お待たせしました。今回は凄いです。渾身の力を込めた対談です。
高木尋士氏と三回目の『読書対談』です。一回目は、2008年に筑摩の日本思想大系について話しました。二回目は、2009年。日本思想大系から進むべき全集についての話をしました。僕が40年前に読破したたくさんの全集を今、高木尋士氏が挑んでいます。「昭和の読書王」と「平成の読書王」の対決です。本当はこういうことをやりたくて、このHPを立ち上げたのです。では、お楽しみください。そして、影響を受けたら、どんどん読んでください。
第三回目になるこの対談は、2011年1月4日に高田馬場カフェみやまの会議室で行われました。
鈴木あけおめ。
高木「あけおめ」って・・・
鈴木あれ、知らないの? 「ことよろ」とか、「よろよろ」とか(笑)。あと、「あげぽよ」ね。
高木あげぽよ? 何ですか?
鈴木若者言葉ですよ。「ぽよ」はかわいいから、「あげあげー」の語尾に付ける強調の接尾語ですね。古文にも出てくるでしょ。「いとおかし」の「おかし」とか、「かわい」とか。平成が平安時代に戻ってるんですよ。さあ、新年の挨拶もしたし、『読書対談』を始めましょう。まず、昨年の読書結果から発表しましょう。高木さんは何冊でした?
高木490冊です。月平均は、40.83冊。
鈴木軽く負けたなあ。僕は、412冊。月平均は、今暗算したところ34.33冊。高木さんは、劇団の仕事をしながら、わがままな女優達をあやしながら、よく読んだね。
高木ただ、去年読んだ本を振り返ると軽い本が多かったですね。
鈴木それはね、ノルマ式読書の欠点なんですよ。そうなりがちですね。軽い本って、新書とか?
高木新書も読みましたが、現代の小説ですね。比較する訳ではありませんが、全集を読むとエクスタシーを感じるんですが、現代の小説にはそれがないんですよね。
鈴木全集にはエクスタシーか。なるほど。それでは、「全集読み」の本題に入りましょう。高木さんが取り組んだ筑摩の日本思想大系には三つあって、最初に「戦後日本思想大系」全16巻。次に「現代日本思想大系」全35巻、最後が「近代日本思想大系」全36巻。この順序で読んで良かったでしょう?
高木僕が「全集読み」を始めた時に
鈴木さんに教わった通りの順番です。「戦後日本思想大系」は読みやすく、次の「現代日本思想大系」もなんとかいけます。それが「近代日本思想大系」になるとほとんどが旧仮名遣いになってきて難しいんですよ。順番を違えると挫折します。
鈴木でも「戦後」「現代」と読んだ実績があって、自分にそれを読んだ自信があると難しくても頑張ってみようと思うんじゃない? 「戦後日本思想大系」の中ではどれが良かった?
高木やっぱり『ニヒリズム』。そして、『戦後文学の思想』。
鈴木文学が一つの思想全集に入るって、他に無いよね。編集者に能力があったから編集部で16巻を考えて、各巻のテーマを誰に割り振るかを決めたんだろうね。そして、割り振った人の責任で好きなものを集めてやってみようしたんだと思う。今はそこまでの編集者がいないと思う。
高木発売当時はどのくらい売れたんですか?
鈴木爆発的に売れたと思うよ。学生運動をやっている人は、右も左もこういうものに飢えていたから、みんな読んでいました。アルバイトをして思想書を買って読んだんです。出版の順番も良かったんだね。さっき高木さんが言ったように、「戦後」という読みやすいところから思想を掘り起こしているんですよ。『経済の思想』とか『科学技術の思想』とか、そういうのはそれまで思想にはならなかった。『美の思想』『現代人間論』『日常の思想』もそうですよ。「日常には思想なんてないだろう」という感じだったから、当時、これを読んで驚きましたよ。
高木そうですね。普通は日常の出来事を「思想」とは言わないですよね。でも、こうして一巻にまとめています。
鈴木「戦後日本思想大系」は、思想に対する偏見を解いた入門編みたいな感じだね。
『戦後日本思想大系』全16巻・筑摩書房
鈴木そして次は「現代日本思想大系」全35巻ですね。
高木「戦後」よりも難解になってきますが、各巻のテーマがはっきりしていてどんどん読めました。
鈴木編集に読ませようという努力があるよね。
高木そうですね。『民主主義』『ナショナリズム』『福沢諭吉』が繋がっていたり、『内村鑑三』と『キリスト教』、『仏教』と『鈴木大拙』など、理解しやすくしようとした感じがありますね。
鈴木:当時は全共闘というか左翼が全盛の時代です。だから、『社会主義』や『アナーキズム』はわかるけれども、『ナショナリズム』や『アジア主義』『権力の思想』というテーマをよく入れたと思うよ。普通だったら入れない。『反近代の思想』『超国家主義』もそうだよね。超国家主義なんて、反動的な運動というだけで普通は思想に入らない。それをちゃんと思想全集に入れたっていうのは、筑摩の勇気です。高木さんは、この「現代日本思想大系」も読破したわけですが、どうでした?
高木勉強になりました、というのが一番の感想です。そして、『反近代の思想』『近代主義』『新保守主義』というテーマも1巻ずつまとめられていて興味深かったのですが、やっぱり全体に難しかったですね。例えば、「新保守」は、今でも使われる言葉ですが、74年当時の新保守っていうのはどこを指すんだろう、とか。考え始めたら収拾がつかなくなっていくんです。
鈴木そうか。それは研究してみたらいいね。74年の新保守と今の新保守。新保守主義といっても時代の変化とともに変わるだろう。体制によっても違うだろうし。この「現代日本思想大系」のように、各巻でテーマがはっきりしていると自分の弱点もよくわかるよね。高木さんが言うように「もっと勉強しよう」と思うね。
『現代日本思想大系』全35巻・筑摩書房
鈴木「戦後」「現代」と読み進めると、どんなに難しくても「近代日本思想大系」も読もうと思うでしょ。
高木そうなんですよ。入門的な「戦後」、各巻にテーマのある「現代」。最後の「近代」は、全巻が個人の思想です。
鈴木それこそが本当の思想じゃないですか。『折口信夫』『大川周明』『大杉栄』。右も左も入っている。我々右翼学生も『三宅雪嶺』が出版されて、「これは右翼の人だ。必ず読まなくちゃ」と思いました。『徳富蘇峰』もそうです。『丘浅次郎』は北一輝の原点になった人だから「俺も読んでみよう」と。そんな風に一冊ずつ読んでいるうちに10冊くらい読んでる。そしたら、「全巻を読んでみよう」という欲が出るわけです。そうすると自分には関係ないと思った人や、反対の思想だと思った人たちでも「似ているのかな」と思ったこともあるんですね。『幸徳秋水』とか『木下尚江』とか。そして、『明治思想集1~3』『大正思想集1・2』『昭和思想集1・2』には、いろんな人たちがいっぱい入っていて随分勉強になったのを覚えてますよ。
高木それが一番良かったです。入りやすかったんですよ。短い論文がたくさん入っていて、明治から大正、昭和、1970年代の半ばまでをまとめてあり、非常にわかりやすくて面白く読みました。
鈴木思想の歴史にもなっているよね。その他にはどれが良かったですか? 僕は今思い返すと『丘浅次郎』が面白かったな。「進化論」って、「ダーウィンの進化論を日本語に翻訳したんだろう」って思ってた。ところが、それだけで終わるんじゃなくて、「美しいものが残る」っていう思想は凄いじゃないですか。
高木北一輝もまさにそこですね。美しい人間が神に近づいていく。類神人ですね。他には、『大杉栄』『大川周明』『幸徳秋水』『内村鑑三』『中江兆民』が面白かったです。
鈴木中江兆民は、幸徳秋水の師匠ですね。
高木「兆民先生」ですね。中江兆民もそれまでに読んでいたのが、『三酔人経綸問答』だけでしたから、ここで初めて他の論文を読みました。あとは、『石川三四郎』も面白かったです。
鈴木あっ、そうだね。僕もそれは面白かったのを覚えてます。
高木それまで名前も知らなかったのですが(笑)。あと、『吉野作造』。全体を俯瞰するとなんとなくジャーナリスト系の人たちが多いなという感じがしました。当時の言論の場というのが新聞主流だったんだなと。主要新聞だけでなく、機関紙に書いていた人たちですよね。
鈴木徳富蘇峰とかね。
高木陸羯南もそうです。幸徳・山川・大杉もそうです。和辻哲郎も新聞ですよね。
鈴木大学の中で深く静かに研究をする人っていうのは少ないんだよ。そういう人たちはあんまり世間と接点がないから。だからこの全集に収められた人っていうのは、世間と接点があって、社会に影響を与えたような学者だよね。
高木そうですね。常に発信をして反応を受けて、という人たちです。『戸坂潤』、『小林秀雄』も日々の新聞にやっぱり書いている人たちですね。
鈴木小林秀雄は、今でもいっぱい出ているもんね。小林秀雄で初めてドストエフスキーを知ったとか、小林秀雄を読んでいろんな哲学者の名前を知ったとか、音楽家を知ったとか。そういう意味では小林秀雄っていうのは基底になっている思想家なのかなと思います。大学の入試でも出たからね。こうして高木さんは、日本思想大系全巻を読破したわけですが、どんな感じがしましたか。
高木足もとが固まったという感じがします。この「日本思想大系」は入門的にもいいと思います。「全集を読みましょう。『世界の名著』から読みましょう」と始めると挫折してる可能性がありますね。
鈴木そうかもしれないね。「戦後」「現代」「近代」合わせて全86巻。それを頑張って読んだんだから『世界の名著』全81巻も読めると思うよね。そういう意味でも「日本思想大系」は『全集読み』の入門だろうね。
高木そう思います。でも、入門と言っても力がありますよ。一巻一巻の最初に責任編集者の解説があるのですが、それが新書の何冊分にもあたると感じました。それだけの内容です。まずその解説を読んで、原典を読んでいくという形ですね。それにしても難しかった。読み終えた今も理解できたと言えないものがたくさんあります。
鈴木それはそうでしょう。僕も当時全部読みましたが、わからないとこがいっぱいあったんです。でも読書に対する熱は凄かったと自分でも思います。昔は欲しい本は神田なんかで一週間探して、それでもないってことがある。今はネットですぐ探せる。だから昔と違って本はいくらでも手に入るわけだ。にもかかわらず本を読んでない。もったいない話だよね。
『近代日本思想大系』全35巻・筑摩書房
鈴木筑摩の「日本思想大系」全86巻を読んで、その次は、何に挑戦したんだっけ?
高木「世界教養全集」全38巻(平凡社)ですね。これは読みやすくて面白かったです。高校生向けぐらいの感覚で出版されたんじゃないかと思います。「5巻」の『幸福論』『友情論』『恋愛論』なんか特に高校生くらいで興味を持って読むと思います。
鈴木その通りだと思います。出版社もそのあたりを狙ったんだと思う。でも内容は、相当高いレベルだよ。例えば、「7巻」。『菊と刀』『東の国から』『秋の日本』。いろんな日本論が偏見無く入っている。今なら日本論だと『菊と刀』を入れておけばいいや、と思うじゃないですか。
高木「6巻」「7巻」の繋がりが面白いですよ。「6巻」が日本人が見た日本の性格です。長谷川如是閑、亀井勝一郎、小林秀雄。名作『茶の本』の岡倉覚三。
鈴木谷崎の『陰翳禮讃』も入ってるね。
高木そして「7巻」が外人の日本論。岩波あたりで読めるものもたくさんありますが、こうしてまとめて読むと充実感が違います。
鈴木そうだね。「8巻」だと、下村湖人の『論語物語』とルナンの『聖書物語』の両方が入ってるね。これって深いよね。そして、「11巻」の『芸術の歴史』は凄かったよね。学校だと単なる政治的な歴史しか習わないけど、こうして芸術だけの歴史を精緻にわからせてくれる。
高木全巻の中でもこの『芸術の歴史』は名作です。
鈴木こういうのは、全集に入っていないと読む機会がないんだよ。そういう意味でこれはありがたかった。書店で見つけようとしても芸術のコーナーってあんまり行かないし。こういう人も知らないし。
高木そうですね。興味の向かない分野や知らない人でも全集なら読まざるを得ない。「13巻」の『世界文学三十六講』、これも面白かったですね。文学史であり、一種の読書指南です。ヘッセの『世界文学をどう読むか』も読書に対するアプローチです。
鈴木『新文章読本』もあるね、「14巻」か。
高木川端ですね。作文講座っていうのを当時は、いろんな人が書いているんですね。三島由紀夫も谷崎も。
鈴木本格的なやつもあるよね。「15巻」の『空想から科学へ』『共産党宣言』『職業としての政治』。これ一巻で全部入っているわけだから充実してるよ。
高木『空想から科学へ』も『共産党宣言』も名文だし、『第二貧乏物語』『矛盾論』も入ってます。
鈴木さんは、石田幹之助の『長安の春』は覚えてますか?
鈴木うん、読んだのは覚えてる(笑)。他にも『黄河の水』とか『史記の世界』とか覚えてるよ。武田泰淳は史記のことでいろいろ書いているからね。それを読んで、「じゃあ中国の古典を読んでみよう」と思ったね。「19巻」は有名だね。シュリーマンとかフレイザー『悪魔の弁護人』も入っているんだよね。
高木そうですね。全巻を通して読む順序が計算されていると思いました。読者の理解を促し、読書への興味が途切れないように計算されていると感じました。
鈴木それがプロの編集者です。読む順序と言えば、高木さんは、最初から読むの?
高木僕は、1ページ目から読みます。
鈴木僕はなんか面白そうなのから読んじゃう。買った時は、まず『悪魔の弁護人』を「何だこれは」と思って最初に読んだね。シュリーマンは、知ってるから後でゆっくり読もうと。
高木でも、順番に読んでいくとわかりやすくなってるんですよ。『悪魔の弁護人』を最初に読むと、何が言いたいのかわかりづらいと思います。
鈴木僕はフレイザーの『金枝篇』を読んでたからね。その人が書いた本だからきっと面白いだろうと思った。『金枝篇』は、王様は必ず奇跡を起こさないといけない、奇跡を起こさない王様は殺されるという「王殺し」の話だ。一方の『悪魔の弁護人』は、悪魔というのは迷信で、迷信っていうのは古代においては科学だった。だからそれで人々を守ったり、奇病から守ったり、あるいは近親相姦を防いだりといろんなことに作用した。なかなか面白かったね。世界観が変わった。
高木鈴木さんのように下地があるともちろんそんな読み方もできると思いますが、初めて取り組む時はそうもいきませんよ(笑)。この全集の順番通りに、『過去を掘る』、『発掘物語』、そして、シュリーマン『先史時代への情熱』と読んで、古代へ目が向いたところで『悪魔の弁護人』を読むと、当時の呪術、言い伝えっていうことの科学的な根拠がわかりやすいんです。そうじゃないと『悪魔の弁護人』は、いろんな例が出されていて混乱します。
鈴木やっぱり編集が工夫しているんだね。『悪魔の弁護人』だけが、ぽんと出てくると、ずらっと例が並んでいるので確かに初めて読む人は、「何だ?」と思っちゃうね。そうすると後の三つも捨てちゃうね(笑)。段々とわかるようにして、最後は『悪魔の弁護人』を理解させるか。なるほど。初めて知った。「20巻」の『魔法』も印象に残っている。普通「魔法」だけで一冊の本にならないよ。僕らがあまり読んでなかったようなことをいっぱい取り上げているから面白かったね。「21巻」の『山の人生』『猪・鹿・狸』とかね。
高木まさに柳田ですね。「22巻」は山の話です。登山だけで一巻です。そして、探検物語、冒険物語と続きます。この辺は小学生が読んでも面白いですよ。わくわくします。「よし、俺もいつか富士山に登ろう、エベレストに登ろう」と思いますよ。
鈴木「25巻」はルソー『孤独な散歩者の夢想』に、「26巻」はクロポトキン『ある革命家の思い出』、『アラビアのロレンス』。アラビアのロレンスは、映画があることはみんな知っているけど、実際小説を読んだ人ってほとんどいないんじゃない? それからこの「27巻」の『ジョゼフ・フーシェ』。
高木ツヴァイクですね。
鈴木フーシェってフランス革命を生き延びた人だよね。当時は、権謀術数でみんなどこかの党派についたり離れたりして、すぐ殺されたりしたんだけれども、それを生き延びたんだ。あの頃、右翼学生の中でも権力闘争を生き延びてたやつは「あいつはフーシェのようだ」なんて言っていたからね。今はそんなこと言わないでしょう? 昔はそういう知性があったんですよ。
高木フーシェなんて今は、すごくマイナーですよ。
鈴木僕は、これでツヴァイクを知って、ツヴァイク全集、全部買って読んだ。マリー・アントワネットやカルヴァンのことを詳しく知った。そうやって全集を読んで知らない人や時代や歴史を知ることが大きな契機になるんだよ。やっぱりこの全集は凄いね。僕は、「29巻」と「30巻」をかなり感動して読みましたよ。『百万人の科学概論』『科学と実験の歴史』『物とは何か』。そういう科学の問題を考えたことがなかったからね。それから「30巻」の『ろうそくの語る科学』。これも感動しましたね。それから『音の世界』。
高木その「29、30巻」っていうのは挿絵がいっぱい入っていてわかりやすいんですよね。
鈴木「32巻」の『微生物を追う人々』。これなんか全然知らない世界だし、普通だったら読もうともしないじゃない。それはやっぱり全集を読むことによって得られる幸福ですね。「34巻」の『ファーブル昆虫記』『シートン動物記』もあらためて読むとやっぱり面白い。
高木34巻で終わりで、後は別巻になります。僕は、この別巻の『文芸論集』『書簡集』『永遠の言葉』をとても面白く読みました。『世界教養全集』は全部で38巻あるのですが案外早く読めました。
鈴木高木さんは、これをどのくらいで読んだの?
高木一年かかっていないと思います。
鈴木読みやすいから、他の読書と並行しながらでもどんどん読めるんだよね。まさに『全集を読もう!』だ。
『世界教養全集』全38巻・平凡社
鈴木「日本思想大系」を読んで、「世界教養全集」を読んで、次は何に挑戦したんだっけ?
高木「世界思想教養全集」全24巻(河出書房)です。
鈴木それも全部読んだの? どうでした?
高木読破しました。独特の編集だなと思いました。「14巻」で『プラグマティズム』を取り上げ、『アメリカの建国思想』や『現代アメリカの思想』という巻もあり、アメリカの思想を取り上げているのは珍しいと思いました。
鈴木編集者の中でアメリカに傾倒していた人がいたんでしょう。65年というとプラグマティズムの流れなんじゃないかな。この頃、プラグマティズムってよく言われていたし。その後、実存主義とかね。
高木『フランス実存主義』『実存の哲学』と実存は二つ入っています。当時、実存って言っていました?
鈴木言ってましたよ。学生運動の流れです。「我々の実存を賭けて」とか、「自分達一人一人は何で生きていくのか」とか、「実存を懸けて殴る」とか(笑)。一巻目は『近代思想の目覚め』でしょう? 筑摩でも一巻目はそんな感じがあったじゃないですか、「目覚め」みたいな。
高木『近代思想の萌芽』『戦後日本の出発』ですね。
鈴木それが流行りだったんです。この頃が「目覚め」だとか、この頃が「萌芽だ」って時代の切り方を今だったらしないよ。そして、日本の思想と世界の思想の両方を読み比べると、「日本には思想がないな」と思ったよ。世界の思想のほうがすごく体系的だし、目次を見ても、第一章、第二章、第三章って区分けされて、その中でも細かく分かれてる。日本の思想ってあんまりそういうのがなくて、流れている感じするよね。高木さんは、『全集を読もう』と目標を立てて、「日本思想大系」「世界教養全集」「世界思想教養全集」と全部読破してきて、今は何に取り組んでますか?
『世界思想教養全集』全24巻・河出書房
『世界の名著』全81巻・中央公論社
高木『世界の名著』全81巻(中央公論社)です。
鈴木それは大仕事ですよ。
高木大仕事ですね。でも、これまでいろんな全集を読破してきた自信がありますから、この『世界の名著』も読破できると思います。それはそうとそれらの全集を置く場所が大変なんですよ。とりあえず部屋に積んでありますが・・・。一冊読んだら次に何を読むかは運任せで、積んである山から手に取ったものを読むという進め方です。
鈴木それはいい方法だよ。
高木何を読もう、どれを読もうというのはなくて、手に取ったものから崩していく方法で現在30巻くらい読みました。
鈴木『世界の名著』は当時、翻訳革命と言われたんです。同じ作品でもそれまでの翻訳と全然違う。わかりやすい。
高木それに最初の解説がとてもいいですね。一巻につき、50ページから100ページを解説にとってあります。解説だけで現在の新書以上はありますね。
鈴木内容的に新書の100倍だ(笑)
高木この解説だけ読んでいっても相当な知的満足を得られます。
鈴木『世界の名著』を学生が部屋に並べていたら「勉強しているんだなあ」と思ったね。電車の中で読んだりね。今電車の中で『世界の名著』を読んでいる人はいないよ(笑)。高木さんは、30巻くらい読み進めてるんだよね。どれが良かったですか?
高木:2巻の『大乗仏教』ですね。他に3巻4巻の『孔子』『老子』とか、『諸子百家』とか、続3巻の『禅語録』なんかも面白く読みました。あとは『ガンジー・ネルー』。59巻の『マリノフスキー・レヴィ=ストロース』。42巻の『プルードン・バクーニン・クロポトキン』も一気に読みましたよ。
鈴木『ニーチェ』とか、『フロイト』なんかも読みやすいよね。他に印象に残っているのは?
高木『ルター』が面白かったです。宗教改革。扉に書きつけた訴え(笑)
鈴木僕は『トインビー』は面白かったな。『ホワイトヘッド』もね。読むまで名前も知らなかったけど(笑)。そんな知らない人もいっぱいいるわけだから、当時苦労して読んだなあ。他には?
高木『オウエン サン・シモン』ですね。社会実験的に町を作っていく。ニューハーモニーですね。町を作って学校を作って幼稚園を作って全部無料でやってという実験ですけれど、読んでいるとうまくいきそうな気がするんですよね。
鈴木武者小路実篤の新しい村運動とかね。日本の右翼だって、例えば赤尾敏さんだって初めは新しい村に入ってやろうとした。変革運動をやる人は、皆、理想主義者だからスタートは似ている。やり始めてから、右とか左とか無政府主義とかに別れていく。52巻の『レーニン』も53巻の『ベルクソン』も記憶に残っているね。
高木23巻『ホッブス』の「リヴァイアサン」も面白いですね。というか、どれもこれも面白いですよ! 翻訳革命と言われたのもわかります。今、エッセンスだけを抜き出して解説したり、漫画で読む名著というのも出てますが、例えば、『聖書』にしても『司馬遷』にしても『諸子百家』にしても全文を読むということはあまりないじゃないですか。エッセンスや概略は知っていても、最初から最後まで読むっていうのは意義あることだと感じています。
鈴木そうだよね。概略は聞いたことはあるけど、じゃあ実際読んだことがあるかっていうと、読んでない。
高木『世界の名著』は、66巻と続15巻、全81巻。それを読破したらどんな感じを受けるのか楽しみです。
鈴木世界を征服した感じがしますよ。
高木今年一年で残り四十何巻は読めると思います。年内に読破します。世界征服です。
鈴木そしたら人生観が変わります。人間も変わります。それが『全集読み』の醍醐味です。『世界の名著』を読破したら、次は『人類の知的遺産』全80巻(講談社)に挑戦ですね!これも楽しいし、刺激的ですよ。読み始めたら、やめられなくなる。
高木こうしていろんな本を読んでいるのですが、その中でいろいろな先人が「読書」について書いていますね。それをその都度抜き出しているのですが、その発言がなかなか面白いんですよ。例えば、大川周明の「書物は私の心の案内者たるべきもので、決して私の心の専制者であつてはならない」。これは『安楽の門』の中にあります。石川啄木も本に対して切実に歌っています。「本を書ひたし、本を書ひたし、と、あてつけのつもりではなけれど、妻に言ひてみる」。本が欲しかったんでしょうね。
鈴木そういう後世に残る言葉を考えたいね。「西洋には軍事の技術はあっても学問はない。学問は中国の古典にあり、古典を学ぶものが読書人である。」って、孫文も凄いこと言っているね。確かに、日本の武士も中国の古典を読んで、生き死にを考えたりしていますからね。だからやっぱり中国をなめちゃいかんですよ。「『生長の家』は本を読むことが大事な契機になっている」っていうのもあるね。
高木戸坂潤の発言です。
鈴木確かに生長の家の人はみんな読書家ですよ。僕の母は、「生長の家」の信者で、よく本を読んでいた。小学生の時、そんな母の姿を見て、僕も読書家になった。生長の家は、「言葉の力」を強調します。だから、本を読んで病気が治るとか、そういうことを言っていますね。
高木影山正治も読書について書いています。「無味乾燥な講義を聴くより、よい小説を読むことの方がどれほどましかわからない」
鈴木影山さんの『一つの戰史』はいいね。学生の時に読んだ。他にも、みんな本を読んでた。授業中でも内職して本を読むんだ。先生の話と読書と二倍勉強していた。みんな、読書について書いているね。「人間一人一人が一巻の書物である。もし君がその正しい読み方を知っているならば」か。ということは、一巻の書物にならない人もいるということだ。「古典とは、誰も読んでおこうと思いながら誰も読もうとしない本のことである」。マーク・トウェインか。そういえば、そういう古典っていっぱいありますね。辻潤も書いているよ。「中毒するのが恐ろしければ初めから小説や詩などは読まない方がよかろう」か。長谷川如是閑の「私は出来るだけ、私の立場と反対のものを先ず読むことにしている」はいいですね!
高木鈴木さんもそうですよね。反対のものを読んで、反対の人と会って、ということが多いですよね。
鈴木山口瞳もいいよ。「むしろ、一見、仕事に関係のないように思われる書物を乱読することをおすすめする。そうやって社会を知り、人間を知り、人生を知ることのほうが、はるかに仕事にとって有益なのである」
高木中野正剛もオウエンも林達夫も読書について書いています。他にチェーホフ、徳川家康、荀子、ヘッセ、ソクラテス、デカルト、ニーチェ、福沢諭吉、高山樗牛、パスカル、カフカ、ナボコフも。もっとたくさんの東西の先人が読書から何かを得たのでしょう。コーランにも読書について出てきます。本を読むことで自分の仕事や人生に大きな影響を受けたのだと思います。
鈴木そうでしょうね。ぼくたちももっと本を読みましょう。ノルマ読書法を実践しながら頑張りましょう。この『全集読み』の対談の他に、何か一冊に決めて、それを語り明かすのもいいね。「丘浅次郎」についてだけとか。あと、当時の全集の編集者にも会って聞いてみたい。どんどんやりたいことが膨らむね。又、やりましょう!
②『世界思想全集』全38巻。劇団再生の舞台では、本が舞台美術として使われることも多い。そういえば、舞台『天皇ごっこ』の時にも大きな本棚にたくさんの本が並べられていた。見沢知廉もたくさんの本を所有していたな。
③『世界思想教養全集』全24巻だ。読書家の部屋には,こうして本が積みあがっていくんです。昔はぼくもそうでした。本に埋もれていた青春時代でしたよ。本の重さで床が抜けそうになったり、本が崩れてきて窒息しそうになったもんです。
④これが『世界の名著』全81巻! 凄いですね。圧倒されます。これを読んで世界征服するんです! こうして見るとなつかしいなあ。当時は、一冊ずつ読んでいった。読むたびに目が開かれていくのを感じたものです。今の高木さんがそうでしょう。
⑨高木さんは、「見沢知廉」を舞台化し続けています。彼の全作品を舞台化しようとしています。今年は、見沢知廉七回忌ですね。記念公演が開催されます。「蒼白の馬上」だそうです。あの事件をどう舞台化するのか楽しみです。