番組は、何度出ても大変だ。「たかじん」はキツイ。私なんてボーッとしてるから、トークに入り込めない。下手くそだ。それに、すぐに反撃され、叱られてしまう。でも「靖国」問題で行かないと言ったら、「卑怯者め」と思われる。それだけは嫌だ。それで出た。
4月12日(土)、13日(日)は阿佐ケ谷ロフトで劇団再生の芝居があった。『天皇ごっこ』だ。芝居が終わって二日間、演出・脚本の高木尋士氏と舞台でトークをした。13日(日)は切通理作さん(作家)も参加してくれて話が盛り上がった。作家・見沢知廉を一番理解しているのは切通さんだと痛感した。芝居のことは又、詳しく書こう。
4月14日(月)は一水会フォーラムがあり、その後、映画「靖国」の李纓監督と会った。木村三浩氏と一緒だ。夜、遅くまで話をした。
4月15日(火)は加古川の青年会議所に呼ばれて講演をした。満員だった。同時刻、大阪では木村三浩氏が出版記念会をやっていた。
どれもこれも、大きなイベントだ。その一つ一つについて、一回ずつ書いてこうか、と思った。でも次から次と、書くことがあるし、やることがある。「たかじん」、見沢氏の芝居、青年会議所については、これからの二回で、少しずつ紹介していこう。
「たかじん」に出て、帰京したら、知り合いのライターからメールが来ていた。
〈「北野誠の新青年計画」は、とても面白いビデオでした! 収録中に、「幸福の科学」に電話したり。そうかと思えば突然、鈴木さんのインタビューで。そのあと、急に若い巨乳の女の子がたくさん出てきて、「あたし不感症なのー」とか言ってる。
鈴木さんのインタビューでは、三回くらいに別れて入っていて、公園だから、うしろで子どもたちが走っているのも、ほのぼのしてていいですね。16年前のビデオですが、鈴木さんの考えにはブレがない、と改めて思いました。でも当時は太ってましたね。ふっくら、子ブタちゃんでした〉
何じゃい、このメールは。と思いました。当時は北野誠さんとはよく会っていた。北野さんがやってる大阪の超人気番組「サイキック青年団」には出たこともあるし、そのイベントにはよく見に行っていた。出演したのではなく、見に行って、そのあと、遅くまで一緒に飲んだ。オウム事件の時は、小林よしのりさんと一緒に「サイキック青年団」に出て、かなり激論になつた。その流れの中で、ビデオもつくったんだ。オウムのずっと前だな。
それがこの『北野誠の新青年計画』だ。市販しているビデオだから、アマゾンで買って見たんやろ。たしかに私は太っていた。ブタだった。公園で収録したんで、ホノボノとした収録になった。おばちゃんが寄ってきて、「キャー、まことさん。一緒に写真を撮って!」と言う。「付け人のお兄ちゃん、シャッター押してえな!」と言われて、私はカチャカチャと押しましたがな。その様子もビデオに出ている。(出てないかな)。
子供は走り回ってるし、キャーキャー叫んでるし。オバちゃんは寄ってくるし、その中で、「右翼とは何か」「左翼とどう闘っているのか」「この日本をどう変えるのか」といったシリアスな話をしたんですな。面白い企画でしたね。「16年前のビデオですが、鈴木さんの考えはブレがない」と見た人は、誉めてくれますが、ちょっと恥ずかしいですね。16年間も同じことを言い、同じテーマだけで発言し、進歩がないようで…。うーん、ビミョーです。
もっと、昔のビデオはないのでしょうか。「バカヤロー!国賊なんか殺せ!」「テロこそ我々の使命だ!」と喚いていたビデオが。そんなのが発掘されてこそ面白いと思うのですが。「本なんか読むヒマがあったら運動しろ!」「何が一日一冊だ。バカヤロー。テロだ!一日一殺だ!」なんて叫んでいた頃のビデオが…。
左翼と殴り合い、デモに参加して、荒れ狂っていた頃の写真もあったらいいのに。東郷健の「不敬」芝居に乱入し、我を忘れて(役者の)天皇とマッカーサーを殴り、蹴飛ばした「勇姿」も。ビデオがあったらよかったのに。今なら撮ってるんだろうが。昔はないだろうね。惜しい。それとも、誰か写真を撮ってないのかな。
芝居「天皇ごっこ」を見ながら、あれだってビデオを回しておけばよかったのに。写真を撮っておけばよかったのにと思った。「犯罪ビデオ」を自分で撮る奴があるか、と思われるかもしれないが、当事者は決して「犯罪」だと思ってない。「正義の行動」だと思っている。だったら、その貴重な歴史的資料として、撮ってもいいじゃないか。私はそう思いますね。
連合赤軍事件だってそうだ。「これは偉大な闘争」だと思ってたんだ。だったら、〈記録〉を残すべきだった。毛沢東は長征の記録を残しているし、キューバ革命のカストロ、ゲバラも残している。全共闘の闘いだって、かなり危ないシーンも記録に残っている。機動隊との闘い。竹槍をもって闘う内ゲバの写真。映像もある。しかし、連赤はない。変だ。何も初めから〈仲間殺し〉をするとは思ってない。初めは希望に胸ふくらませた山登りだ。「じゃ、ここで記念撮影を。チーズ!」と言って撮ってもいい。いや、初めから〈非合法〉だという認識があったのか。あるいは、「革命的警戒心」なのか。いつ警察に捕まるかも分からない。その時、〈証拠〉を残しておいてはマズイと思ったのか。だったら全員、ヘルメット、サングラス、覆面で記念撮影をしたらいい。でも体型で警察は分かるのかな。
この疑問は連赤兵士の植垣康博さんにも聞いた。「写真を撮っておくなんて一度も考えたことはない」と言っていた。連赤になってからならまだ分かるが、赤軍派時代は、もっともっと明るく楽しくやっていた。明るく銀行強盗もやっていた。それを革命資金にしていた。でも、その頃だって、〈記念撮影〉は撮ってない。惜しい。写真といえば、皆、逮捕された時の写真だけだ。警察が撮った写真だけだ。自分たちで作った〈記録〉がない。これは残念な話だ。
話を戻す。なぜ、16年前のビデオ『北野誠の新青年計画』の話をしたのか。そんなメールが来たからだろう、とお思いの諸君。ちゃいまんがな。ライターが、このビデオをみていた時、私は北野誠さんと話していたのだ。「だから、16年前にビデオの中で話してたんだろう」と言うだろう。違います。今、現実に話していた。それを感じたから、ライターはビデオを見たのだ。〈現在〉と〈過去〉はつながっている。一体だ。時には「取り換え」だってきく。偶然なんてものはないんです、この世の中に。
ちょっと話が神秘的になったな。いかんな。説明しよう。
4月の11日(金)。「たかじん」に出るために私は大阪に行った。3時から5時が収録だ。2時集合だ。1時半頃、よみうりテレビに着いた。中に入って、警備の人にプレートをもらった。その時、「鈴木さん、久しぶり」と声をかけられた。北野誠さんだった。「鈴木さんはたかじんさんでっしゃろう。わしはこれから生放送ですわ」と言う。ちょっと立ち話をした。北野さんは東京でも出ているが、大阪では圧倒的な人気だ。
「あっ昔、この辺の公園でビデオを録りましたね」という話をした。それが、『北野誠の新青年計画』だ。その話をした、その〈念波〉がライターに届いた。そして、アマゾンに申し込んだ。全ては無意識の世界で連動している。偶然はない。私の心が結びつけた。
そんで、「たかじん」だ。映画「靖国」の話をした。次に「総理は誰がいいのか」の話。「若者の『飲みにケーション』」の話。それに何だったかな。四つ位のテーマがあった。2時間収録で、放映は1時間かな。だから、どれがカットされたのかも分からん。「次の総理」もカットされてるのかと思ったら、風見愛さん(元ストリッパー)からメールがあって、「次の総理で、とんでもない事を言ってたでしょう」と言われた。じゃ、あれは放映されたんだ。
「靖国」のコーナーは、一番、力が入っていた。You Tubeで流れているので、見たらいいだろう。
それと、「若者の飲みにケーション」のコーナーが面白かった。この日は、ギャラリーに新人社員(よみうりテレビの)がズラリと並んで、「先輩社員とのコミュニケーション」について語った。
ゲストは城繁幸さん。34才だ。『若者はなぜ3年で辞めるのか』(光文社新書)の著者だ。この本は面白かったし、この日の城さんの話も興味深く聞いた。でも、パネラーが、勝手に喋るから、城さんの話も、途切れ途切れになる。かわいそうだ。
今の若者は、先輩社員とのコミュニケーションがない。ただ、「飲み会」は好きらしい。そうした「飲みにケーション」だけが、唯一の絆なのかもしれない。
「外資系やベンチャー企業でもそうですか」と私は聞いたら、「そんなことは一切ありません」と城さんは言っていた。それは面白い現象だと思った。又、若者はドライなようにみえながら、結構、「終身雇用」を願っている。実力主義だといいながら、いつまでも、「食うか食われるか」の競争社会では疲れると思っているのだ。いつかは安心したいのだ。そんなところをもっともっと聞いてみたかった。
でも、ゲストの人と話す機会はない。番組中で突然出てきて終わった時は、もう帰っている。パネリスト同士でも、終わったら、皆、サーッと帰ってしまう。「朝まで生テレビ」だと、終わってから全員で控え室に集まり、サンドイッチとビールで「打ち上げ」をする。その時、話が出来る。でも、「たかじん」は超多忙な人たちばかりだから、直前に来て、終わったら瞬間にいなくなる。
城繁幸さんは、今は人事コンサルタントだ。若者の仕事には詳しい。しかし、若者と年配社員のギャップは大きく、〈飲み会〉の時しか交流がないのか。さらにベンチャー、外資系では、それすらもなく、能力主義、実力主義だという。淋しくないのだろうか。今度、城さんに会えたら、じっくり聞いてみたい。宮崎哲弥さんは、「いや、皆、独裁主義なんだ」と言っていた。外資、ベンチャーのことだ。それもいえる。でも、「飲みにケーション」に頼らず、「俺についてこい!」とひっぱる力があり、魅力がある。それも凄い話だ。
今の会社では、若者と年配社員の間には会話も理解もなく、ただ「飲み会」だけが唯一のコミュニケーションになってるという。「飲む」ことでしか繋がらないコミュニケーションて、一体何だろう。私は酒は余り飲めないから、右翼とのコミュニケーションは全くない。だから、全右翼に嫌われている。「飲みにケーション」をすれば、「考えは違うが、でも鈴木はいい奴だ」「偉い。よく飲んでる。愛国者だ」と言って〈評価〉してもらえるだろうに。
でも、企業で、〈飲む〉ことしか、繋がりがないなんて、変だよ。淋しいよ。昔はもっと「共通の言葉」があったんじゃないか。共に労働組合で闘うとか、共に本を読んで語り合うとか。将棋、碁だっていい。趣味を通じて、(年齢に関係なく)話し合えることもあったと思う。
僕らが学生時代、右も左も、理想に燃え、使命感に燃えていた。勉強もしていた。酒に逃げることはなかった。飲まなくたって、理想に燃え、運動に酔っていた。
ただ、右翼学生のある党派は、まとまりが悪く、統一行動も苦手だった。それで、よく「飲み会」をしていた。そのことによって「結束」「団結」を強めようとしていたのだ。ただ、日学同の斉藤英俊氏はその団体を名指して、「アルコール共同体」と言っていた。アルコールでしかまとまれない、と言うのだ。これは強烈な皮肉だ。「飲む」ことでしかまとまれないなんて、初めから、「まとまる」必要のない人々じゃないのか。私はずっとそう考えていた。『人はなぜ酒を飲むのか』。これは日本人論だし、左右の運動論にもなるだろう。じゃ、次のテーマだな。これは。『失敗のアルコール共同体』でもいいな。これじゃ、「よりみちパン!セ」になるな。