やっぱり、〈原罪〉だったんだ。いわば右翼としての〈原罪〉だ。これが犯人だ。ぜひ行って、この目で北朝鮮を見てみたい。北の人々と話し合ってみたいと思っていたのに。長い間、拒否されていた。なぜなんだろうと、ずっと考えていた。
特に、13年前、「よど号」グループの田宮高麿さんから正式に招待状が来て、「一水会訪朝団」が訪朝した。しかし、団長の私にだけはビザが下りない。やむなく、木村三浩、見沢知廉氏らが行った。「右翼活動家」としての実績では、むしろ木村、見沢氏の方がある。それに二人は私よりずっと右翼的だし、過激だ。それなのに何故?と思っていた。
それ以来、あらゆるツテを求めて、ビザを申請したが、ことごとく拒絶された。そのことは先週書いた。ピースボート、北にコネのある人、大物フィクサー、総連の人、と多くの人に会い、頼んだがダメだった。塩見孝也さん(元赤軍派議長)と一緒に、「白船訪朝団」を組織して行こうとしたが、これもダメだった。
そんな時、北朝鮮に近い、ある左翼の人に言われた。「鈴木さんは共和国(=北朝鮮)をずっと批判してきたでしょう。特に、『がんばれ!新左翼』に書いたことが共和国のトップにはカチンときたんですよ。それで、“こいつは絶対入国させるな”とブラックリストに載ったんですよ」と言う。
「えっ、そんなことなの。そんな程度のことで一国のトップが頭にくるの」と言ったら、「単なる批判じゃなくて、口汚く罵倒してたでしょう」と言う。そんなことはしてないよ。北朝鮮の置かれた状況には同情してるし、強国アメリカを相手によく頑張っていると思っている。だから批判しながらも、がんばれ!とエールを送っている。それにこれは、拉致が発覚するずっと前のことだ。
『がんばれ!新左翼』は。全3巻が出ている。エスエル出版会(鹿砦社)から出ている。『新雑誌21』に連載したのをまとめて3巻にした。しかし、この『新雑誌21』がつぶれたので、連載も中断した。
単行本は1巻が正篇。2巻が「激闘篇」。3巻が「望郷篇」だ。これで終わり。このあと、「自立篇」「残侠篇」「愛欲篇」「魑魅魍魎篇」…と続く予定だっだが、残念だ。
でも、どの部分が、北朝鮮のトップにはカチンときたのだろう。読み通してみたが分からない。北朝鮮や「よど号」については、かなり書いている。関連する目次だけをザッと見ても、こんな感じだ。
〈正篇〉
「『よど号』ハイジャック事件と三島事件」
「現代の“魔女狩り”と赤軍派」
「日本赤軍と若王子誘拐事件」
「世界の脅威・北朝鮮と日本の過激派」
〈第2巻・激闘篇〉
「養殖左翼の作り方、教えます」
「三島由紀夫と『よど号』と、そして僕たち」
「五十を過ぎたら左右は逆転する」
〈第3巻・望郷篇〉
「思えば左翼も右翼もマンガだった」
「朝霞事件と滝田修とストリッパー」
「みんな、〈故郷〉に戻ってくる」
ウーン、このどこが、カチンときたのだろう。読み返すのは大変だ。だから、関心のある人は読んで、考えて下さい。〈犯人〉は果たしてどこに潜んでいるのか、と。そう言って突き放してもいいんだが、それでは不親切だ。新左翼の人の言葉を続けよう。
「『北朝鮮は中核派が国家を作ったようなものだ』と鈴木さんは言ってたでしょう。『がんばれ!新左翼』の中で。その発言が許せない。共和国への冒涜だ!となったんですよ」
と、その新左翼の人は言う。エッ?そんなことか。そんな事で、国家の「政策」が決まるのか。いや、政策というほどのことじゃないな。誰を受け入れるかどうか、「方針」が決まるのか。それで、ブラックリストに載ったんだ。だから、どの筋から行っても、この発言がひっかかって、自動的に排除された。
しかし、そんなに酷い事を私は言ってるのかな、と思い、読み返してみた。ウッと思った。実は、他の所で、もっと酷い事を言ってる。金日成さんは世界革命を夢見ながら今は、ソ連、中国と仲良くやろうとしている。金正日さんはそれに不満で、ソ連、中国、アメリカそれに世界を敵に回しても世界革命をやろうとしている。そんな事を書いている。これは、「プロレス的に言えば、金日成はアントニオ猪木で、金正日は前田日明だ」なんてメチャクチャ、書いている。
〈ストロングプロレス、過激プロレスを呼号しながらも寄る年波で体がついていかなくなり、かつての過激さがなく、やけに協調的になった猪木。それでは言ってることとやってることは反対ではないかと反逆したデンジャラスな前田〉
それを北朝鮮に当てはめて書いている。
あれれ、こっちの方が失礼だったかもしれない。それで、これらを含め、自己批判しましたよ。私は文書で、きちんと。「先入観、偏見」をもっていい加減な事を書いて申し訳ありません。そのためにも、ぜひ貴国に入国させて下さい。「先入観、偏見」を捨て、白紙の状態で見て、そして書きたいと思います。…と。
でも、事態は全く好転しなかった。相変わらずだ。その後も、ビザは拒否され続けていた。それから何年が経ったのだろう。去年、一つの「動き」があった。水面下での予備折衝があった。そして、今年の4月、急に訪朝が実現した。一水会ならびに私について、調査し直してくれたのだ。そして、「ぜひ来て下さい」「大いに話し合いましょう」ということになったのだ。
なぜ、私だけが拒否されていたのか。党の幹部に直に聞いた。「私の発言が問題だったのですか?」と。「中核派が国を作ったようなものだ」とか、「猪木と前田にたとえたことがいけなかったのですか」と。しかし、それは違っていた。全く違っていた。そんな小さなことで動じる国ではない。「では、何ですか?」
「鈴木さんが日本の右翼の代表的存在だからです」と言う。でも、13年前は木村氏や見沢氏は入れた。しかし、「鈴木さんは一水会の代表でした」と言う。向こうの資料を調べてみたら、一水会というのは、「日本の右翼の中でも最も反動的な組織であり、最悪、最凶の組織だ」と出てました、と言う。ここまで書かれてたら、たとえ誰が推薦しても入国することは出来ません、と言う。
そんな馬鹿な!と思った。一水会なんて、一番進歩的で開かれた集団だ。左翼とも仲がいい。僕なんて、「もはや新左翼だ」と言われてる位なのに。
やっぱり、「右翼の原罪だ」と思った。「右翼団体だ」といわれただけで、こんな風に言われてしまうんだ。
そして、「あっ、あの時と同じだ」と思った。私が産経新聞を辞め、自由になって、「やまと新聞」に「証言・昭和維新運動」を書いた時だ。もう30年以上も前のことだ。血盟団、5.15事件、2.26事件などの生き残りの人々に取材し、連載を書いた。その時、重信末夫さんに取材した。血盟団事件の関係者だ。それに、何と、日本赤軍の重信房子さんのお父さんだ。快く会ってくれた。
ところが、去年、東京拘置所に重信房子さんを訪ねた時、意外な話を聞いた。「父は嫌々、会ったんですよ。だって私が反対しましたから」と言う。「鈴木邦男という男が取材したいと言ってる。どうしたらいいか」と末夫さんは娘の房子さんに相談した。といっても娘はアラブにいる。手紙のやりとりは1ヶ月かかる。娘は反対した。「仲間に聞いたら、一水会という反動的な、凶悪な団体の親分らしい。こんな奴には会うな!」と。
でも、娘の返事が来る前に私は会った。だから初めは末夫さんは構えていたようだ。しかし、「凶悪」そうでない。「反動」でもない。ボーッとした、人のいい青年だ。それで、すっかり気に入ってくれて、気分良く話してくれた。
しかし、酷いよな。「右翼」というだけで、こなレッテル貼りをするなんて。「右翼」だからきっと「反動」であり、「最凶」だろう。そう偏見を持ち、先入観を持っているのだ。自分たちで調べようともしない。しかし、北朝鮮なんか、優秀な工作員がいくらでもいるんだろう。日本で調査してるだろう。そう思ったが、違うようだ。今はそんな余力はないらしい。だから、私らに対してもこの程度の調査だ。
「共和国にとって、日本における大きな敵は三つなんです」と党幹部は言う。「政治家とマスコミと右翼です」と。この三つが北朝鮮攻撃の元凶だという。日朝間の国交をぶち壊そうとする三大元凶だという。
政治家やマスコミは、それだけ力がある。「こんな国は相手にするな」「経済制裁しろ」と煽る。又、マスコミに出て喋る文化人、評論家たちは更に激しいことを言う。「北とは戦争を辞さずの覚悟でやれ!」「こっちも核を持て!」と。
政治家やマスコミだって、マトモな人はいる。しかし、大部分は、「北の脅威」を煽る元凶なのだろう。又、その力もある。しかし、第三番目の右翼は、そんな力はない。「過大評価」だと思った。
しかし、「映像の力」なのだ。たとえば万景峰号が新潟に入る。どっと右翼が行く。街宣車が行く。抗議して暴れる。船を蹴飛ばしている。近くの車も蹴飛ばしている。ニュースとして、そんな映像ばかりが北朝鮮に届く。又、共同通信社がピョンヤン支局を開設したといっては、東京の共同へ右翼が抗議に行く。「反共和国」の行動・暴力は全て右翼がやっていると思う。又、8.15の靖国神社の映像でも、軍服を着て行進し、刀を抜き、突撃ラッパを吹く人々だけが取り上げられ、その映像が世界に流れる。勿論、北朝鮮でも流れる。「最も行動的・暴力的に共和国に敵対しているのが右翼だ」と思われる。「映像」がそれを証明している。
その「右翼」の中でも、一水会は有名だ。だから、一水会は最凶だし、最悪だ。そんな理屈になるらしい。又、「右翼」についての情報はマスコミや総連に頼っているのだろう。マスコミは「公安情報」に頼っている。そうすると、「悪意的な公安情報」では、よく書かれているはずがない。一水会はかつて火炎瓶を投げて逮捕者を多く出した。スパイ粛清で人を殺した。朝日新聞阪神支局の記者を殺した赤報隊事件の〈容疑者〉だ、…と。
それも嘘じゃない。でも、それだけが伝えられたら、確かに、反動的で、最悪、最凶の集団だ。そして、誤った情報だけが伝わる。「北朝鮮は、伝え方が下手だ」と私は言ったが、日本だって下手だ。右翼も下手だ。自分をうまく伝えられない。その点では同じだ。右翼はその代表だ。北朝鮮も日本も、皆、「右翼」だ。ただ、「怖さ」だけが伝えられ、「怒り」だけが伝えられている。
さて、先週のHPでも、ちらっと紹介したが、朝日新書から、川本三郎さんと私の対談本が出る。明日(5月13日)、全国の書店に並ぶ。
『本と映画と「70年」を語ろう』(740円)だ。この中でも、川本さんと「右翼の原罪」について話をした。主要テーマはそれだ。
川本さんは僕より一才若い。1944年生まれだ。「朝日ジャーナル」記者だった時に、「赤衛軍事件」というのがあった。1971年だ。菊井良治という日大生がリーダーの過激派だ。黒幕は滝田修だといわれた。「赤衛軍」は武装蜂起を目指し、銃奪取をするために朝霞の自衛隊を襲う。そして、自衛官を殺す。だから、「朝霞事件」と呼ばれることが多い。
この事件を取材しているうちに、川本さんは菊井にシンパシーを感じ、事件直後に服や腕章を預かり、燃やす。「証拠隠滅」の罪で逮捕され、朝日新聞社はクビになる。しかし、その後、フリーのライターとして復活し、文芸、映画評論家としては今や第一人者だ。永井荷風、林芙美子論をはじめ、最近では新潮新書から『向田邦子と昭和の東京』を出し、売れている。
出発の「つまずき」というか「失敗」は私だって似ている。川本さんがクビになった直後、私も産経をクビになる。だから、二人のこんなやりとりが裏表紙には紹介されている。
〈鈴木 二人とも新聞社をクビになって荒海に投げ出された。ボクはまだ漂っている。川本さんは「革命文学」を書いた。
川本 いや、情けない。「敗北の文学」ですよ〉
川本さんは、文学、映画の本が多い。「あの川本」かと思われたくなかった。政治的なものは意識して書かないようにしてきた。ただ、一回だけ、あの事件(赤衛軍事件)について書いた。それが、『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』(河出書房新社・1988年)だ。それを「革命文学」と私は言ったのだ。
これを読んでから、いや、あの1971年の事件の時から、私は川本さんに会いたいと思っていた。凄い記者がいると思っていた。それに、あの事件の黒幕といわれた滝田修とは何回も会ってるし。
そして、ライター、編集者に声をかけ、「川本さんに会わせてくれ」と頼んでいた。でもダメだった。皆紹介してくれない。「右翼の鈴木が言うんだから、きっと文句を言うんだろう」「街宣車で抗議に行くんだろう」と思われたらしい。「右翼の原罪」だ。
そしてやっと会えた。1971年から何と37年も経ってだ。北朝鮮だって、「よど号」事件(1970年)から38年経って、やっと行けた。40年近くも「右翼」という原罪に縛りつけられ、それで、拒否されてきた。「右翼だから悪人だろう」「右翼だから凶暴だろう」「こんな奴に会ったら何をされるか分からん」…。と、皆、そう思っていたんだ。酷い話だ。そのイメージを変えようと私は必死にやってきた。身をすり減らしてきた。でも、ほとんど効果はなかったんだ。私の力不足のせいだ。無能な人間だったんだよ、私は。
でも、それにも関わらず、少しずつ、変わってきた。だから、北朝鮮にも行けた。川本さんとも対談できた。長い長い、そして暗い「原罪」の旅だった。いや、この旅は今も続いている。
ここで、「原罪」について、ちょっと解説しよう。これは、元々、キリスト教の言葉だ。『辞林21』(三省堂)を見てみよう。こう出ている。
〈げんざい【原罪】 キリスト教で、人類の祖が犯した最初の罪のこと。蛇にそそのかされたイブとともにアダムが神にそむいて禁断の木の実を食べたことが旧約聖書創世記に記されている。アダムの子孫である人間は生まれながらに罪を負うとされる〉
この原罪によって、これから後ずっと、女は苦しんで子供を産むことになり、男は苦しんで働くことになる。アダムが木の実(リンゴ)を食べた〈証拠〉は今でも残っている。喉仏(のどぼとけ)がそれじゃよ。アダムがリンゴを呑み込んだ時、その一片(チップ)がひっかかったのだ。それがそのまま、喉仏になった。だから英語では喉仏のことを「Adam's apple」という。本当だ。手元の『机上辞典』(誠文堂新光社)にもそう出ている。
でも、キリスト教の話なのに、なぜ喉「仏」というか。仏教なのか。これは聖書とは関係ない。ここの小さな骨は、人間がさながら祈っているような姿をしている。それで昔からそう呼ばれていた。百科事典で写真を見たが、本当にそうだ。火葬場で人間を焼いた時に調べてみたそうな。同じものを見て、仏教国ではそこに「仏」を見、キリスト教国ではここに「アダムの罪」を見たのじゃ。では、イスラム圏では何というのだろう。調べてみよう。
コンピューターのアップルも、このキリスト教の原罪から来ている。アップルコンピューターのロゴマークはアップル(リンゴ)だ。でも一口かじられている。アダムが食べたんだ。又、チップという言葉も食べたリンゴの一かけらを示すんだ。
では「原罪」について、もう一つ。今度は、『広辞苑』第6版(岩波書店)だ。7500円の辞書だ。高価だ。貧乏な私がなぜ持っているかというと、もらったのだ。岩波新書が今年で創刊70年を迎える。それを記念して、「私のすすめる岩波新書」というアンケートがあって、答えたら、くれたのだ。「おすすめの3冊」を選ぶ。今まで70年だから、何千冊とある。膨大な量だ。そのリストを見て、思い出しながら書いた。凄い企画だよね。何十人にも頼んだのだろう。その結果は、『図書』臨時増刊号(10月末発行)に載る予定だ。そのもらった『広辞苑』だ。まずは使い初めだ。「原罪」を引いてみる。
〈げんざい【原罪】[英](original sin) アダムが神命に背いて犯した人類最初の罪行為(旧約聖書の創世記)。また、人間が皆アダムの子孫として生まれながらに負う虚無性。宿罪〉
「虚無性」か。どうせ罪人だから、何をやってもいいんだと、投げやりになることか。どうせ、〈右翼〉と言われているんだ。どうせ、馬鹿にされてるんだ。そんな世間に復讐してやる。思い知らせてやるということか。昔の私のようですね。それについて本を書くのもいいな。『失敗の愛国心』の次は、『虚無の愛国心』か。『虚無の右翼』だ。やっぱ、『原罪としての右翼』がいいかな。『ニヒルな右翼』というのも可愛いな。面倒だ。ドナルドダックを表紙にして、『アヒルな右翼』にしてもいい。
でも、『広辞苑』は凄いね。英語も載せている。英語では「原罪」を「original sin」という。罪は「sin」なんだ。これは宗教的な罪だ。一般的な犯罪の罪は「crime」だ。ゲバ棒をふるったり、警察を殴ったり、石を投げたり、火炎瓶を投げたり、立てこもったりするのは、全て「crime」だ。内ゲバ殺人もスパイ粛清も「crime」だ。でも、右翼になった途端、世間から「ペッ!右翼かよ」と蔑視される。バカにされる。差別される。それが「sin」だ。いや、右翼になること自体が「罪」なのかもしれない。今や、新左翼だって、「sin」だね。1972年の連合赤軍事件以降、そう思われている。革命は今や、勿論、「sin」だ。「世の中のために何かやりたい」「平和のために働きたい」と思うこと自体も「sin」だ。そんなことを思うから、過激派になり、仲間殺しに行くんだ。…と思われている。罪深い世の中だ。
今や、右も左も「原罪」を背負って生きなくてはならない。特に私は、〈右翼〉という原罪を背負って40年間生きてきた。疲れた。早く解放されたいよ。アーメン。