タイトルが凄いね。『日本最後のスパイからの遺言』だ。「遺言」も「日本最後」もショッキングだが、問題は、「スパイ」という言葉だ。
普通、自分では「スパイ」と言わない。「国を守るために、情報収集に当たっている」「危機管理のためのインテリジェンスだ」…などと言う。それなのに、「スパイだ」「スパイで何が悪い!」と言っている。俺達がいるのでこの国は守れたのだ。というプライドと気概があるのだろう。
しかし、今は、スパイたちも小物になり、劣化した。という嘆きもあるのだろう。
この本は、2人の対談だ。と言っても、「スパイ」2人の対談ではない。元公安調査庁幹部の菅沼光弘氏とジャーナリスト・須田慎一郎氏の対談だ。扶桑社発行だ。須田氏は「スパイ」とは関係ないが、菅沼氏を尊敬している。秘かに「菅沼学校の最後の生徒」を自認している。
その2人が話す。日本の政治、官僚、日米関係、アジア問題などを語る。でも、その辺の評論家とは全く違う。〈視点〉が違うと思った。本を読んでいて、「あっ、こう考えているのか」「世界のリーダーはこう思っているのか」…という新たな発見があった。歴史や世界を見る時、菅沼氏は「情報史観」で見るという。それについても詳しく語っている。
須田氏は菅沼氏について、こう言っている。
〈言うまでもなく菅沼氏は、情報収集・分析に関してはプロ中のプロ。そして何より忘れてならないのは、情報工作の分野では掛け値なしの天才と言っていい人物だという点だ〉
菅沼氏は東大法学部を卒業して、公安調査庁に入る。ある大企業に就職が決まっていたが、たまたま先輩に紹介された「元情報マン」に会い、その仕事に魅了された。裏方でありながら、国際政治を動かし、歴史を変えている人々がいる。これこそ男の生きる道だと思い、大企業を蹴って、公安調査庁に入る。
公安調査庁は法務省の中にある組織だ。日本の治安・安全のために、あらゆる情報を集める。ただし、警察の公安とは違い、逮捕権はない。菅沼氏は、公安調査庁の中で、調査第2部部長で、旧ソ連、中国、北朝鮮情報を主に収集・分析してきた。これが実に詳しい。
大学を出てから、西ドイツの情報機関であるゲーレン機関に派遣され、情報機関について徹底的に教えられ、鍛えられた。日本に帰ってからは、アジア問題を主にやり、「以来、私は北朝鮮に人を忍び込ませたり、諸外国の大使館員の本音を探ったりと」、いろんな事をしてきた。危ないこともやってきた。
だから、新聞、テレビ、ネットでは分からないことも、見えている。特に、旧ソ連・中国や、北朝鮮についての「分析」「見方」には驚いた。
北朝鮮については、実に冷静に見ている。世の評論家のように、カッカと熱くなって、「やられたらやり返せ!」「あんな国、すぐに潰れる」「日本も核を持って対抗しろ!」なんて言わない。北朝鮮の〈実力〉を認めているし、大国アメリカをキリキリ舞いさせ、世界を変えている北朝鮮の戦略を見つめている。アッと驚く〈謀略〉を使ってまでも、アメリカと対抗し、「生き残り」をかけている。そう言うのだ。これは衝撃的だったので、『アエラ』(1月31日発売号)に書いた。
実は、菅沼氏の本は、『アエラ』で書評を頼まれて読んだのだ。アレッ?菅沼氏とは前に対談してるよな。何の雑誌だったっけ。資料整理が出来てないので分からん。『アエラ』で調べてもらった。すぐに分かった。『SAPIO』2007年8月8日号だった。もう4年前か。コピーも送られてきた。
2人は、この時が初対面。テーブルにつくや、激しく対立し、激論だ。「激論120分。公安調査庁は本当に必要か!?」がテーマだ。
私は、勿論、「公安は必要ない。即時、廃止すべきだ」と言った。「自らの存在のために仮想敵をつくる。公安は日本を劣化させている」と言った。菅沼氏は、真っ向から反論。
「自由と民主主義を脅かす団体には死刑宣告をする必要がある」と言う。オウムに破防法を適用し、解散させたかった。それが出来なかった悔しさもあるのだろう。とにかく、120分、徹底的な激論だった。
今、読み返してみると、菅沼氏は随分といい話もしているし、貴重な提言もしている。しかし、「合意点」を探すとか、さらに「化学反応」を起こして、新しい次元で話すことは出来なかった。私の未熟さ故だ。ともかく、公安調査庁とその仕事を「否定」することしか頭になかった。
その点、菅沼氏と須田氏のこの対談本は、歴史について、国際政治について…。もっと長いスパンで、もっと高いステージで語っている。〈信頼〉があるからだろう。「菅沼学校」の優秀な卒業生なんだし…。
「公安」「公調」というと、私などは昔、さんざん苛められたんで、つい身構えてしまう。すぐ吠えついてしまう。いかんな。と反省している。
そうだ。『SAPIO』で討論した時、公安・公調には、こんなことをされた。こんなことも公調はやっている…と、恨み、つらみを述べた。
又、デモに出た位で、ブラックリストに載せたり、尾行もしている。「合法運動」だって、弾圧されるのなら、じゃ、隠れて非合法でやろうかとなり、人間がどんどん陰湿になる。と言った。
それに対する菅沼氏の答えは…。
「その大部分は被害妄想ですよ。それにその程度のことが怖いようじゃ、右翼運動なんてできないでしょう!」
ピシャリと叩き伏せられた。激しくやりあい、険悪なムードで終わったような気がする。でも、隠し事はなく、本音を言い合った。だから、その後も、何度も会っている。一水会フォーラムの講師でも来てくれた。これはありがたいと思う。今度は、ぜひ、「情報史観」に則った話を聞いてみたい。
須田氏との対談本を読んで、ハッと思った事は多かった。その一つは、例の「金賢姫来日問題」だ。
「莫大な金を使った」「ヘリで東京遊覧までさせた」「でも、何ら新証言はなかった」と、マスコミでは、もっぱら、「金」の話になった。
しかし、問題はそんなとこにはないという。
よく、ここまで言えたもんだと思う。確かにその通りだ。金賢姫を呼んだことは、「金がかかりすぎた」「ただのパフォーマンスだ」「民主の人気取りだ」と言う人はいる。そして、「そのわりには進展がなかった」「成果がなかった」と言う。私もそう思っていた。
しかし、菅沼氏はもっと、冷静に見ている。果たして、「日本の国益になったのか」と。
つまり、あんなことをして、かえって、解決から遠ざかったのではないか…。というのだ。
これにはハッとした。北朝鮮を交渉のテーブルにつかせず、拉致問題を話し合い、拉致被害者を取り戻す。これが一番重大なことだ。これが忘れられ、金をかけたパフォーマンスだけがやられている。「俺はこれだけ北朝鮮と闘ってるんだ」と皆、ポーズだけを示す。
でも、実際に、北朝鮮に行って話し合い、取り戻そうという人はいない。これではダメだというのだ。
それに、金賢姫の入国は「超法規的措置」だったという。多くの国民は知らなかった。もし、こんなことが出来るのなら、アラブに行った日本赤軍の人々や、北朝鮮に行った「よど号」の人にも「超法規的措置」で、(無罪で)帰国させてやればいい。そうじゃないか。
又、世界基督教統一神霊協会創立者の文鮮明が来日した時、公安調査庁の事務官は、即座に不許可を出した。アメリカで脱税で懲役刑を受けていたからだ。ところが、当時の自民党の政治家の圧力がすごかった。又、政府筋の圧力で、公調の反対を押し潰した。そして、文鮮明は来日した。
それと、「日系アメリカ人」についても、驚くべきことを言っている。アメリカから情報を取るために、各国は、アメリカに住む自国民を通して、取っている。
「中国の場合は、中国系アメリカ人がアメリカの中にいます。イスラエルの場合も、ユダヤ系アメリカ人がアメリカの至る所にいます。ですから、実際たまにペンタゴンあたりで軍事情報を漏らしたと逮捕者が出る。韓国も同様であり、今では韓国系アメリカ人がアメリ中に進出しています。こうして、中国も韓国もアメリカの情報を取っているのです。
と菅沼氏は言う。そうだろう。それが国際政治の冷酷な現実なんだろう。だが、日本は違う、と言う。これは気がつかなかった。菅沼氏だから、気がつくし、菅沼氏だから言えることだ。
〈ところが、日系アメリカ人の場合は、そうはなりません。日系の人というのは、アメリカに国籍を変えると、身も心も完全にアメリカに忠誠を誓ってしまうからです。
日本人というのは、そういう潔癖なところがある。これは日系だけの話です。たとえば、ダニエル・イノウエという日系上院議員は親日派ではなく、むしろ、基本的には反日です。同じく日系下院議員のマイク・ホンダは華僑の人と一緒になって、日本政府へ従軍慰安婦に対する謝罪要求議決案を提出しています。
そもそも日系アメリカ人は、真珠湾攻撃の後、財産を没収され、強制収容所に送られるという悲惨な状況を経験しました。当時、“ジャップ”と呼ばれて虐げられたのですが、名誉を挽回するために、日系二世部隊を組織し、アメリカのためにヨーロッパ戦線などで戦いました。また、マッカーサーと一緒に、敗戦後に日本に来ました〉
日系人に対して、随分と厳しい。つい最近もテレビドラマで、日系人の凄まじい苦労の話が、放映されていた。かわいそうだ、とだけ私らは思う。しかし「日本最後のスパイ」としては、その底に、もっと冷酷な視線で見るのだ。菅沼氏は、続けて、こう言う。
〈こうしてアメリカに深く忠誠を誓った背景には、戦前・戦時中に日本は我々日系アメリカ人を見捨てたという怨念が残っているからです。だから、いまだに日系アメリカ人は日本政府にはいい印象を持っていません。だから、いまも日系アメリカ人の軍人は日本に赴任しても、日本語を学んで話そうとはしません。日系二世の奥さんは、日本人は少なく、多くが中国人です〉
こんな事実は知らなかった。かわいそうだ。捨てた日本政府は悪い。と感傷的に見ているだけではダメだ。いやなことでも現実を見、その上から、変えなくてはならない。日系アメリカ人にしても、北朝鮮問題にしても、皆、いやなことは見るまいとしている。こう言ったら、国民には受けるだろう。と、それを考えて発表しているようだ。その点、菅沼氏は、迎合的な発言はしない。これが情報史観なのか。
これは深い本だな、と思った。
「この国を守るために何が必要なのか」と本の表紙には書かれている。その答えがこの本にはある。
たとえば、北朝鮮について、こう言う。
〈いまあのちっぽけな北朝鮮が核を持ち、それを世界がならず者国家のように言って非難しています。しかし、核武装によって彼らは侵略されないのも事実です。ブクブク太って豚みたいな形でアメリカに従属しているのがいいのか、やせ細っても自らが自らを守り、国を運営していくのがいいのか〉
思い切ったことを言う。北朝鮮へのバッシング、ブーイング一色の日本で、これだけのことを言うのは、勇気がいる。たいしたものだ。今の政治家、いや日本人全てが、目先のことしか考えてない。それでいて、「戦時」だという。でも、歴史観がない。長いスパンで国家のこと、世界のことを考える頭がないし、見る眼がないという。
〈戦略的思考というか、要するに歴史観が弱い。たとえば、『孫子の兵法』や『三国志』でもいいのですが、過去の歴史の中で、いったい人類というのは戦争と関連して、どのような営みをやってきたか。これをもっと勉強して欲しいと思います〉
これが結論ですね。今度又、菅沼氏と話をしてみたいですね。「情報史観」に則って。
⑩1月15日(土)新宿に芝居を見に行った時です。芝居に出ていた、あべ・あゆみさん(右から2人目)を囲んで。カメラを向けると、すぐに、面白い顔をしてくれます。さすがプロの役者さんですわ。左は椎野礼仁さん。右は神戸から見に来た「モー娘」。
⑪『SAPIO』(2月9、16日号)の、小林よしのりさんの「ゴーマニズム宣言スペシャル。国防論」から。三島由紀夫が「憲法草案」で女帝を認めてることを書いてました。「皇位は世襲であって、その継承は男系子孫に限ることはない」。もう40年以上も前に、女帝を認めていたのです。凄いですね。私も、『遺魂』(無双舎)で、そのことについて考えてみました。両方とも、お読み下さい。