人間は歴史から何を学ぶのでしょうか。自分の生き方を参考にする為でしょうか。あるいは、教訓にする。もしくは、歴史を娯楽として、本の上で、自分が模擬体験をしてみる。その為でしょうか。実は、日本ほど、歴史の本が売れている国はないのです。それも、平和な時代よりは、変革の時代、あるいは変革の予兆のする時代に読まれるのです。
1960年代、又1970年代、日本の激動期に「世界の歴史」「日本の歴史」が各出版社からドッと出されました。その一つ一つが個性を持ち「新しい」のです。歴史に対する新しい見方があるのです。「現在」の立場が変わるから、その高みから見ると「過去」も又、違って見えるのでしょう。勿論「思想全集」「文学全集」も、次々と出版されておりました。高木尋士氏とは「思想全集」の話をしていますし、先日は「北一輝全集」の話をしました。
今回は、私も大阪まで行って「歴史大好き」のIWAIさんと、じっくりと「歴史全集を読む」の話をしました。大変に知的刺激を受ける対談になったと思います。今回の対談は、「歴男」IWAI氏のおかげと共に、対談のテープ起こしをしていただいた「歴女」吉本千穂さんのおかげです。
私は、昔の「歴史全集」は、かなり読んでいるつもりです。しかし平成になってからも、新しい「歴史全集」が出されているようです。そうした新しい情報を教えてもらいながら、「歴史全集」を読む意味についても考えてみました。
IWAI私ね、鈴木さんが何かの本で中央公論の「世界の歴史」全集や「日本の歴史」全集を全部読んだと知って、すごく嬉しかったです。私も、読んでるんですよ。「世界の歴史」と「日本の歴史」は。
鈴木へえー、そうなの。同じ中央公論のもの?
IWAIはい。岩波の「日本思想全集」や「世界思想全集」は読んでいないし、自分の能力から言っても、とても劇団再生の高木尋士さんには太刀打ちできないけれど、「世界の歴史全集」なら、中央公論にかぎらず他の出版社が出したものも、自分のライフワークとして読んでいます。鈴木さんや高木尋士さんのように一挙に読むのは無理ですが、10代、20代、30代と、各年代に「歴史全集」の本を読んでいます。ただ、いろいろな出版社が「世界の歴史全集」を出しており、すべて読むのは、とても無理です。中央公論だって、平成から新版で「世界の歴史全集」30巻を出しています。私や鈴木さんが読んだのは、旧版の「世界の歴史全集」14巻です。
鈴木具体的に、どんな出版社の「世界の歴史」を読んだの?
IWAIはい。10代の時に現代教養文庫の「世界の歴史」全12巻を読みました。ストーリー性の高いもので、今読んでも面白い内容です。
鈴木あっ、それ、たぶん読んでいるよ。
IWAIあと20代の時に、さっき言った中公文庫の旧版「世界の歴史」全14巻。時代はバブルの頃だったのですが、華やかな若者たちがバブルの時代を謳歌している時に、私は部屋に引きこもって本を読んでいました。彼女もいなかったし。クリスマスイブの夜に、部屋にこもって一人で「世界の歴史」を読んでたんです。とほほ、です。
鈴木(笑)でも、それは良い事です。そういう中で読書する体験、知的苦労があったんで、今のIWAIさんがあるのです。
IWAIあと30代前半の時に河出文庫の「世界の歴史」全24巻をすべて読みました。その頃は結婚していたのですが、嫁さんが呆れるくらい読みました。出勤の往復電車の中でも読んでいましたし、日曜日に郊外のスーパーに夫婦でクルマを使って出かけた時も、自分だけは買い物に同行せず、クルマにこもって本を読んでいました。子供が生まれた時も、嫁さんから「本ばかり読んでいないで、子育てに参加しろ」と叱られたので、赤ん坊を背負って、部屋の中を歩き回りながら本を読みました。二宮尊徳は薪を背負って本を読んで歩いたように、私も赤ん坊を背負って部屋の中を歩きながら本を読んだのです。あと30代後半には、中央公論の「中国文明の歴史」全12巻かな。
鈴木同じ体験をした人もいたよ、右翼で(笑)。赤ん坊を連れて外に出て行って、赤ん坊をどっかに忘れてきた人もいるよ。それよりはマシだね。でも、僕たちが若い頃は、多くの学生が読んでたんだよ。それぐらいの歴史の本を読まなくて、なにが思想だって。そんな思いがあった。
IWAIさきほども言いましたように、中央公論は90年代終わりに新版「世界の歴史」全集30巻を出していて、今では、その本も文庫本になっています。僕は、その本は、まだ全部読んでいないのですが、これからゆっくりライフワークとして読めたら良いなと思っています。また中央公論「日本の歴史」全集26巻も、10年ぐらい前に黒い表紙で復刊されました。
鈴木へえー、そうなの。僕の時は、中央公論の古い「世界の歴史全集」も、また「日本の歴史全集」も、文庫本でなく単行本で出ていたよ。単行本で出ていた方が、良かったよ。中に写真が入っていて、その写真を見ながらワクワクして読んでいました。
鈴木学生運動が激しい頃は、みんな勉強したんですよ。高木尋士さんとは思想全集の話をしたんだけれども、思想全集だけじゃなくて文学全集もたくさんいろんなところから出てたんだよ。「日本の文学全集」、「世界の文学全集」と同時に歴史全集もいろんなところから出ていた。「世界の歴史全集」「日本の歴史全集」もいろんな出版社から出て、全30巻、とか、更にその、個別の、例えば「中国の歴史全集」、とかね、それから「20世紀」、あるいは「革命の歴史」とかね、テーマごとの歴史も沢山あって、ずいぶん読んだよ。
それで、今のように一つだけ面白いのがあってそれだけピックアップするんじゃなくて、最初から読まなくちゃいけないなと思って、一巻から全部読んだよ。それでもやっぱり今でも覚えていることが結構あるよ。全部は覚えていない、小さいことは忘れているけれどね、やはりこう、世界の歴史の全体を見た、という実感があった、誰かが言っているけれども、「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」。だから愚かな人は自分の体験からしか学ばない。でもなかなか歴史から学ぶというのは難しいよね。そのくらいの気概があったんでしょう、学生運動した人たちには。
IWAI私は読んだ時にいつも思うんですけれど、読んで身に付ついたかといったら、どこまで身についたか。忘れていますよ。やっぱり抜け落ちているんですよ。
鈴木どんどん忘れていけばいいんですよ。強烈に印象に残ったものは、きっと忘れませんよ。
IWAIそうですね。それに全集を読めば、自分への自信になる。
鈴木そうだよね。
IWAIあと、読みながら自分で考えますよね。中央公論の「中国文明の歴史」第4巻「分裂の時代-魏晋南北朝-」では、三国志の劉備玄徳の息子の劉禅の話が出てくるんです。すごく馬鹿だったって書いてある。劉禅というのはこれだけ馬鹿だったと何度も出てきます。
でも、読んでて嘘だと思ったんです。劉備の息子は敵の国(魏)に捕まるんですが、捕虜として洛陽に送られるわけです。そしたら生き残らないといけないから、敵の国で馬鹿を演じざるを得ないんですよ。賢いと思われたら殺されますよ。
司馬遼太郎の本で、前田百万石の、江戸時代のお殿様がわざと鼻毛を生やしたり、わざとアホをしたという話を読んだ時に、それは元々アホだからアホなんじゃなくて、アホを演じないと生き残っていけないから。決してこういう本に書いてあることは事実ばかりじゃない。むしろ自分で推測して、本当かどうかも読みながら自分で考えないといけない。そこが歴史の面白いところです。
IWAIどの出版社でも「世界の歴史」には、各シリーズで必ず西域、シルクロードが出てくるんですけれど、あれは玄奘三蔵の西遊記なんかを読んでいたら妖怪が出てくるじゃないですか、お化けみたいなね。シルクロードの話をこのシリーズで読んで感動したのが、当時のヨーロッパ人でシルクロードを探検していた人たちが、妖怪だと思えたことです。
鈴木おお、なるほど。それは鋭い指摘ですね。読みが深いね。本当は、学校で世界史を教えているんじゃないの?
IWAIあはは(笑)。フランスのペリオにしても二十何ヶ国語か喋れたり、しかも20代で。そんな知識人でめちゃくちゃ「知」の巨人がシルクロードに発掘に行くわけじゃないですか。この連中こそ妖怪だと思いましたね。「知」の妖怪。
鈴木ああ、そうか。
IWAI日本でも、大谷光瑞、夢もあり、ちょっと胡散臭い部分もあり。彼も妖怪(笑)。
鈴木ああ、そうか、そういう風に読むとやっぱり西遊記もなんか別に読めるね。単なる子供だましや妖怪物語とは違うんだね。「ガリヴァー旅行記」だって、本当はかなり思想的、哲学的な本だし。子供用と思って、舐めてはいけないね。
IWAI考えてみれば、三蔵法師こと玄奘だって知識人ですからね。あれも「知」の妖怪だと思うんですけれど(笑)。「知」の化け物だと思います。シルクロードに名を残した人物は、「知」の妖怪が多い。
鈴木(笑)
IWAIああいうところに行く人たちが凄い。
鈴木日本人はもしかしたら一番歴史好きなのかもしれない。こんなに世界の歴史の本が出ているのは日本だけかもしれないね。他の国だったら自分の国の歴史のことだって良く知らない、他の国の歴史や世界全体の歴史を知ろうなんてあんまりないんじゃない? 三国志だって、中国の人はあんまり三国志を読んでいないよ。あんまり知らない。日本には三国志オタクの女の子なんていっぱいいるじゃない。赤壁のあのシーンがいい、とかさ、ものすごく詳しいよ。そんなのは中国にはいない。中国よりも日本のほうが三国志ブームなんだよ。逆輸入したらいいんだよ。
IWAI中国の小説だけで売れている日本人の作家、いるでしょう?
鈴木いっぱいいるよ。宮城谷昌光。
IWAI宮城谷さんもそうだし、
鈴木あの人もいいよね。
IWAI伴野朗さん。
鈴木ああ。
IWAI元新聞記者の。あの人もそうだし、あとSF小説で田中芳樹っていう人も、
鈴木ああ、そうだね。
IWAIあの人も中国の歴史の小説を書いていますからね。
鈴木司馬遼太郎だって「項羽と劉邦」を書くからね。名前だって、司馬遷にあやかって付けたんだしね。
IWAIあと、陳瞬臣。あれも中国の小説がメインですもんね。すごいですよね。
鈴木私は宮城谷をずいぶん読んでいるんでね。文章が上手いなと思って感動しましたよ。ハマリますね。全部読もうと思っています。
IWAI僕も何冊か読んで、この前「楽毅(がっき)」というんですか、あれを読みました。
鈴木やっぱりタイトルがみんな、宮城谷は上手いよね。
IWAIあの人は温泉が好きらしいですね、奥さんと温泉に行くのが。温泉の本を一冊出してらっしゃるんですが、歴史もやり、いろんなことをやってらっしゃるし、すごいなと思います。
鈴木帝銀事件の弁護士だった遠藤誠さん。あの人が、生前いろんな勉強会をしていたけどね、フランス革命とかあのあたりをずっと勉強会やっていた。講談社現代新書でね。あれは読みやすいじゃないですか。あれで毎回一章ずつやっていましたよ。
IWAI講談社現代新書の「世界の歴史」、あれは短いし、良いですね。僕も半分くらい読みました。しかし、エピソードやこぼれ話が少ないので、読んでてワクワクドキドキしませんでした。文章が簡潔すぎて、横道にそれない。そこがあの本は面白くなかった。
鈴木そうか。だからこそ、遠藤先生はそれについて解説し、自分の考えを言う。そういう「生のテキスト」と言うか、素材として良かったんでしょうね。当時、歴史を読むというのは勉強になったり、そして、そこから自分の思想になったりしますよね。
IWAIそうですよね。出版社が、学者で最先端の人に書かせているでしょう。例えば、この現代教養文庫というのは昔の本で、僕が10代の頃に読んだ本なんですが、騎馬民族説の江上波夫とかね、中公文庫で言えば貝塚茂樹、ノーベル賞をもらった湯川秀樹の兄弟ですよね。宮崎市定とか。それで、今の新しい中央公論の世界史は誰が書いているかというと、例えば樺山紘一、阿部謹也、山内昌之など、最先端をやっている人なんですね。こういう人に書かせているから、新しいのをどんどん読まないといけないなと思いました。それから下斗米伸夫さん。『冷戦と経済』の猪木武徳は猪木正道の息子さんですよね。
鈴木歴史を読む、昔のことを知る、というためにじゃなくて、今を読むこと、だよ。今、そして未来を知るために歴史を読む必要があると思うな。
IWAIそうですよね。
鈴木ちくまの日本の思想全集でも、右翼や左翼のいろいろな思想を取り上げていて、あの頃は左翼全盛なのに。でも、左翼全盛だったからこそ、「アジア主義」とか「超国家主義」なんて、右の方もかえって余裕を持って取り上げられたのかもしれないね。歴史の方でも右も左も取り上げていたんだね。だから今よりずっと自由な感じがするね。
IWAIそうかもしれないですね。
鈴木時間があるし、昔は学生は家にテレビもないし、パソコンもないし、やることないからこういう本を読んでいたんだろうと、今の若者は思うかもしれないけど、逆なんだよね。昔だって時間はなかったよ。バイトも忙しいし、又、大学だって行っても授業なんかない、学校に行っても勉強できない、学生紛争もあるし戦争反対のデモもあるし。しかし、「勉強する環境」はないけど、そういう刺激があるから本を読むんだ。今はそういう本を読もうという刺激がないんだよ、時間はいっぱいあるのに。情報はネットで全て手に入るし、必要なことだけ手に入れればいいだろうという考えがまずいよね。本は全体を3時間くらいかけて読むと、ほとんどが必要ないことなんだけれど、その中でやっぱり考えることが多いんだよね。ところでIWAIさんは、全集の中で、どの本が印象に残っている?
IWAIいや、全て・・・。でもやっぱり有名人が書いた各巻の「世界の歴史」は読みやすかったですね。例えば、桑原武夫は他の本も読んだことがあったし。あと、宮崎市定は中国の歴史でこれ以外にもいろいろ中公新書などで本を出している人です。読みやすかった。
鈴木本を多く書いている人は、やっぱり文章を書くことに慣れているから、そういう読みやすい、という感じはあるよね。
IWAI会田雄次というのは、アーロン収容所という・・・
鈴木何回も会ってご馳走になっていますよ。
IWAIそうなんですか、さすが鈴木さんですね! 河出文庫「世界の歴史」を書いた鯖田豊之も「肉食の思想」という新書を出しているから、これも読みやすかったし、今西錦司というのも、河出文庫「世界の歴史」第1巻で書いています。あの有名な生物学の「棲み分け」の人だから、「えっ、この人が歴史を書くのか」と思って感動した。
鈴木そういう有名な、実力のある人に書かせるのはすごいよね。書く方も「自分が歴史を作ってやる」と言う気概があったんだ。鯖田の「肉食の思想」を読んだ時の衝撃は、今でも覚えていますよ。
IWAIこの上山春平という人も、あんまり読んだことはなかったけれど、聞いたことはありました。
鈴木いや、この人も有名な人ですよ。僕ら民族派の学生は、熱狂的に読みましたね。
IWAI例えばこの河出文庫の第5巻「ローマ帝国とキリスト教」。著者の弓削達は、僕は知らない人だったんですが、最後の方を見たらキリスト教のことは科学だけでは説明できない、とか書いてある。あっ、この人自身がキリスト教を信じているんだなあと、ちょっと感動した。科学的な歴史観じゃなくて、この人自身が信者だということがわかりました。
鈴木こういう歴史の全集は作るのに何年もかかる。自分の知らないこととかあれば、調べているでしょう。エネルギーも、いっぱいかかる。そういうのを全部やらせたのがすごいことだし、引き受けた著者もみんな偉いよね。今だったら皆引き受けないよ、こんなの。時間は非常にかかるし、大変だし。
IWAIそうでしょうね。
鈴木利益も少ないし。自分の好きなことだけ少し書きたい。新書だったら簡単にすぐ出せる。
IWAIやっぱりこういうのは、「後に遺したい」という気持ちがあって書いているんじゃないかなと思うんですよね。
鈴木そう、使命感ですよ。それと「いい仕事をしたい」と言う気持ちだよ。
IWAIさきほどの、日本人ほど歴史好きな国民はないっていう話で、確かに、塩野七生・・・
鈴木古代ローマ人の、
IWAIそう、あれがあんなに文庫本になって、あんなに本屋に並んでいるということは、買っている人がいるっていうことじゃないですか。あれは不思議ですね。
鈴木あれはみんな、自分のこととして考えてローマの歴史を知りたい、会社の問題とか個人の問題とかについて、ローマの歴史から学びたい、ということなんだよ。
IWAI僕は、塩野七生の本の中で、古代ローマの歴史の本が、一番面白くないと思っているんですよ(笑)なのに、あんなに長いこと本屋に置いていて売れている。いかに歴史好きの人が多いかという証明じゃないかなと思うんですね。
鈴木そうだね。ローマには全てがある、と思っている。興亡の全てがある。全ての歴史の凝縮された形として、ローマを皆が見ている。IWAIさんは、塩野七生は、どの本が面白かった?
IWAI「コンスタンティノープルの陥落」が一番面白かったです。それに「ロードス島攻防記」、あと「レパントの海戦」かな。僕は教科書を見ていたり一般の本を読んだりすると、固定観念で見てしまうことがいっぱいあって、レパントの海戦というのは、あくまでもフェリペ二世とかスペインの国が出てきて、ヴェネツィアは付け足しみたいな存在だと思っていたのだけれど、塩野七生を読むと、そうじゃないんですよ、あのレパントの海戦は、主力がヴェネチアなんです。ヴェネツィアが中心で勝負しているんですよ、オスマン帝国とね。あっ、そんなの知らなかったよ、とか、普通思っていたのと全然違う視点で歴史が書いてあるから、すごく面白かった。
鈴木「世界の歴史全集」は、昔は何冊も何冊もシリーズが出たけれど、今はもうあんまり出ていないね。それはもう今は気軽に外国旅行に行けるようになったからっていうこともあるのかな。昔は、外国に行くなんてことは一生ない、と思っていたから。
外国ではどういう生活をしていて、どういうことを考えている人がいたのか、ということを知るのに、本を読むことによって初めて外国に行ったような感じになるんじゃないかな。それがもう、今は行けるから、実際見たからいいや、ガイドさんに歴史を聞けばいいや、と。何十巻も時間をかけてヨーロッパの歴史を読む必要はないや、という功利主義があるんじゃないかな。「現代」が、人間の「想像力」を押しつぶしているんですよ。
IWAIそれでもやっぱり新しい歴史の全集の本が出ていますよ。集英社とか講談社から。だから日本人はやっぱり歴史好きなんだと思いますね。司馬遼太郎の本があれだけ売れるということは、歴史好きな国民が多い証拠だと思います。司馬遼太郎だけじゃなくて、いろんな人が歴史の本を書いていますから。
特に僕は歴史というのは、読んだらちょっと推測するでしょう。例えば何でもいいですが、マルコポーロにしても、あれは本人と一緒に監獄にいた他の人が書いたらしいけど、記録を残しているからマルコポーロが出てくる。しかし記録を残していないようなすごい人は、あれの10倍、20倍、もっと居たんじゃないかなと思って。
鈴木ああ、居るだろうね。
IWAIねえ、そう思うでしょう? マルコポーロは記録を残しているから世の中に出ているけれど、記録を残していないようなすごい旅行家もいっぱい居たんじゃないかなと思うのです。当時、記録を残す人なんて、全体の1%もいないでしょ。そう思うと、歴史はいろいろなことが想像できる。非常にロマンを感じます。
鈴木なるほど。そこまで気づかなかった。そう言えば、中国に文字があったから記録が残っているので、同じような国でも、本当はもっと文化があっても、文字がないために、その様子が後世に伝わっていない国もあるだろうね。
IWAI鈴木さんはケネディのことを取り上げていましたね。『愛国と米国』(平凡社新書)でしたかね。僕は10代の時に落合信彦の本をいくつか読んだ時に、ケネディのことが出てきたので、その後にケネディが好きになって、ケネディ関連の本をよく読むようになって。
鈴木落合信彦ですか(笑)、いろいろ読んでますね。ケネディは好きで、高校時代に原文で読んでいました。演説のレコードも、持っていたし。今でも喋れますよ。
IWAI私は、落合信彦の本でケネディが大好きになりました。ハルバースタムの「ベスト&ブライテスト」にもケネディを取り上げているのですが、とても優れた本です。傑作だと思います。鈴木さんは、例えばインドだったら、中村元とか読んだと言っていたじゃないですか。あの人なども、「知」の巨人と言うか、妖怪ですね。インドの仏教も、中国の仏教も、日本の仏教のことも書いている。しかも江戸時代の町人学者である富永仲基まで取り上げている。すごい、と思います。
鈴木全部忘れていますけど。昔は、随分と読んだな。
IWAIイスラムの話とかなら、井筒俊彦とか読んでらしたのではないですか?
鈴木ああ、懐かしいね。読みましたよ。何冊も。
IWAI井筒さんという人は8ヶ国語か10ヶ国語とか、ものすごく沢山の言語を使えるらしいですね。話は変わりますが、世界の歴史でいうと、鈴木さんはどの時代がお好きなんですか?
鈴木やっぱりアメリカとか、
IWAIアメリカですか?(笑)
鈴木反米だけど(笑)
IWAI反米だけどアメリカなんですか(笑)
鈴木建国思想とか・・・
IWAIああ、そうなんですか。
鈴木南北戦争とか、憲法を作る、というところとか。あと、フランス革命の時に、王様を殺した後に、どうしたら良いか分からなくて、理性の神様を作ったりするじゃないですか。あの頃の暗中模索の時代が好きですね。馬鹿らしいと思っちゃいけない。これだって参考になる。
IWAI理性の神様は、フランス革命の指導者ロベスピエールが作ったのですね。
鈴木今でもよく分からない。そんなに突きつめて考えなくていいだろうと思っちゃう。多くの人が殺された。潔癖と言うのは怖いね。
IWAI怖いですね。ロベスピエールは、純粋まっすぐな性格のようにも感じられ、革命に邁進しますね。そのため結果として多くの人たちを殺してしまった。内部粛清によって。もし彼が、もう少し懐が深いと言うか、心の広い人なら、フランス革命も変わっていたかも知れない。中途半端な奴とか、日和見主義者とか、許せなかったのでしょうね。当時ギロチンが流行っていたから、ロベスピエールは敵対者を次々にギロチンで殺しますよね。民衆も、ロベスピエールが怖いから、ロベスピエールが「理性の神を信仰しよう!」って言ったら、本当に皆が合唱して「理性~~!」とか言い出した(笑)。言わなきゃ粛清されて殺されますよ。
鈴木連合赤軍なんか、あれから考えたらもう目じゃないよね。
IWAIけた違いですね。フランス革命の大規模な内部粛清を考えたら、新撰組や連合赤軍が赤ん坊に見える。可愛いもんです。
鈴木相当大規模なかたちで仲間殺しをしているわけだから。
IWAIロベスピエール自身は元々若い時は死刑制度に反対だったと聞いたことがあります。
鈴木そうか。でも、あんな陰惨なことをしたフランス革命が、世界史では素晴らしいとされている。
IWAIでもあれも理由があって、王様を殺したことで、周りの国がみんな王政の国でしょう? 王様を殺すような国は皆でやっつけようといって、対仏大同盟ってできるんです。皆でフランスやっつけようと。周りの国が全て来たら、フランスも勝てないじゃないですか。ロベスピエールにしてみたら、心の中がパニックだったと思います。しかもフランスの国内に敵がいる。裏切り者や外国に情報を流す奴がいるはずだ。早いところ片づけて殺してしまおう、ってなりました。自分も怖いですからね。政敵に殺されるかも知れない。政敵はもちろん、中間派だって敵に思えてくる。周囲で敵だと感じる者は全員殺すのです。ロベスピエールの政治は恐怖政治と言われているけれど、一番恐怖を感じていたのはロベスピエール自身ではないでしょうか。ロベスピエール本人が周囲の人たちを怖がっていた(笑)。
鈴木そうそう、怖いからやるんだよ。怖いから人を殺すんだよ。私も、そうだった(笑)。いやいや、私は殺してないけど、何かその気持ちが分かりますね。
IWAIそうですよね。
鈴木うん。そういう中で、フーシェみたいに生き延びる奴がいるんだから。
IWAIフーシェというのは警察の偉い人なんだけれど、政権が変わるたびに、前政権の主要メンバーは全部ひっくり返る、殺されたり失脚したり、しかし警察の親分であるフーシェだけは生き残っているんですよね。すごいですよね。でも、これはフランスだけの現象ではなくて、アメリカのFBI長官であるフーヴァーもそうなんですよ。
鈴木それは言えているね。フーシェのことは、ツヴァイクの本で初めて知ったからね。ツヴァイクの本は「マリー・アントワネット」の本だけだと思っていた。ところが随分出ているらしい。「カルヴァン」についても書いている。学生運動の中で、「あいつはフーシェみたいな奴だ」ってそう言うくらい当時の右派学生は皆知性が高かったよ。ツヴァイクを知らない、読んでないなんて、って。僕は馬鹿にされた。吉本隆明を読んでないなら、もう学生じゃないなんて言っていたからね。そういうのはいいね。皆でそういう話をしあうという。やっぱりテレビがなかったからだろうね。
IWAI吉本隆明は、新左翼の理論家としてのイメージだったのですが、共同幻想論は、あれは柳田國男の話を取り上げているんですよね、遠野物語の。鈴木さんが「保守反動思想家に学ぶ」(宝島社)の本で、柳田國男を取り上げて三上治さんと言う方と対談されているでしょ。
鈴木宝島に何ページか対談が載っているけど、なんか対談相手の言っていることがよくわからなくて苦労した対談だったな(笑)。三上さんの言ってることが難しすぎる。新左翼の党派の親分だし、凄い論客だった。
IWAI鈴木さんも思想家として、「日本人とは何か?」を考えてこられたと思うんですが、僕は「日本人とは何か?」を考える時、どうしても柳田國男や宮本常一の本を連想するのです。あの宮本常一の書いている「忘れられた日本人」とか、柳田國男に出てくる本の人々のイメージが強いですね。
鈴木常民ですね。
IWAIたとえば本居宣長の「しきしまの大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花」という、あんな風な日本人のイメージは、私には100パーセント無いですね。むしろ民俗学的な話の方が似合っていると思う。鈴木さんは、他に歴史関係ではどんな本を読んでいらしたんでしょう?
鈴木「逆・日本史」っていう本。樋口清之という人の。
IWAIああ、「梅と日本人」を書いている人ですね。
鈴木國學院大学の名誉教授だよ。「逆」と書いて、「さかさ」と読む。「さかさ日本史」。学校で教える日本史というのは、進化する歴史だ。古代・中世・近代と。だんだん世の中は良くなっていると。でも、そうでない歴史もある。仏教の末法史観とか、キリスト教の終末思想とか、マルクス唯物史観なんて、我々から見たら歴史は最悪になる(笑)。
でも、樋口さんは、そういう色のついた歴史じゃなくて、きちんとした客観的で科学的な史観を見ようとしている。それも「過去から現在」に進むのでない、「どんどん良くなる」や「どんどん悪くなる」とする価値判断やイデオロギーを排して、樋口さんの把握する「現在から過去」に戻って歴史を書いた人です。
IWAIそれって大事ですよね。ごく偏見で言うんですけど、僕は最近、歴史は40歳を越えないと解らないことがいっぱいあると思っているんです。例えば、僕は若い時に感動したのが、城山三郎の「男子の本懐」という本で、浜口雄幸と井上準之助という、緊縮財政をして金を解禁した人なんですけれど、40代になった今の私の目から見たら、政治家として最悪だと思う。
むしろ高橋是清などは、めちゃくちゃ借金しますが、政治家として、よっぽど正しかったと思います。40代になった今、高橋是清の財政政策の方が正しさが、ある意味よく分かるようになりました。
IWAI鈴木さんは、歎異抄を読まれましたか。
鈴木あの頃の我々は、歎異抄や宗教的な本はもちろん、吉本隆明なども全集で読んだよ。当然でしょう!吉本隆明を読んでいなかったら学生じゃないと言われていた。右翼とか左翼とかは別に関係なく。それで、『敗北の構造』を読んだか、とか、中央公論のあの論文を読んだか、とか、そういう話になるから。
そういう意味ではテレビやパソコンのない時代のほうが良かったね。何か調べようと思ったら図書館へ行って百科辞典を読む。そうすると面白がって関係ないところまでいっぱい読むから、そういうところから興味が広がったり、知識が増えたりしましたね。インターネットで知りたいことをパッと知ってしまうと・・・ね。ダメですよ。すぐに「解答」が出るのは。本当の「解答」か分からないしね。すぐに「解答」が出ると思うから、これから学校の先生も要らなくなってくるんじゃない。
IWAIいやいや、必要です(笑)。やっぱり単に勉強や学校だけじゃなくて、学びたい「人」と教えたい「人」の触れ合いだと思うのです。大事なのは「人」と「人」です。書いている人に会ってみたいとかね。吉田松陰のところに人が沢山集まったのも、触れ合いが面白かったからだと思います。吉田松陰のところに行けば出世できるなんて、最初は皆考えていなかったと思うんです。むしろ、あそこに行ったら上から睨まれる、でも吉田松陰のスリリングな知識にナマで触れてみたい、語り合ってみたいとかね。
鈴木学校を卒業した人こそ、勉強する場が必要なんだけれども、そういうところってなかなか無いじゃないですか。朝日カルチャーセンターとか、西宮ゼミぐらいしか(笑)
IWAI(笑)
鈴木もっともっとそういう学ぶ場があればいいんだけれど。
IWAIそうですね。もっともっと沢山あればね。
鈴木大学が今、人が集まらないから社会人の講座を作っているんだよね。でもまだ行ってないけれどね。
IWAIそうですね。
鈴木予備校もだんだん子供が少なくなったから、社会人を対象に考えてもいいんじゃないの?
IWAIまあ、そうですね。
鈴木でも、試験があるから必死になって勉強するんで、そうでもなければ勉強なんてしないんじゃないですかね。(笑)
IWAIそうかも知れませんね。
鈴木予備校でも教えるのがめちゃめちゃ上手い先生はいるじゃないか。落語家よりも話が上手い人とか、名物講師が。
IWAI河合塾とかにはいるでしょうね。
鈴木予備校だけじゃ、勿体ないですよ。一般の人たち、特に話す仕事をしている人たちに「正しい話し方」を教えてもらいたいね。そういう人にはとてもじゃないけど話術では敵わないよ。
IWAIでも、宗教家じゃないですけど、カリスマ予備校講師は、宗教的な要素があると思う。カリスマ予備校講師の出口汪さんが大本教の出口王仁三郎の曾孫であるように、同じくカリスマ予備校講師の竹内睦泰さんって、神道の武内宿禰の子孫であるように、なんかそういう要素があるのかもしれませんね。出口王仁三郎なんて天才的なアジテーターのような気もします。
鈴木ああ、そうだねえ。現代文の牧野剛さんとかね。本当にカリスマって、いるよ。毛沢東の話をして生徒を泣かせる先生もいるらしい。
IWAIすごいですよ。
鈴木そういう先生は結構いると思うよ。皆、話が上手い。大学だったらまず半分は寝ているよ。
IWAI寝ていると思います。
鈴木でも予備校の方は人気の先生の場合、600人くらいの教室で誰も寝ていないよ。
IWAIえーっ、そうなんですか。
鈴木目を爛爛と輝かせているよ。もう、そういう教室に入るだけでものすごく緊張するし、競争心を感じるよね。
IWAIそれは、一種の異質な、カリスマというか宗教ですね。
鈴木河合塾、駿台、代ゼミ、そういうのは凄いなと思うね。じゃあ大学の先生がそういう授業を出来るかというとそうじゃないじゃよね。大学の教室でだけ生徒と接して、あんまり面白くないけれど論文を書いていればいいからじゃないですか。
IWAIなるほどね。
IWAI歴史の本を読んでいたら、日本史なんかそうですけど、外交で、世論が批判する 時というのはだいたい世論の方が間違えていることが多いですよね。
鈴木そうです!よく気が付きましたね。松岡洋右とか。国連を脱退して、国民は拍手喝采したんだよね。今だったら、ポピュリズムですかね。
IWAI小村寿太郎は逆ですね。民衆に激しく攻撃された。その前の不平等条約の改正の時なんかもね、大隈重信は相手のあることだから、何とかしてまとめようとしているのに、爆弾を投げつけられたりするわけじゃないですか。ひどいです。最近で言ったら日朝交渉の田中均さん。気の毒ですよ。あそこまで引っ張って交渉やるのは並大抵じゃない。とくに相手が、相手ですよ。あの後、拉致問題で、田中均以上に結果を出した外交官、又は政治家っていますか?いませんよ。もっとも気の毒と言えば、拉致被害者が一番に気の毒だけれど。
鈴木そうだよ。
IWAI北朝鮮との交渉は、一歩間違うと世論から袋叩きに会う。火中の栗です。だから、誰も触ろうとしない。しかし今も北に拉致被害者がいるとするならば、誰かがその火中の栗を拾わないといけない。身命を落としても、日本人救出のためにやってほしい。それが一番の国益だと思います。小泉純一郎も、いろいろ批判する人が多いけど、拉致問題では数人でも救出した。結果を出した。もっと多くの人を救出して欲しかった、とは思うけれど。でも、あの国を相手にして、誰がやっても難しい。
鈴木何も交渉しないで北朝鮮にも行かないで、「北朝鮮には絶対負けないぞ!」とか言ってるだけなのが一番駄目だよね。ずるいよ。だから俺は一番闘ったよ(笑)。ビザを取るために、どれだけ闘ったか分からない。
IWAIそうですね(笑)。あはは(笑)。しかし外交は難しいですね。
鈴木そうです。難しいと思うよ。
IWAI特に日本の世論を見て動かないといけないときが一番しんどいですね。だって、まとめようとしたら妥協しないといけないじゃないですか。妥協したら国辱とか国賊とか言われて叩かれますもんね。今でこそ60年安保の岸信介は評価されていますが、あの時分はボロかすに言われましたよね。じゃあ他にどんなやり方があるんだと言いたいですね。
鈴木小村寿太郎にしても殺されてもいい、という覚悟があったからでしょうね。今は政治家にそういう覚悟がないじゃないですか。あるいは「売国奴」と言われても良い。「裏切り者」と言われても良い。後世の人が冷静に見たら分かる。そういう信念が大切なんですよ。今は。
IWAI鈴木さんの本にも出ていましたが、なぜ日本の新聞が日露戦争であんなに講和に反対したのかと言うと、戦争を続けたら新聞が売れ続けたからですよ。新聞社も、戦争で儲かり過ぎて、新しい輪転機まで買ってしまった。ひどい話ですよね。兵士の家族たちは、情報が欲しいから無理しても毎日のように新聞を買い続けますよ。まむしの周六だったかな、途中で戦争反対から賛成に回って、ひと儲けしたのは。あっ、黒岩涙香だ。本当に最悪です。
鈴木そうだね。日朝交渉だけにかぎらず、日中交渉、日露交渉など、世論の動きだけで、迎合した外交政策では絶対にその国は良くならない。それはポーツマス条約や国際連盟脱退を考えてもよく分かる。まず大きな歴史を知り、そのうえで粘り強く交渉していくことが大切だよ。
IWAI世界史の話のつもりが、いろいろ飛んで外交の話になりましたね(笑)。
鈴木それだけ歴史を学ぶことは大切なんですよ。又、やりましょう。今度はもう少しテーマを絞ってやっても良いね。