今週は「公安」についての特集です。警察には、人殺しや泥棒を捕まえる「刑事警察」がおります。これは必要です。
どんな時代になっても、人間の争いはあるでしょうし、又、交通違反を取り締まり、事故の対応をする交通警察もおります。これも必要です。サギや、麻薬を摘発する警察も必要です。その仕事は大変だと思いますし、感謝もしております。
しかし、「公安」はいらないでしょう。左翼や右翼が暴れ回っていた60年代、70年代ならいざ知らず、今は「暴力革命」を考える左翼も、「クーデター」を考える右翼もいません。
デモ、街宣を含めて「合法的」に表現の場を作ろうとしています。中には、例外的に暴発する人もあるかもしれません。
でも、その時には、国会や政党本部、政治家をしっかり守っていれば済むことです。全廃するのが国民にとって不安なら、まず半分にし、次の年はまた半分にして・・・。と、
それで様子を見てもいいです。多分、自分たちの「存在意義」をかけて公安の方が決起・暴発するでしょう。ともかく、「公安」は必要ない、と私は思います。あることによって、変な「事件」も作られる。
大学生の時、新左翼運動をやった椎野礼仁さん(今は、編集プロダクション社長)も、「公安」に関しては、私とほぼ同じ考えでしょう。でも、高木尋士さん(劇団再生代表)は、ちょっと違います。学生運動の体験がない分、「なぜ二人は、反公安でこんなに熱くなるんだ」って思うんでしょう。公安は横暴でうるさいけど、必要性はあるだろう言います。そんな高木さんの家にも、最近は公安が訪ねて来るそうです。「見沢知廉」の芝居をやっているし、右翼左翼と付き合いが多くなったからです。それが「わずらわしい」とは思うものの、我々二人のようにすぐに「廃止しろ!」とまでは思わないようです。
最近、公安関係の本を大量に読み、公安の「スパイ作り」「人間の落とし方」「心の操作の仕方」に興味を持ったからかもしれません。劇団をやっている人間として、公安の「悪の魅力」に惹かれたのかもしれません。「公安」を主人公にした芝居をやりたいのかもしれません。そんな危ない話も含めて、三人で、「公安」について語り合いました。
(平成23年6月2日・高田馬場カフェミヤマにおいて収録)
鈴木『公安警察の手口』が出たのが2004年10月10日。7年前です。これが、私の物書きとしての再スタートなんだけど、ある意味スタートなんです。
今、物書きとして認められるのは、実際問題としては「新書」なんだよね。「新書」を出しているかどうかで判断されることが多い。だから私にも新書の話が来た時には緊張しました。活動家の人で新書を出してる人ってあんまりいないでしょ。
右の方では木村三浩氏が『「男気」とは何か』、左翼の方では、荒岱介氏の『新左翼とは何だったのか』だけじゃないですか。
高木そうですね。
鈴木僕はあれを見て、荒さんも一般的、客観的に自分のことを語れるようになったんだな、と思ったんですよ。自分たちの事を客観的に語れるような人でないと、新書はやれないんです。自分の主張だけ、党派の論理だけの人は、自分の機関紙で書けばいい、自分で出版社を作って書けばいいじゃないか、となる。
高木一般性と客観性ですか。
鈴木そう。だからそういう意味で、新書からオファーが来たときは嬉しかったですよ。僕としてはここが正念場だな、と思いました。『腹腹時計と〈狼〉』(新書)でデビューしたんですが、あの頃の新書と今の新書では性格が違うんです。新書から本を出させてもらう、っていうのは大きな転機だったんです。『公安警察の手口』が出た後で、『愛国者は信用できるか』『愛国と米国』『右翼は言論の敵か』(全て新書)が本になりました。新書は最低で一万二千部ですよね。又、それだけ売れる本でないと新書にしない。これは大きいです。そして、右翼とか左翼のコーナーじゃなくて、新書として棚がある。
高木確かにどこの書店にも「新書コーナー」がありますね。そこには、時代を切り取る時局的な本が常に新しく並び、そして、過去の新書も一通り揃っています。ぼくも、書店に行くと、新書のコーナーは必ずチェックします。
鈴木今は、極端に言えば新書しか買わない人もいるんです。新書だけが新しい分野ですから。文庫は新しいものじゃなくて、かなり前の単行本で出したやつを文庫にするでしょ。そういう意味で、今は書き下ろしで現代を斬る、現代を読む、っていうのは、新書しかないんだよね。それに安いから、買いやすい。
高木新書はいろいろな出版社から出てますよね。鈴木さんは、出版業界では「右翼」というカテゴリーですよね。でも書店で「右翼」って棚はないじゃないですか。どこになるんでしょう。「思想」のコーナーですか?
鈴木新宿の大きな書店だとね、「事件・事故」・・・
一同(笑)
鈴木まあ、新書と言うのはそういう性格だし、そういう意味で競争の場に乗せてもらった感じがしました。その話も向こうから来ましたからね。突然訪ねてきて「公安の本を書きませんか」って。それにしても、よくこの本の企画が会議を通ったなって思いましたよ。新書って、テーマとかタイトルが会議で通らないとダメじゃないですか。もし、『公安警察の手口』というタイトルがダメだったら『公安警察の現状』でもいいし、『公安警察ありがとう』でもいいし、何でもいいかなって思いました。
高木タイトルに特にこだわりはなかったんですね。
鈴木うん。そしたら向こうが「いや、『手口』でやりましょう」って。逆にこっちが不安になりました。ぼくは、今まで、自分が公安の事なら一番知ってると思ってたんです。でも、考えたらあまり客観的な事は知らないんだよね。その歴史だとか、公安と刑事警察の違いとか、左翼に対してはどうなのか、とか。だからその辺もきちんとやろう、自分の体験だけじゃダメだと思いました。
鈴木『公安警察の手口』を書くときに、膨大な本を買ったり、貰ったり、探したりしたんです。そして、これまでそれらの資料を全部取っておいたんだけど、新しい本をどんどん読むためにも古い本は処分した方がいいんじゃないかと思って、高木さんに全部あげたんです。何年かかけて読むかなって思ったけど。
高木一週間くらいで読みました。
鈴木一週間? 凄い! 僕は長い間かけて読み続けて来たんだけど、高木さんは一週間で全部読んだ。それで、いろいろ感動する事や、疑問に思う事があったと思いますが、そういう新鮮な目で見て、公安というのをどう思った?
高木鈴木さんはいろいろ公安との関わりがあって、そのことも書いてらっしゃる。じゃあ僕はって言うと、一水会の機関紙を編集したり、政治論文じゃない読書に関する連載をしていた時に、家に公安が来たりしたんです。練馬警察の公安が訪ねてきて、最近、一水会はどうだ、誰が何をやってる? と。それで、一年くらいはまとわりついてて、今でも一年に一回くらいは訪ねて来ます。このたび、鈴木さんからたくさんの公安に関する本を頂いて、読み始めるととても面白いんです。組織の成り立ちも勉強になりました。国策でもあったし、アメリカの肝煎りってところもある。当時の世界情勢、50年代の朝鮮戦争にかかることなど、知らないこともたくさんありました。中でも『過激派壊滅作戦』は面白かったですね。一番面白かったのは、島袋修さんの『公安警察スパイ養成所』です。
鈴木島袋さんは、沖縄の公安警察だった人ですね。
高木ドラマを見てるようで一気に読みました。現実に起こったことですが、映画を見るような、CIAやFBIがやるようなことをやっぱり日本もやってるんだな、と愕然としました。そしてそれが、過去形ではない気がしたんですよ。今でも、もしかしたら、と。
鈴木やってるんでしょうね。今でも実際に。
高木今も共産党を第一の仮想敵としてやってるんでしょうか。
鈴木そうなんでしょう。
高木進行形の話として、現在もスパイ養成や壊滅作戦なんかをやってるとしたら、それはやっぱり怖いですね。地震は怖いけどしょうがないと思うけど、このスパイとか公安の怖さっていうのは、自分に置き換えると、とても怖いです。
鈴木警察がスパイを使っている、カネを出してスパイを獲得しようとしている、情報を取ろうとしているっていうのも怖いんだけど、それと同時に、風評被害みたいなものもあるじゃないですか。
右翼なり左翼なりが変な人と街で会っていたら、「あいつは公安じゃないか」「公安と会ってるんじゃないか」「あいつはスパイなんじゃないか」とか。
その風評被害で、見沢知廉のスパイ査問事件なんかも起きてるからね。そういうものの方も怖いね。
それと、今でも、スパイだと言われて板挟みになって悩んで自殺したりする人がいるんだろうな、と思って。島袋修さんは沖縄の公安だったんだけれども、共産党の若い人間をオルグした。どういう風にオルグするか、っていうのもすごいじゃないですか。
そしてそれが共産党の方にもバレて、その若者が板挟みになって自殺した。それが契機になって、島袋修さんは、公安を辞めて本を書くようになった。だけど、それは島袋さんが公安の中では珍しく非常に良心的だからだよね。
高木実際スパイになった若者の身になってみると、共産党でスパイだとすると命がけでしょう。昔の共産党では、指導部がたくさん監禁したり殺したりしてるじゃないですか。
鈴木共産党は、今はバレても人を殺さないと思うけど、むしろ新左翼が怖いと思うよ。かつて新左翼がものすごく激しかったときは、新左翼内部でもスパイがあって、公安からのスパイもあって、それがバレた人たちはどうなったかというと、共産党のように公に査問したり追放したりしないで、内々で処分されてどこかに埋めたとか、行方不明になってしまったとか、そういうのがあり得るからね。ね、椎野さん。
椎野僕らのときは、組織が四分五裂して小さくなってて、割とみんな顔見知りだったんです。
例えば、中核、革マルの場合はさっき鈴木さんが仰ってたようなことは、どうかなぁ。殺した時のメリットデメリットを考えると、確かにお互いに殺し合いがあった党派だけど殺すまでいくかどうか。
相手のスパイだとわかったときに、どれくらいの処遇をするか。例えば、昔の共産党みたいに中央委員会の4人の内2人くらいがスパイだった、というレベルだとあるでしょうけど、末端の活動家でなんとなくスパイ活動してるってやつを見つけたときに、リンチみたいなものはあるだろうけど、殺すまでいくかっていうのはレベルによりますね。
実際、ブントにスパイじゃないけど中核からきたやつも革マルからきたやつもいて、中核から来たやつが、三里塚で中核と出会ったときに、テロられる事はありましたね。
鈴木下手をしたら殺されるかもしれないくらいの痛手は受けたの?
椎野未必の故意まではいかないんじゃいかと思いますよ。刑法的に言うと過失致死くらいでしょう。
公安のスパイとか他党派のスパイというのは、小さい組織レベルではすぐわかるだろうと思ってました。
慶応の全共闘のときに、ある中心的な活動家がいたんですけど、そいつが捕まった後に転向して、どうも動きが怪しいって言うんでおふれが回ったんです。確かに428の前か何かに「明日何やるんだ」って盛んに聞きまわってたんです。そいつは身体も大きくて、割と先頭に立って過激にやる奴だったんですけど、そういう奴程危ないんだと言われていて、そいつはなんと、卒業して読売新聞に入りました。
高木すんなり読売に入ったんですか。
椎野そうです。それはそういう取引だったんじゃないかって、僕らの間では言われてましたね。
鈴木その人はその後生きてるの? 粛清とかされなかったの?
椎野その後は知らないけど、多分生きてると思いますよ。
高木今は、公安に関する資料は結構あって、探せば意外と出て来ますけど、当時はどうだったんですか。
鈴木あんまりなかったね。僕が使ったのは青木理さんの『日本の公安警察』。滝川洋さんの『過激派壊滅作戦』が主でしたね。
椎野『過激派壊滅作戦』は僕が活動家の当時に読みました。面白かったです。
鈴木でも今は、絶版でしょう。
高木そうした本から知識を得るのですが、本だから「膨らませて書いてあるだろう」とか「ちょっと面白く書いてるんじゃないか」とか、少し警戒して読んだりするわけです。「公安」もそういう形でしか知る事がなかったんです。鈴木さんも椎野さんも実際に公安と関わりがあったわけじゃないですか。それは、どうでした? やっぱり、書いてあるように嫌なものなんですか?
鈴木そりゃ嫌なものですよ。交通警察だとか刑事警察みたいに、交通事故を処理する、とか殺人事件を追うとか泥棒を追うとか、そういうのは必要だと思うし何百年経ってもなくならないと思うけど、公安警察っていうのは人間が何を考えてるかを探るんだから、そんなの必要ないだろう、と思う。
もしどうしても自分たちが守りたいものがあるなら、首相官邸でも政治家でも、それは自分たちがガードすればいいだけの話で、わざわざ自分たちが出かけて行って、反政府的な考えを持ってる人間を取り締まるなんて、それはおかしいだろうと思いますね。
高木鈴木さんの『公安警察の手口』に詳しいですけど、右翼と左翼では公安との付き合い方が違うんですよね。嘘みたいな話が紹介されています。右翼が団体を作るときに団体名をつけてもらったり、綱領をつくってもらったりしたっていうのがありますが、本当にあった話なんですか?
鈴木実際、そういう例もありましたね。警察の公安と、公安調査庁の公安は別なんですけど、公安調査庁にいた人と雑誌で対談した時、「ウチだってやってやった」って、なんか威張ってましたよ。それに、公安の人を講師に呼んで勉強会をするところもあった。公安を講師にして、「先生!」と言ってる。今はさすがにないだろうけど。
高木何を勉強するんですか。
鈴木右翼の歴史とか、右翼の使命とか。だって、昨日今日、右翼になった人よりも公安の方が詳しいよね。右翼にはこういう歴史があって、こういう事をするべきだ、と。ハイ、わかりました先生、って具合に。
高木駐禁キップを何とかしてもらったり、というのは、やっぱり普通の警察とは違って、警察庁から直接の指示があるものですか。
鈴木それは、右翼左翼だけじゃなくて、新聞記者とか政治家とか、そういう人でもあるみたいだね。
自分たちと付き合いのある警察官に、手を回して、駐車違反だとかスピード違反だとかで捕まった時にチャラにしてもらう。それは、公安警察にしても、こういう小さなことで捕まえるな、もっと大きなことで捕まえるべきだ、こういう事で信頼感を持たれた方が国のためにいいんだ、という理屈ですよ。
だから、右翼の街宣車が何十台で行進する、というときは、赤信号で止まらないからね。マイクで「一般車両どきなさい!」とか勝手に言って。そういう時に何も知らない交番のおまわりさんが止めようとすると、公安が、「止めるなバカヤロウ!これは我々が守ってるんだ」という感じで出てくる。
公安の方が圧倒的に強いんですよ。政治警察だから。公安の人たちの方が出世するって言われてるし。だから、エリート意識と言うか、日本を支えてるのは俺たちだという、思い上がり、よく言えば気概、誇りというのをもっているんです。
鈴木新左翼の人たちが武器持ったりプラカード持ったりして何百人が電車乗るとき、切符買わないんですよ。学生運動が激しい時の話ですが。
椎野昔は買わなかったですね。
高木誰かが団体でまとめて払ってるんじゃないんですか。
鈴木ドォーって入って、ドォーって出てくる。改札の人たちは怖いから言えないんだと思ってたんですよ。でも、今考えるとやはり国鉄の人たちもシンパシーを感じて、見逃したんだろうなぁ、と思って。
椎野そういう人もいたでしょうね。
鈴木JRの人に聞いたけど、そういうのも多かったって言うよ。今だったら、たとえ5人でも、そんなことしたら警察がその場で全員逮捕しますよ。当時は、切符切りの人たちも唖然として見てたのか、心の中で「おお、やれやれ!」と思って見てたのか、両方あったでしょうね。考えてみたらすごいよね(笑)。
高木そういえば、一水会の機関紙に連載をしているときに、公安が何人か朝から、お茶飲みに行きましょう、ご飯食べに行きましょうって来てましたね。
鈴木公安には、一水会担当っていうのが2,3人いて、情報を上に上げなくちゃいけないわけですよ。
そのためににいろいろ物語を作るんですよ。「今日はレコンキスタを手伝ってる高木ってやつのところに行った。こういうものを書いている。一見優しそうだけどいつキレるかわからない。かつてはこういう事もした」とかいろんな情報を上げていく。
その情報を見て、上の方は、「そうか、じゃあ予算をもっとつけなくちゃ」となる。さらに、一水会でも辞める人間がいるわけで、理由は、運動が嫌になった、とか、親に言われてとかなんだけど、公安は、偽装脱退かもしれない。何か大きな事件を起こそうとしてるんだ。それが一番危ないんだと思うんですね。
高木山口二矢もそうですよね。あれは偽装じゃないでしょうけど。
鈴木どういうことにしても、自分たちに都合よく考えて、上に報告する。そして、やっぱり「右翼は怖い」って植えつけられると、上の人たちは実際に接してないから、やっぱりこいつらは普段遊んでるように見えても危ない事を考えているのか、と物語を作るんです。物語を作るのは検察だけじゃないんですよ。極端に言うと、みんな作家なんですよ。
高木島袋さんの『公安警察スパイ養成所』もドラマチックですよね。これを読んで、本当にびっくりしました。全く知らない話だったんです。
なんとなくあちこちでこういう事があったんだというのは聞いた事がありましたけど、改めて、島袋さんの手で書かれたものを読んで驚きました。島袋さんは、中野学校で洗脳的に教育されるじゃないですか。沖縄からは一人だけ選抜されて、エリート意識が非常にあったようですね。日本を共産党から守るんだ、アカから守るんだ、と。
じゃあアカのやる事を知らないといけない、スパイというのは必要なんだ、という事で、予算もついて、警察庁から金が降りてくる。自腹を切ってという事も随分あったみたいですけど。そうしてスパイを作っている。
鈴木何人もスパイを抱えてたんですよね。そういう人と付き合うための、ある意味ナンパ師みたいなその手口がすごいよね。
高木女をあてがって写真を撮って脅すとか、映画の中の手口ですよね。偶然を装って出会うとか、ハンカチを落として拾ってもらって、とか。
鈴木そんなの今はないでしょ(笑)。
高木そういう些細なきっかけから付き合いを作って飲みに行って、趣味を聞いて「僕もやってます」と答えて、改めてその趣味を始めるとか。碁会所とかあちこちで「やぁ、偶然会いましたね」と。まさにナンパ師、女を落とすような手口ですね。
鈴木趣味ってやっぱり人間の内面にとってものすごく大きいんですね。調べたら何が趣味かわかる。
そして自分もそれになりきって、接触するでしょ。例えば、相手が犬が好きで犬を散歩してたら、自分も犬を連れて散歩して、偶然に会う。自分の趣味に対してはみんな自信を持ってるから、「犬を飼ってる人には悪い人はいない」と思う。
登山してる人なら、山で偶然に会って、「登山する人に悪い人はいない」とか。みんな自分の趣味を合理化するでしょ。やっぱり自分がかわいいんだよね。だからそういうところにポっと入られると100パーセント相手を信用しちゃうんですよ。
高木そうですね。それはよくわかります。
鈴木『マイ・バック・ページ』の川本三郎さんも、なんで過激派の人間を信用したかって言うと、マイナーなCCRが好きだと言う。
それでこいつはいいやつだと100パーセント信用した。ビートルズとかメジャーなものじゃなくて、誰も知らないようなものを好きだと聞いて、俺と同じだ、そういうものを好きだっていう感性なら、こいつはいいやつだ、と。
その音楽がなかったら、あの事件は起こらなかったんじゃないですか。そういう、人間の弱さってやつを公安はものすごく研究してます。
高木鈴木さんは、そのような経験はありますか?
鈴木僕は余り趣味がないから、その方面から攻められたことはない。
それに、顔を見たら公安かどうかすぐに分かるし。それで、一般に右翼は公安に甘いとこがある。右翼は左翼と違って、公安を敵にしてないから一緒に酒飲んだりするんだけど、でもいくらなんでも自分たちは情報を漏らしたりしない、と思ってる。
でも、どこどこの団体はあなた方の悪口を言ってましたよ、と言われると、冗談じゃない、あいつらだってこうじゃないか、と、相手の事は言うじゃない。だから、その人たちから情報を取らなくても反対から取ればいい。その団体で不遇な人だとかに、やっぱり上の人は見る目がありませんね、と同調してみたりしてね。そういう人間心理学として、勉強になります。
そういうノウハウは、もっと公開すべきだよね(笑)。
高木島袋さんが当時やってた仕事を考えると、怖いですよ。毎日そいつを落とすことを考えてるじゃないですか。じゃあ次はどうやって落としてやろうって。相手の人格をコントロールして、生活をコントロールして、金や仕事に変えていく。そして、最終的にはそのスパイの一人が首を吊って自殺するんですよね。島袋さん宛ての遺書を遺して。
鈴木ある意味宗教だね。それによって自殺するかもしれない、組織からリンチされるかもしれない、でもそれは日本を守るためなんだからそういう犠牲は仕方がない、という風に信じられるというのはすごいじゃないですか。
高木鈴木さんや椎野さんが活動をやっていた、60年や70年といった政治の季節は、公安も仕事はあったと思うんです。
多くの予算や人員を投入してたでしょうし、足らないくらいだったでしょう。それが80年に入って、その季節が終わってしまった。そうすると目を向けるのは、オウムなどのカルト的な宗教でしょうか。
もちろん、新興宗教=カルトとは決めつけられませんが。オウム事件の時には「公安」という名前もスポット的に出てきました。その事件も教祖の逮捕で一つの終結を見ようとしています。では、公安は今何をしてるのでしょう。
鈴木今はね、海外ですよ。警察のいろんな白書とかを見ればわかりますよ。
高木「外事」ですか。
鈴木アルカイダとか北朝鮮とか、そういうのが日本にとって脅威だと。国内でも、右翼も左翼も人数は少なくなったけれども、一人一殺を考えてるやつはまだいる、とか、外国の過激派と連帯して日本で騒ぎを起こそうとしているやつがいる、とか言う。
この間の公安情報の流出、あれもそうじゃないですか。これだけいろんなやつが暗躍してる、だから我々も必要なんだ、予算をくれ、人数も必要だ、と。自分たちの存在意義のために彼らはやってる。
高木予算も人数も減ってはいないんですよね。
鈴木取り締まる対象はもう何百分の一か、一万分の一くらいしかいないのに、自分たちは減ってないし、むしろ大きくなってる。事業仕分けするならまずこういう連中をしないと(笑)。
高木潜在右翼の恐怖もあるとか、言いますよね。
鈴木わけのわからないものに対する恐怖心を煽ってるよね。潜在右翼って言ったら、みんな潜在右翼ですよ。
高木全員が潜在右翼、あるいは潜在左翼とも言えると思うんです。みんな、どこかで世界平和だとかユートピアの理想を求めてるんじゃないでしょうか。それらすべてを監視し始めると、それこそ国民全員を監視しなければならない。
鈴木生きてる人間そのものが全部危ない、ってなっちゃうよね。何考えてるんだか、いつ何をするかわからないんだから。
高木アメリカのスタートは、個人の自由が大きな地位を占めていた。でも今やスパイ国家です。監視国家です。イギリスから独立して、理想に燃えて作った国です。自由が守られているにも関わらず、日本以上の監視国家、スパイ国家になっています。
鈴木人々の不安が作った幻想なんですよ。自分は安全だ、でも隣の人たちは何をしてるかわからない、周りに危ない人がいる、だからそれを取り締まってもらいたい、と。
そういう政治的な警察は、私を取り締まるわけではなくて、他の人を取り締まっている、と考えて、自分は安全になる。だから、自分の安全を求めるあまりに、っていうのが警察国家化、思想警察を蔓延らせる元凶になってると思いますよ。
高木9.11の映画でも、安全をカネで売るのかとかそういうのがありましたね。
鈴木自由よりは安全を、ということだね。警察の方が頭がいいんでしょう。そういう自由を求める人間と、安全を求める人間とがいて。まず安全が必要だというところに付け入って、警察は自分たちの存在意義を示した。そういう思想戦争に、警察の方が勝った、という事でしょう。
高木公安もアメリカが作ったようなものじゃないですか。朝鮮戦争の頃に肝煎りで作って、その後は、アメリカの介入はあったんでしょうか。年次改革要望書かなんかで、こうしなさい、ああしなさいとか。
鈴木それはあるでしょう。また、一人一人の市民の不安だとか、安全を求める心だとか、そういうものをうまく利用したっていうのはあるよね。
本来ならば電柱にポスター貼ったって、街でチラシ配ったって、或いは個別の家の郵便受けにチラシを入れたって、危なくないし、いくらやったって構わないじゃないですか。その人間が誰かを襲ったりしたら、逮捕すればいいわけでね。それが、自衛隊のイラク派遣反対というビラを家に入れただけで捕まって、半年くらいぶち込まれている。
高木立川でありましたね。
鈴木やり方が巧妙だ。うまいんですよ。
警察が一戸一戸訪ねていって、「こんなチラシを入れられたでしょ。これをやってる連中は市民運動とか言ってるけど、本当は人殺し集団で中核派ですよ。彼らはこれだけ人を殺してますよ。そういう人がアパートの敷地内に入ってくると怖いでしょう」と。
そして、続けるんです。「その人たちがやらなくても、その人たちを狙う他の党派のやつらがここで襲うかもしれない。そういう時にあなたの家にだって小さい子がいるし、巻き添えになったらたまらないでしょう。だから『敷地内にそういう人が入るのは困る。やめて欲しい』という署名をお願いします」といったら、そりゃ誰だってするよ。私だってするかもしれない。
そしたら、それを基にして、彼らは迷惑を受けてる、住居不法侵入だ、と言って逮捕するんです。苦情を言う側の住民が別に逮捕してくれとは思ってなくても、その意見をさらにエスカレートさせて使う。卑劣だけども、敵ながらうまいよね。
そういう風にして、防犯カメラも増やすし、大学の中にも警察が自由に入れるようにする。そして何か事件があれば、警察が少ないからこうなるんだ、警察をもっと増やせ、警察がもっとしっかりしろ、予算を増やせ、となる。今ほど警察が頼りにされている時代はないですよ。
高木ビラを貼ったり配ったりは、左翼はよくやりますよね。
鈴木右翼もしょっちゅうやってたんだよ。街中に愛国党がやってた。一水会だってやりましたよ。
高木椎野さんもやりました?
椎野もちろんやりましたよ。
高木そういう時って、捕まるかもしれないっていう危機感ってありました?
椎野それはもう。見つかったら捕まりますから。
高木当時、現行犯だったら捕まったんですか?
鈴木当然捕まるよ。一水会でもみんなしょっちゅう捕まってましたし。
椎野交番に連れて行かれて、お説教喰らうだけって事もありましたけど、必ず捕まりますよ。
高木今は捕まらないですよね。
鈴木だって、今はやる人いないからね。郵便受けにチラシを入れるだけで逮捕されるから、電柱にポスターを貼ったら逮捕され、もっと長く勾留される。そういう脅しの効果もある。
高木不法侵入になるんですか? 電柱とかに貼るのは、器物損壊とかになるのでしょうか。
鈴木なるでしょ。「粗大ごみを処分しませんか」とか「ピザのチラシ」も本当は違反なんだけど、それはお目こぼしですよ。それが、「イラク派遣反対!」とか政治性があったりすると、すぐ捕まっちゃいますよ。
それにそういうのは、現行犯じゃなくて後でも捕まえたりするからね。だから今はチラシ配りも、ビラ貼りも、どこもやらないですよ。数少ないのに逮捕されたら大変だし。だから、どんどん表現が委縮してるんですよ。
高木だったら、もう公安の仕事って殆どないですね。外事のアルカイダとか北朝鮮だけで。
鈴木だから日本海側の新潟とかの海岸をずーっと守ってパトロールしてればいいんじゃないですか。
高木入って来ないように、ってことですか。
鈴木あとは子供がさらわれないように通学路に立ってる、とか。そういうことをやればいいんですよ。今だったら東北の方の被災地に行くとか。
高木外事で情報を集めると言っても、たかが知れてるでしょう。アルカイダにしても、ホームページで調べるくらいしか出来ないんじゃないですか。
鈴木だけど自分たちはやってるんだっていう存在意義を示してるんですよ。北朝鮮だって危ない国だろう、それに対して我々はこれだけの備えをしてるんだ、それを捜査してるんだ、っていう、ポーズだけでしょうね。又、右翼や左翼はいつ暴発するか分からないから監視してるんだ、と言う。
高木当時は、日本共産党に対する危機意識が本当にあったと思います。鈴木さんもありましたよね。山口二矢も、明日にも共産主義革命が起こるかもしれない、革命前夜だ、と。そういう時代なら、共産党や社会党に対する恐怖というのはわかるんです。でも、今は、恐怖なんかないじゃないですか。とても優しい人たちになってるじゃないですか。
鈴木でも公安に聞くと、今でも共産党は危ないって言いますよ。
高木それがわからないんですよ。何が怖いんですか。潜在的な思想そのものでしょうか。それよりも、まだ潜在的な右翼の方が怖い気がしますけど。
鈴木共産党は公の合法的な政党になってるけど、いつか、何かあったら、立ち上がる、と。公安はそう思ってる。あるいは、そうあってほしいと「期待」している。
高木武力闘争があるってことですか。
鈴木そういう風に自分に思い込ませてるって部分もあると思いますよ、公安は。
それに、共産党も100パーセント否定しないじゃないですか。自分たちはどんなことがあっても、合法的に平和的にやるんだ、だからこういうことは許せない、と、共産党が音頭を取って公安警察廃止!とやるべきじゃないですか。
僕が見てる限りではそんなにやってないように見えるんです。自分たちは社民党や、民主党や、他の政党と違うんだ、やはり、最後は共産党しかない、と思ってる。
だから自分たちは狙われてる、注目されてる、と。そうやってどこかエリート意識をもってるんじゃないかって。だから、公安は許せない!と言いながら、でも、「共産党は脅威だ」と、勝手に思ってくれてるのはイイだろう、みたいな満足感があるんじゃないですか。
高木鈴木さんは、今後、公安警察は必要だと思いますか?
鈴木必要ないでしょう。人間の良心を覗き見て逮捕するなんていうのは。
高木オウム事件をまた出しますが、ああいう事件がこれからも起こる可能性があるとしてもですか?
鈴木要らない。警備の方を強化すれば済む話だと思いますよ。自分たちが守るべきものをきちんと守ってればいいだけの話でしょう。
高木そうすると、信教や宗教、思想の自由というのは100パーセント守られ、それに対して国家が干渉する事はないという事ですよね。
鈴木そう。だからデモだとかチラシ配りだとかも全部自由にさせればいいと思います。
警察が介入することによって却って事件を起こしてる、という事がある。なんか事件があって、警察が介入するでしょ。ところが公安がいて、何か悪さをして、それで事件が起こる、という事が多い。見沢知廉の事件もそうじゃないですか。公安がなければ、変な奴がいるなぁ、と思ってもそれを追放するか無視すればいいだけの話だった。日本に公安があって、いろんなことをやってる、という思い込みがあるから、ああいう事件が起きた。こいつは公安のスパイじゃないかと疑われて、事件になったケースは多いと思うんですよ。革マルの黒田寛一の本を読んでたら、警察と中核派は一体となっていて、我々を弾圧している、と書いている。で、中核派に言わせると、KK連合??警察と革マル派は一体になっていると、そういう言い方をする。という事は逆に言えば、自分たちの内部でスパイが発覚した場合に、敵の内ゲバで襲われて死んだ、とカモフラージュしてやった場合もあるんじゃないか、って。
高木公安としてはどう転んでもいいわけですもんね。
鈴木内ゲバは、知ってて見逃したりする部分もかなりあったと思うんですよ。中核にしろ革マルにしろ、警察が自ら潜入して一緒に殺しをしてるんだ、と言う。僕はそこまではないと思うけどね。
ロシア革命前夜だったら、そういうのあったでしょうけど。又、日本でも戦前はあるよ。警察官がスパイになって行動を起こさせるとか、警察が自ら交番を焼き討ちして共産党のせいにするとか。その当時は使命感を持ってて、警察官をクビになっても、警察がその人間を一生守るだけの力があったじゃないですか。
今はないもんね。個人の責任にして処分して終わりじゃないんですか。戦前戦中と違って、今はそこまでやる公安はいないと思うけど。ただ、煽ったり、結果を利用したりするのは徹底的にやってると思う。
椎野個人の公安と、公安警察としての態度があると思うんですけど、
例えば中核は革マルと公安が一緒になってる、と言う話がありますよね。例えば昔で言うと、8派連合(ブント、中核派、社青同解放派など)と革マルが内ゲバをやるときに、革マルの武器は見逃すんですよ。例えば、もっこみたいなのにプラカードを簡単に打ち付けて持ってくる、ってことに対して、革マルのそれは見逃すんですよ。
で、8派のそれは取り上げるんです。偽装だと言って。
あの時はとにかく公安は8派が怖いので、革マルの武器については緩くして、8派は規制して、革マルに勝たせる、という介入、さっきの鈴木さんの話で言うお目こぼし、っていうのがあって。ブント内の例で言うと、戦旗派と赤軍派や叛旗派、情況派などと内ゲバをやる時ですが、内ゲバというのは、部隊と武器を合体するのが一番難しいんですよ。
例えば戦旗派が明大生田にいる情況派を襲う時に、部隊が出て行きますけど武器を持って行けないから、どこで武器を調達し隠し持ってくる連中(例えばトラックを仕立てたり)とドッキングするか、というのがすごく問題になってくるんです。ところが情況派が僕らを襲うときは、武器を持って電車に乗ってくるんですよ。公安としては、大きい方、より危険な方を解体したいから、公安警察として許す、不作為による介入、というのはありましたね。
高木椎野さんは、公安は今後、要ると思いますか?
椎野思想的にも、冗談じゃない、あってたまるかと思うし、実際ももう要らないんじゃないですかね。
高木具体的にも、構造としてももう要らなんじゃないかと。
椎野ええ。だってこの前の第三書館から出たもの(『流出「公安テロ情報」全データ』)を見たって、一体何をやってるんだ、って感じじゃないですか。イスラム教の施設にお祈りに来ている人を尾行して、あの程度の情報しか集まらないんだったら。
高木鈴木さんや椎野さんは運動をやってきた世代で、僕は運動をしなかった世代です。こうして書物で知ったりとか、先人先達の話を聞いたりとかですが、僕はまだ公安は必要じゃないかってどこかで思ってるんです。
椎野その一番の根拠はなんですか。
高木公安が取り締まる対象が、思想や、思想から生じる問題だとするならば、日本人がまだその思想や信教の自由をきちんと管理出来てない気がするんです。
鎖国が解けて、明治時代からの歴史を振り返ると、どこか、与えられた自由しかなかった。アメリカに与えられた、外から与えられた。あと、親から与えられた、学校から与えられた、教育から、会社から、風評、テレビ、メディア、インターネットから与えられた自由しか、「自由」と出来なかった事に対して、公安がなくなり、何もかも自由だから全て自己責任でやっていいですよ、となると、それこそ一気に思想を越えた破壊活動が起こるのではないかと思うんです。
それに対する監視機能として、公安はやっぱり必要な気がします。自由に対するチェックですね。自由を自由とすることに対するチェックと言うか。どこかで日本人の能力を信じていないという事が僕の中にあるんですよ。
鈴木日本人か。人間が成熟する前に、人間を取り囲むツールばかりどんどん増え、進化してしまって、大して発言することもない人たちも100パーセント言論の自由を得ちゃった。
ネットだとかブログだとか。今、学生や若者のケンカの原因の殆どが、そういうネットとかそういうものだって言うんだから。そういう事はあるでしょうね。そしたらチェック機関は必要だし、これじゃダメだって気持ちはあるんだけども、それを全て公安に任せていいのか、という事もある。やっぱり、公安っていうのはまだまだ考えるテーマなんですよ。
高木だからと言って必要悪、とも言い切れない。なかなかいい言葉が出てこないですね。ただ、予算をつける方法とか手段とかに疑問はありますし、公安をチェックする機能や機構や公安への対抗的な権力というものの必要を考えます。
椎野ストーカーに、自分の行為を監視されたり、尾行されたりしたら嫌ですよね。じゃあなんで、国家権力ならいいのか。なんで公安ならそれが許されるのか。警察だったらいい、って思ってる人も中にはいますけど、本当はストーカーなんかより彼らの方が、何億倍って恐いんですよ。なにしろ権力持ってるんだから。
鈴木公安は何でも出来る。普通の人は全く知らないまま一生を終えるんでしょうけど。公安の話は本当に難しいですね。椎野さんもいろいろな思いがまだまだあるでしょうし、高木さんももっと考えようと思うでしょう。ぼくもです。
また、みんなで話しましょう。ゲストを呼んでもいいですね。島袋さんを呼びましょう。元公安の人を呼びましょう。現職公安でもいいですね。いろいろな立場から公安のことを話しましょう。こうした対談や発信発表が、現在公安に対する唯一の対抗手段かもしれませんよ。ぼくたちに残されたのはやっぱり言論です。もっともっと語り合って、発表しましょう。