2011/11/07 鈴木邦男

今、考える。1970年。3月、「よど号」事件。

〈はじめに〉

若松孝二監督「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」 若松孝二監督「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」

若松孝二監督の衝撃の大作「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」が完成しました。見せてもらいましたが、凄い映画です。

当時の「楯の会」を初めとした右派学生の思いつめた気持ちが実によく表現されてます。来年の夏に全国ロードショーです。

しかし、11月25日(金)、夜8時よりテアトル新宿にて完成披露上映会があります。上映前に監督及び出演者らによる舞台挨拶があり、上映後にトークイベントがあります。森達也さんと私で、「11.25自決の日に『三島』を語る!」です。

1970年11月25日、三島事件でした。そして8ヶ月前の3月31日に、「よど号」ハイジャック事件が起こります。

このハイジャックに三島は大きな衝撃を受けて、「先を越された!」と叫びます。又、「あの日本刀の決起がいい」と言いました。三島の映画については又、紹介します。

今回は、先週に続いて「よど号」についてです。

①11月25日、ピョンヤンでW杯予選

若林盛亮さん(左)と小西隆裕さん(右) 若林盛亮さん(左)と小西隆裕さん(右)

どんな手掛かり、どんな契機でも貪欲に利用すべきだと思う。拉致問題解決の為にだ。

国内にいて、国内向けに、「北朝鮮は許せない!オレは闘っている!」と叫んでいるだけでは何も解決しない。その「怒りの声」をバックに北朝鮮当局と交渉しなければならない。交渉のテーブルに着かせなくてはならない。

「いや、話し合ってはならない。交渉してはならない」と言う人もいる。経済制裁し、とことん追い詰め、彼らがギブアップするのを待つ。というのだ。

では、それがいつなのか。そんな悠長なことでいいのか。

それに彼らはギブアップしない。強がりだろうが、「経済制裁は全くこたえてない。共和国を支援してくれる国は多いし、我が国にはレアアースを初め、地下資源も多い」と言う。

又、「日本は今、大変ですね」と、かえって、同情された。東日本大震災では、日本に義援金を送っている。「もっと日本に支援したい」という。レアアースも利用してほしいという。

「それは北朝鮮の謀略だ。甘言に乗ってはならない」と言う人も多いだろう。しかし、経済制裁を続け、自滅を待つのか。苦し紛れの「方向転換」を待つのか。それでは悠長だし、能がない。政府、民間レベル、あらゆる方面からの交渉・談判・闘いが必要だと思う。

サッカーW杯予選、ヘギョンさんの結婚、「よど号」の帰国、国交などを含め、日本側も、積極的に出るべきだと思う。「無視しろ。一切相手にするな」では、拉致問題解決の進展もない。

「経済制裁」だと言いながら、実は、文化制裁でもあり、スポーツ制裁でもある。

たとえば、私が連載している月刊「創」も送れない。時々書評を書いている「アエラ」や、単行本も送れない。又、スポーツ交流も出来ない。今回のサッカーだって、北側は、いくらでも受け入れると言ってたのに、日本政府は、経済制裁してるのだから、行くな。と言う。

そして、ギリギリになって、「例外的に緩和」した。

高麗ホテルの前で 高麗ホテルの前で

しかし、遅すぎる。向こうの準備もあり、北の受け入れは150人だという。日本は200人から300人の入国を希望しているのに…と、言う。罪を全て、北朝鮮に押しつけている。

「産経新聞」(11月2日付)によると、藤村修官房長官は1日の記者会見で、こう語っている。

〈藤村氏は、「非常に国民的関心も高く、政府としても勝ってもらいたいという思いがある。今後のわが国の国際競技大会の招致活動に(国際社会で)否定的な意見を引き起こしたくない」と説明した。
 一方、公式ツアー以外の手段での渡航については自粛を求めるとした〉

つまり、本当は、サッカー選手や関係者にも行ってほしくない。だが今回は例外的に「緩和」してやる。というのだ。

でも北でやることは前々から予定されていた。じゃ、「W杯に出るな」と(本当は)言いたいのかもしれない。そんなことをしたら、サッカーファンの猛反発をくう。それで、苦渋の選択なのか。

しかし、スポーツ、文化は〈政治〉を超えるものだ。昔、アメリカに言われて、モスクワの五輪をボイコットした愚を繰り返してはならない。

産経には出ているが、政府は「JFAが斡旋(あっせん)する公式観戦ツアー参加者に限り、特例的に渡航自粛要請を緩和する方針を明らかにした」。

特別に「許可」してやったんだ。ありがたく思え、という態度が見え見えだ。それも、サッカーの2週間前だ。これはないだろう。遅すぎる。「スポーツ交流を通じ、日朝が仲良くなっては困る」と思っているのか。

②ヘギョンさんの結婚がドッとマスコミに

産経新聞(11/3付) 産経新聞(11/3付)

もう一つ、ヘギョンさんの結婚のことだ。先週のHPに書いたら、多くのマスコミから問い合わせがあった。又、私以外の筋からも発表されたようで、多くの新聞に、このニュースは載った。

横田めぐみさんの娘さんのキム・ヘギョンさん(24)が、大学を卒業して、北朝鮮の男性と結婚した、というニュースだ。

産経新聞(11月3日)によると、めぐみさんの両親の話が紹介されている。

〈めぐみさんの父、滋さん(78)は、、「大学を卒業したことは聞いていたのでそろそろそんな年かなと思っていた。結婚の記念写真を見たいですね」。
 めぐみさんの母、早紀江さん(75)は、「そういう年になったのかと感慨深いものがあります。お祝いしたい気持ちはあるが、拉致問題が解決しない中、仕方がないのかと思います」と話した〉

支援してもらってる人や、救う会などに対し、遠慮してるのかもしれない。本当は、北朝鮮に行ってお孫さんに会いたいのだろう。会うことによって、確認できることもある。拉致問題解決の手掛かりにもなると思う。

大浦監督とトーク(10/29) 大浦監督とトーク(10/29)

もう一つ、「よど号」だ。以前、私は、「帰ってくることはない。北朝鮮に帰化したらいい」と言ったことがある。

暴論かもしれないが、元々、インターナショナルで、「世界革命」を目指した彼らなら、分かってくれると思った。日本人を捨てて、朝鮮の人民になる。そして日朝国交が出来たら、北朝鮮の外交官として日本に来たらいいだろうと。

ところが、彼らは、あくまでも日本人にこだわる。日本人の誇りがある。そして、「日本に帰りたい」と言う。

でも、帰ったら10年以上、刑務所に入る。「それも覚悟」だという。海外に出ていて捕まり、日本に送還され、裁判を受けた田中義三さんは、懲役12年だった。しかし、熊本刑務所で亡くなった。

今、北朝鮮にいる「よど号」の4人は、田中さんよりも先輩だ。又、ヨーロッパでの日本人拉致に関与してるのではないかと言われている。

そうすると、田中義三さんで12年だから、他の人たちは15年か20年になる。今、60代後半だから、出所する頃は80だ。それでも帰りたいという。

でも、無事、出所できるかどうか分からない。日本の刑務所の条件は悪い。又、「政治犯」に対しては過酷だ。田中義三、永田洋子、丸岡修…さんたちは刑務所で亡くなっているし。

③私は、「三条件の提案」をしました

k's cinemaの前で k's cinemaの前で

あるいは、成田から、警察までの護送車の中から見る日本の風景。又、検察調べのため、裁判のために出かけられる。その時、チラリとでも日本の光景を見られる。そんなことを考えているのかもしれない。

訪朝して、「よど号」の小西隆裕さん、若林盛亮さんに、「三条件」を提案した。日本のマスコミを呼び、記者会見をする。その席で、この三条件を認めて、日本に堂々と帰る。そうしたら、いいだろうと。

その三条件とは、「謝罪。感謝。解明」だ。

第1に、42年前にハイジャックをして、人質にした乗客に謝罪する。今まで、これは言ってるが、改めて言う。

第2に、北朝鮮政府への感謝だ。勝手に押しかけたのだ。飛行機ごと撃ち落とされても文句は言えない。又、すぐに逮捕され、収容所送りにされても文句は言えない。

それなのに「亡命者」として優遇してくれた。人々が飢餓で苦しんでいる時も、何不自由ない生活をさせてくれた。これは、ちゃんと感謝すべきだ。

勿論、彼らはそれを常に言っているが、改めて言う。又、日本政府も言うべきだ。42年前、撃ち落とされては大変だと、日本側は、「赤軍派の9人を受け入れてくれ」と北朝鮮政府にお願いした。それによって受け入れたんだし。

第3は、ヨーロッパから日本人を拉致したとして、逮捕状が出ている。彼らは、「愛する日本人同胞を拉致するはずはない。逮捕状を撤回してくれ」と言っている。

しかし、「撤回」は無理だろう。日本に帰ってきて、裁判で争う。この件では起訴は出来ないと思う。彼らも拉致はしてないと言うし、立証出来るだろう。

この「三条件」だ。1、2は問題ない。しかし、第3は、どうしても譲らない。「いや、撤回しない限り、帰国出来ない」と言う。

ハイジャックの罪は認め、その件では服役する。しかし、日本人を拉致した犯人として帰国は出来ない。デマを流す日本政府に屈服する形での帰国はあり得ないと言う。

「だから、日本に来て、それを立証して下さいよ。私らも全面的に協力しますよ」と言ったが、無理だった。決意は固かった。

「よど号」グループがリビアに
「よど号」グループがリビアに

それから、リビアの話を聞いた。彼らは1983年にリビアに行っている。その時が、「初めての出国」だ。それから何度か、ヨーロッパに行っている。

その頃は、北朝鮮と同様に、リビアは魅力的な国だった。世界革命の拠点だと思った。日本でも、リビアのカダフィは人気があった。竹中労は、左右の青年を連れて何度も行っている。ピース缶爆弾の牧田吉明、元「楯の会」の阿部勉、岐阜の右翼青年・花房東洋などが行っている。1987年頃だ。

その頃、「よど号」も行って、リビアで合流したのかと思ったら違った。それよりも前に、83年に行っている。カダフィの演説にも感動したという。

④リビア行きは「週刊プレイボーイ」に載っていた!

トークが終わって トークが終わって

「その時のことは、『週刊プレイボーイ』に出てますよ」と若林さんが言う。「83年の11月ですよ。日本で探したらあるでしょう」。驚いた。

実は今、竹中労について本を書いている。それで出版社の人に連絡したら、早速、国会図書館で調べ、見つけてくれた。何と、若林さんが「週刊プレイボーイ」に原稿を送っているんだ。それも6ページも大々的に載せている。熱い記事だ。

多分、今なら、こんなことはしないだろう。「犯罪者だし、経済制裁をしてるのだから…」と、載せるのを躊躇するだろう。たとえ載せたとしても、こんなに大々的に、載せたりはしない。タイトルも凄い。

〈独占!大スクープ!平壌→モスクワ→トリポリ。あの“よど号事件”の日本赤軍が13年ぶり北朝鮮出国!!
 No.3若林盛亮が本誌に寄稿。リビアからの熱いメッセージ!〉

リビアには2週間いた。写真もふんだんに載っている。日本赤軍ではなく、正式には赤軍派だ。日本赤軍と言うと、アラブに行った重信房子さんのグループを指す。編集部で混乱したのか。

「よど号」の9人は1970年にピョンヤンに渡り、軍事訓練を受けて、半年後に日本に帰り、日本革命を起こす計画だった。でも、訓練は受けさせてもらえない。

そのあと、居酒屋で そのあと、居酒屋で

若林さんの文章で書かれているが、(若林さんの話を聞いて)、編集部がまとめた解説もある。これは活字を小さくして書かれている。そこに、「半年後に日本に帰って革命をする」という決意について書かれている。

〈13年前彼らは、“世界同時革命”をとなえ“国際根拠地”づくりのために「北朝鮮」に行った。そこでなんとか軍事訓練を受けて、日本に帰ってくるという、かなりムシのいい計画である。
 もちろん軍事訓練などやらせてもらえるはずもなく、「日本に帰るというなら、どうぞ。ただし、帰り方は来た時のようにそちらで確保して下さい」
 と、とりつくしまもない。そこで一時は領海ギリギリまで船を出してもらって泳いで帰ることまで考えたという。これがジョークでなかったことには、テドンガン(大同江。ピョンヤンを貫流する大河)で水泳訓練までしたという〉

⑤絶対に譲れない革命家の誇りが…

紀伊国屋書店で 紀伊国屋書店で

そうなのか。それまでして、日本に帰り、革命をやりたかったんだ。そのテドンガンは訪朝時、よく通った。ここで水泳訓練したのか、と思った。ただ、間違って、「テポドン河」と言って、皆に笑われてしまった。

ピョンヤンで、軍事訓練は受けさせてもらえないが、いろんな記念集会には、よく出た。出させられたのだろう。「我が国を慕ってきた革命の同志だ」と。

そして、挨拶もしたようだ。そうした大会には、実は、他の外国人も多くいた。揃いの制服を着ている、アフリカ人の人たち、南米の人たち、アジアの人たちだ。

話を聞いてみると、「ここで軍事訓練を受けて、祖国に帰り、革命に成功した」と言う。今は「政府」側の人間として、堂々と、北朝鮮に来て、感謝の挨拶をしてるのだ。(これは「プレイボーイ」の記事ではなく、私が直接、小西さんたちに聞いた話だ)。

その革命に成功した国だが、ニカラグア。アンゴラ。モザンビーク。ジンバブエ。などだという。

だから、軍事訓練を受けて、日本に帰り、革命をやるというのは全くの「妄想」ではない。

ただ、アンゴラなどと違い、日本は〈革命的状況〉がなかった。9人を受け入れて、とても革命は出来ない。だから、冷静に判断して、北朝鮮政府は軍事訓練をさせなかったのだ。

もし、許していて、半年後に日本に帰国させたら、すぐ捕まるか。戦闘で射殺されるか。そうしたら、「北朝鮮は日本人ゲリラを使って戦争をしかけた!」と言われるだろうし。日本の背後にいる米軍との戦争も覚悟しなくてはならない。そこまでのリスクは犯したくないと思ったのだろう。

植垣康博さん(中央)、徐裕行さん(右)と 植垣康博さん(中央)、徐裕行さん(右)と

ただ、リビアへの出国は許可した。リビアで「全アフリカ青年フェスティバル」が行われることを「よど号」グループは聞く。アフリカの人たちが北朝鮮に来ていて教えたのだ。「ぜひ、参加してみたい」と思った。

しかし、パスポートはない。ところが何と、北朝鮮政府は、「亡命者用のパスポート」を作ってくれた。それは、「レセパセ」といって、世界的にも認められているという。それに、1991年のソ連崩壊の前だったから、ソ連、東欧や、友好国にはそれで堂々と行けたのだ。

モスクワを経由して行くのだから、北朝鮮にあるモスクワ大使館に行った。

「あっ?あの有名な連合赤軍か!」と言われた。

「プレイボーイ」は日本赤軍と間違い、ソ連は連合赤軍と間違った。でも、同じグループだ。それに、「連合赤軍でも構わない」と温情あるソ連だ。堂々と、レセパセで小西、若林氏はリビアに行った。そして、大歓迎された。革命家だし、亡命者だ。犯罪者ではない。亡命の手段として、少々荒っぽい手段はとったが、立派な亡命者であり、革命家だ。

その自覚、プライドが強いのだろう。「来たことを発表してもいいか?」とリビア政府に聞いたら、「どうぞ、どうぞ。光栄です」と言う。

それで日本のマスコミ、プレイボーイに発表した。日本政府としては驚いただろう。「犯罪者のくせに、亡命者として堂々とリビアに入国し、大歓迎されている」と。

⑥「政治亡命者」であり、「革命家」なのだ!

松木けんこうさんと(10/27) 松木けんこうさんと(10/27)

北朝鮮政府も、「これはいい」と思ったのだろう。これ以降、いろんな国の集会にも出ているし、いろんな国の革命家、運動家たちとも会っている。東欧は「自由」に歩いている。これは悪いことではないし、詳しく発表したらいい。

もしかしたら、その中で、「自分たちはソルジェニツインと同じだ」と思ったのかもしれない。政治的な弾圧を受けて、ソルジェニツインはソ連を離れ、アメリカに亡命した。

しかし、政治体制が変わると、トップと話し合い、帰国した。英雄だ。

だから、「よど号」グループも、政治体制が変われば、トップと話し合って堂々と帰国出来るかもしれない。ハイジャックの逮捕状の罪はそこで償ってもいい。そんな考えかもしれない。

私はそう思い、彼らに問いただした。「そんなことは考えてません。自分らをソルジェニツインだとは思ってません」と否定した。

しかし、革命家としてのプライドと自覚は持ってると私は見た。だからこそ、42年間も耐えて来れたのだと思う。並の人間なら、とても出来ないことだ。

もし、明治時代ならば、「交渉するトップ」はいくらでもいる。「42年間も苦労したんだ。身をもって世界のことを一番知ってるし、これは貴重な人材だ。国家のために働いてもらおう」となるだろう。

だって、函館に立てこもった「反逆者」の榎本武揚、大鳥圭介だって、ちょっと刑務所に入れて、あとは政府高官として使ったのだ。そのくらいの腹はあった。

海江田万里さんと 海江田万里さんと

しかし、今はそんな政治家はいないよ。それが不幸だ。そんな日本の実情を話し、その中で、どうやって帰国するか。又、帰国を日朝国交にどうつなげるか。その点を連日、話し合った。

若林さんは「プレイボーイ」のリビア・レポートの最後をこう結んでいる。

〈われわれは、今後も積極的に海外へ進出するつもりである。アフリカでも、アジアでも、ヨーロッパでも、ラテンアメリカでも、機会があれば、いつどこへでも出かけていくつもりである〉
〈当面、帰国がままならぬ中で、世界を舞台に日本の若い人々とも大いに会っていくつもりである。
 会おう、世界で!ともに語ろう 日本を! そしていつの日か日本で—〉

そうですね。日本で会うために。私も努力したい。このままでは、余りに勿体ない。これだけの闘い、貴重な体験を持った人々だ。日本の再建のために大いに働いてもらったらいいだろう。

【だいありー】

社民党の阿部知子さんと 社民党の阿部知子さんと
  1. 10月31日(月)、一日中、原稿を書いてた。北朝鮮から帰って、仕事の遅れを取り戻そうと必死でやっている。なかなか進まない。夜、雑誌の対談。
  2. 11月1日(火)午前中、原稿。午後1時、滝野川会館大ホール。
    〈弾圧から9年。最高裁に口頭弁論を開かせ、美世志会の逆転無罪を実現する11.1大集会〉
     冤罪「JR浦和電車区事件」からもう9年だ。布川事件の杉山卓男さんが連帯の挨拶をしていた。杉山さんは千葉刑務所で見沢知廉氏と一緒だった。その頃の話も聞いた。
     「無実のゴビンダさんを支える会」の客野美喜子さんも挨拶。客野さんとは、カレー事件の今後について話し合った。三鷹事件の大石進さんも挨拶。
     この集会の記念講演の講師は、衆議院議員の浅野貴博さん(「新党大地」代表代行)。「取り調べの可視化、法制化に向けた取り組み」。いい話でした。
     浅野さんは1978年釧路生まれ。若い。浅野さんの生まれる前の年、1977年に私は、釧路に行った。「日ソ友好会館建設反対」闘争で捕まり、23日間、釧路署に勾留されていた。寒かったな、と思い出した。今度、浅野さんと釧路の話をしてみたい。
     又、鈴木宗男さんにはとてもお世話になったし、札幌で対談もしてもらった。『新・言論の覚悟』にその時の写真が出ています。
     集会が終わって、4時半から、懇親会。私も激励の挨拶をしました。
塩見さんを激励しました(10/29) 塩見さんを激励しました(10/29)
  1. 11月2日(水)午前中、原稿。午後3時、文化放送。今日のテーマは、「大阪都構想を考える」。
     橋下徹氏が主張しているが、「大阪府と大阪市の二重行政の解消」をするために「大阪都」を設置しようと言う。二重行政の解消は大賛成だ。そのために知事を辞めて、今度、大阪市長選に出る。考え抜いた末の苦渋の決断だろう。この二重行政を解消するためには、時には「独裁」も必要だという。賛成だ。頑張ってほしい。
     「編集長は見た」は、「サピオ」の三浦和也編集長。「暴排条例の怖い話」。「契約、接待、領収証精算…ビジネスシーン別に制定する『これがアウトとセーフの境界線だ』。
     次は、「軍人も政治家も女子大生もかしづかせる皇帝・プーチンの権力掌握術&人脈大研究」
     それから、Wコロンの「謎かけ」。「Ustream延長戦」は、「絞首刑は合憲か否か」。真面目に、死刑論争をやりました。
  2. 11月3日(木)午前中、取材。河合塾コスモは今日は調整日で休み。だから、午後2時、K’s cinemaに行く。映画「天皇ごっこ=見沢知廉・たった一人の革命」で、植垣康博さん(元連合赤軍兵士)が大浦監督とトークするので、聞きに行く。
     「あっ、ちょうどよかった。3人でやりましょう」と私も舞台に上げられた。「見沢事件」は「右翼の連合赤軍だ」と言われ、警察の大弾圧を受けた。その頃の話をした。
     又、本家・連合赤軍の話を植垣さんから聞いた。「金曜日」の白井さん、救援の山中さん、編集プロダクションのレーニンさん、見沢の同志・設楽さんなどが来てたので、皆で近くの「三平」に行って飲みました。
10/29の深夜、ロフトで激論を闘わせました 10/29の深夜、ロフトで激論を闘わせました
  1. 11月4日(金)午前中、原稿。午後、図書館。6時半、新宿。有田芳生さん、田城郁さん、木村三浩氏と4人で会合。意見交換を兼ねて、お酒を飲みました。有田さんは参議院議員になってから初めて会った。頑張っています。
  2. 11月5日(土)午前中、原稿。午後、図書館と本屋。本を探しに行ったついでに映画を見る。映画なんて1年ぶりですよ。忙しくて見れんかったスミダ。「三銃士」だ。30億円をかけて作った大作だ。凄いスミダ。
  3. 11月6日(日)午前8時東京駅発の新幹線で新神戸に。岩井さん、吉本さんのスリムなお二人が迎えに来てくれた。原さん、飛松さんも合流して昼食を頂きました。
     午後2時から、神戸市勤労会館。「vs原和美トークライブ=護憲派の原和美、今度は神戸の地で保守論客と激突」に出る。ゲストは飛松五男さんと私。本山美彦さんは海外出張中で、おられなかった。
     原発や憲法、防衛問題などについて語る。とても有意義な集会でした。
     最終の新幹線で帰る。

【写真説明】

若松孝二監督「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」

①若松孝二監督の話題の超大作「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」が完成し、11月25日に完成披露上映会がテアトル新宿で行われます。上映後、森達也さんと私のトークイベントがあります。来年初夏、全国ロードショーです。

「よど号」グループがリビアに

②「よど号」メンバーが、北朝鮮を出国し、リビアに行った時の記事です。「週刊プレイボーイ」(1983年11月15日号)です。熱いレポートです。

若林盛亮さん(左)と小西隆裕さん(右)

③「よど号」グループの若林盛亮さん(左)と小西隆裕さん(右)です。

高麗ホテルの前で

④(左から)私、小西さん、若林さんです。(宿泊した高麗ホテルの前で)

産経新聞(11/3付)

⑤ヘギョンさんの結婚を伝える「産経新聞」(11月3日付)です。

大浦監督とトーク(10/29)

⑥10月29日(土)、大浦信行監督の映画「天皇ごっこ=見沢知廉・たった一人の革命」の第1回上映後、トークをしました。超満員でした。終わって、サイン会をしました。

k's cinemaの前で

⑦映画を上映している新宿k’s cinemaの前で。

トークが終わって

⑧映画・トークが終わって。映画館前で。大浦監督を中央に、左は設楽さん、右はあべさん、白井さん、徐さん、レーニンさん、小林さんたちがいます。

そのあと、居酒屋で

⑨この記念撮影のあと、近くの居酒屋で飲みました。なお、⑧⑨の写真はプロカメラマンの平早勉さんに撮ってもらいました。ありがとうございました。

紀伊国屋書店で

⑩この映画の上映に合わせて、紀伊国屋新宿本店の5階で、「見沢知廉フェア」をやってます。見沢氏の本だけでなく、関連のある、右翼、左翼、天皇、国防関係の本が揃ってます。おかげで私の本もありました。

植垣康博さん(中央)、徐裕行さん(右)と

⑪植垣康博さん(中央)と徐裕行さん(右)です。最強コンビです。2人で刑務所生活39年です。10月15日(土)、野村秋介さんの墓前祭で。

松木けんこうさんと(10/27)

⑫衆議院議員の松木けんこうさんと。10月27日(木)、「松木けんこうを囲む会」で。この会の抽選会で、私は毛ガニが当たりました。家に送られてきました。おいしかったです。ありがとうございました。

海江田万里さんと

⑬海江田万里さんとお会いしました。昔、東海テレビの討論番組ではよく一緒に出てました。総理になると思ったのに、残念です。でも近いうちに…。

社民党の阿部知子さんと

⑭社民党の阿部知子さんと。私は不思議と、社民党の人にお友達が多いんですよ。

塩見さんを激励しました(10/29)

⑯10月29日(土)、K’s cinemaで監督とトークをし、そのあと、居酒屋に行き、酔って頭がボーッとしてるのに、塩見孝也さんを激励に行きました。反原発で経産省前で座り込みをしてるんです。三上治さんたちもおりました。テントを張って、泊まり込みで抗議をしてます。偉いです。「だから、代わりに北朝鮮に行ってきました」と言いましたよ。

10/29の深夜、ロフトで激論を闘わせました

⑯塩見さんを激励し、それから、ロフトプラスワンへ。深夜12時から4時半までいました。初めは「天皇制と表現」をめぐるシリアスな議論。そのあと、お笑い芸人のライブでした。

【お知らせ】

  1. 11月7日(月)午後7時、ネイキッドロフト。針谷大輔氏の「男たちの国防論」。私も出ます。脱原発デモについて語ります。「週刊SPA!」で一緒に座談会に出たnoiehoieさんも出ます。
  2. この日の「東京新聞」にヘギョンさんの記事が大きく出てました。
  3. 11月17日(木)私の「愛国と憂国と売国」(集英社新書)が、この日、発売になります。詳しくは来週のHPに。
     月刊「創」(12月号)。月刊「紙の爆弾」(12月号)が発売中です。両方とも連載を書いてます。『創』は「三島事件の呪縛」。『紙の爆弾』は、飛松五男(元刑事)、植垣康博(元連合赤軍)、そして私の過激な座談会です。
     又、森村泰昌さんの対談集『なにものかへのレクイエム』(岩波書店)、絶賛発売中です。私も出ています。
  4. 11月18日(金)、映画「天皇ごっこ」最終日です。K’s cinemaで。午後6時からの上映の後、ゲストを呼んでのトークがあります。私も出ます。
  5. 11月19日(土)、「マガジン9」主催の特別セミナー。「マガ9学校。第13回」です。
     実は私の本の出版記念セミナーです。中学生アイドルの藤波心ちゃん、それに鈴木耕さん(フリーライター)と私で。この本について語ります。
     場所は新宿のカタログハウス本社地下2階セミナーホールです。(渋谷区代々木12-2)。会費1500円です。午後2時から5時です。ぜひ、いらして下さい。
     鈴木耕さんは私の本の編集をやってくれた超有能なライターです。
     参加申し込みは、「マガジン9」に。FAXは03(5363)1708です。
  6. 11月24日(木)、三島由紀夫・森田必勝追悼の野分祭です。
鈴木邦男ゼミin西宮 鈴木邦男ゼミin西宮
(クリックでPDFファイルが拡大します)
  1. 11月25日(金)若松孝二監督の衝撃の映画「11.25自決の日=三島由紀夫と若者たち=」が出来上がり、この日、8時よりテアトル新宿で試写会。終わって、森達也さんと私のトークイベントがあります。
  2. 11月27日(日)2時、「鈴木邦男ゼミin西宮」。ゲストは寺脇研さんです。教育問題や映画の話をします。私も楽しみです。
     お問い合わせ、お申し込みは、鹿砦社 鈴木邦男事務局まで。0798-49-5302
  3. 11月28日(月)7時、代官山「山羊に聞く?」。「山羊に聞く?で羊に聞く」(第2回)。この日は、佐高信さんとの対談本『左翼・右翼がわかる!』(金曜日)をテキストに私が話します。桃江メロンさんに又、突っ込まれます。
  4. 12月10日(土)神戸。午前中、映画館で大浦信行監督の「天皇ごっこ」の上映(10時半より)。その後、雨宮処凛さんと私のトーク。
     さらに場所を移して午後2時から「コミスタこうべ」2階セミナー室で2人のトークがあります。
雨宮処凛×鈴木邦男 左右を超えて反原発・脱貧困 雨宮処凛×鈴木邦男 左右を超えて反原発・脱貧困
(クリックでPDFファイルが拡大します)
  1. 12月11日(日)昼、大阪で「天皇ごっこ」上映の後、大浦信行監督とトークをします。
  2. 12月13日(火)午後6時より、神保町・東京堂書店。鎌田慧さんとトークします。大逆事件をテーマにした鎌田さんの新刊『坂本清馬の一生』(金曜日)の出版記念トークです。
  3. 12月23日(金・祝)午後1時より阿佐ヶ谷ロフトに出ます。
  4. 12月29日(木)午後4時、ネイキッドロフト。Wコロンの木曽さんちゅうさんとロケット団の三浦昌朗さんの「月刊浅草新聞=学べるニュース」に出ます。