今日は大晦日ですね。今日〆切の原稿もあり、又、今日中に校正を送る原稿もあり、必死で仕事してます。それだけ仕事があるのですから、ありがたいことです。
今年は、いろんな事がありました。北朝鮮に行き、金正恩さんを間近で見ました。連合赤軍〈体験〉ツアーに参加しました。新潟・日教組で講演しました。社民党がやっている「佐高塾」の仙台、山形で佐高信さんと対談しました。
それに、朝日新聞に大きく、2回も出ました。「天声人語」にまで取り上げられましたね。これは驚きでした。
デモにも随分と行きました。秋田では60年前の同級生と再会しました。函館に行き、土方歳三と唐牛健太郎さんのお墓参りをしてきました。
悲しいこともありました。若松孝二監督が亡くなりました。今でも信じられない思いです。
三宅久之さんも亡くなりました。
12月20日(木)、期せずして、お二人を偲ぶ集まりがありました。日本にとって大事な人を喪ったのだと、改めて思いました。
午前11時から、「三宅久之さんお別れの会」。
そして午後1時半から、「安吾賞受賞発表会」。今年は若松孝二監督でした。生前決まっていて、監督もとても喜んでいました。その授賞式が行われ、関係者が集まりました。
「三宅久之さんお別れの会」は、インターコンチネンタルホテル東京で開かれました。
自民党の平沢勝栄さんに会ったので聞きました。「たしか、この部屋で平沢さんのパーティがありましたね。そこで三宅さんに会ったのが最後でしたよ」と。
9月だったと思う。平沢さんのパーティがあって、三宅さんも来ていた。元気で、スタスタと歩いていた。
「やあ、鈴木さん。久しぶり。鈴木さんの顔を見るとホッとするね。癒されますよ」と言う。
でもテレビの本番では、徹底的に批判される。遠慮会釈がない。「あなたは間違っている!」「右翼の幹部だか何だか知らないが、トンチンカンなこと言っちゃ困る!」と。
田嶋陽子さんだって、いつもボロクソに言われていた。でも、番組が終わると、又、ニコニコして、人のいい三宅さんに戻る。プロなんだ。
テレビを見てる人は、「こんなに、ボロクソに罵倒されて、きっと落ち込むだろう。恨むだろう」と思うかも知れないが、それがないのだ。カラッとしてるし、残ってない。根に持たない。これは不思議だった。
だから、三宅さんのことを悪く言う人はいない。三宅さんの奥さん、息子さんも最後に挨拶していた。
お二人にも挨拶した。「三宅さんを悪く言う人は1人も聞いたことがありません」と私は言った。「そう言ってもらうと嬉しいです」と、息子さん。多分、そう言う人が多いのだろう。温かい人柄だった。残念だし、悔しい。
自民党の安倍晋三さん、森喜朗さん、読売のナベツネさんなどが挨拶していた。ビートたけしさん、猪瀬直樹さんも来ていた。
安倍さんは、まだ総理ではない(決まってはいたが)、「三宅さんだけがかばってくれた」と話していた。これは感動的な話だ。
だって、5年前に、首相を辞めた時、「なんで投げ出したんだ」と、全国民から非難された。この時のことは「産経新聞」(10月21日)にも「葬送」の欄で紹介されていた。
〈「何であんな辞め方をしたんだ。十中八九、政治生命はないと思え。しかし一ぐらいは可能性があるから全力を挙げて君のことを応援する。もう一回身を捨てて、日本のために頑張る気持ちで復活せよ」
安倍氏は5年前の首相辞任は、激怒されつつも励まされたことを今でも鮮明に覚えている〉
〈安倍氏は、「テレビ番組でボロクソに言われても、三宅さんだけがかばってくれた。今月26日の首相就任後、最初にお礼したかった」と声を詰まらせた〉
いい話だ。情の人なんだ。森喜朗さんも、「テレビ番組に出る前はよく電話がかかってきて取材された」と言っていた。最後まで記者魂を貫いていた。
逝去する11月15日の2日前、病床で猪瀬氏に手紙をしたため、アドバイスしてくれた。その手紙を当日、猪瀬氏は紹介していた。いい手紙だ。又、病院の医師についても、こうした真面目な医師は「日本の宝だ」」と書いていた。
この日は、政治家、新聞社の人、雑誌社の人。いろんな人たちに会った。元刑事の飛松五男さん、北芝健さんにも会った。尼崎の例の事件についても2人に詳しく聞きましたよ。一色正春さんにも会いました。そして、櫻井よしこさんにも会いました。
「鈴木さん、久しぶり」と言われました。本当に久しぶりなんですよね。「あの時は高田馬場の事務所に行ったんですよね」と言われた。櫻井さんに取材された時だ。
「あの時」といっても、随分前だ。15年位前かな。もっと前かな。
「そのあと、何回かお会いしましたよね。アメリカの記者たちも一緒に…」と私は言いました。
家に帰って、パソコンで調べてみました。あれれ、年まで出てるよ。1945年生まれの67才。えっ、私の2年下か。30代か、40代にしか見えないですよ。若くて、きれいだから。
Wikipediaによると、「ベトナム・ハノイの野戦病院で日本人の両親の間に生まれた」という。ドラマチックだ。その後、日本に来て、長岡高校卒業後、慶応大学に入る。しかし、中退して、ハワイに移り、苦学しながら、ハワイ大学を卒業。
そのあと、ジャーナリストの仕事に就く。英字新聞「クリスチャン・サイエンス・モニター」東京支局などを経て、1980年(昭和55年)5月より日本テレビ・『NNN今日の出来事』のメインキャスターとなった。以来、同番組で11996年(平成8年)3月までの16年間に渡ってアンカーパーソンを担当した。女性ニュースキャスターの草分けである。
日本テレビを辞めて、独立して活躍。本を出し、テレビに出、講演をし…と。今では、誰もが認める保守論客のトップだ。日本で初めての女性首相になる可能性も高い。
そうか。日本テレビに出たのは1980年か。今から32年前だ。
私が櫻井さんに取材されたのはその前だ。「クリスチャン・サイエンス・モニター」の記者だった時に取材された。だったら、35年ほど前か。一水会をつくったのが1972年。「レコンキスタ」は1975年創刊だ。多分、その頃に取材されたのだろう。
〈過激化する日本の右翼〉といった特集だと思う。私も、サンケイを辞めた直後で、かなり、突っ張っていた。
「テロは必要だ!」「暴力こそが世の中を変えられるんだ!」などと思っていた。なんせ、ヒゲまで伸ばし、ハードに、右翼っぽい格好をしていた。随分と、過激なことを喋ったのだろう。
そのあと、何度か会った。彼女の同僚のアメリカ人記者たちも呼んで、大勢で酒を飲んだ。
私のことを、「この人は日本の右翼なのよ。とても怖いのよ」と紹介していた。外人記者たちは、「オー!ノー!」とか、「テリブル!」と叫んでましたっけ。「三宅久之さんのお別れの会」の時も、その話をしました。「今じゃ櫻井さんの方がずっと、怖いのに…」と。
そうですよ。私なんか、軟弱になり、どんどん左傾したと言われている。一方、あの当時は、全く、ノンポリの櫻井さんが、日本テレビを辞めてからは、どんどん「右傾化」。
ニュース原稿を読んで、〈中立〉を装うことに、よほど苛立っていたのか。辞めて独立してからは、全てについて、ズバズバと言う。過激に言う。
私なんか軽々と乗り越えられてしまった。一体、どうしたんだろうと思ってました。
今は、講演会はどこでも満員だし、熱烈なファンが沢山いる。右翼、保守派には絶対的な支持がある。そんな風に大きくも右旋回する動機、キッカケとなったのは何なのか。
アメリカにいて、それで日本に来て、日本の不甲斐なさに呆れたのか。今度会ったら聞いてみたいと思います。
このパーティでは、共産党の小池晃さんにも久しぶりに会いました。民主党の人たちにも。
左右を超えて、三宅さんは人気があった。番組では、皆を、徹底的に批判する。グーの音も出ないまでにやる。でも、恨まれない。人徳ですよね。
いや、根は優しい人だ。遅れて、ビートたけしさんも来ていた。
このあと、車で、ホテルニューオータニへ行く。「第7回安吾賞受賞者発表会」。授与式は2月に新潟でやる。この日は発表会だ。
今まで野田秀樹、アラーキーなどに贈られている。文学に限らず、安吾のように反抗・反逆の思想、挑戦の姿勢を持った人に新潟市が贈るのだ。
その意味では、若松監督は、最もふさわしい。生前の若松監督のビデオも上映される。
撮影現場では、とても厳しい人だった。その様子を佐野史郎さんが語る。又、クマさん(篠原勝之さん)も語る。
そして新潟市長や、選考委員長の三枝(さえぐさ)成彰さんが挨拶する。「鈴木さん、久しぶり」と三枝さんに言われた。20年ぶりかな。櫻井さんほどではないが、本当に久しぶりだ。
昔は、よくテレビでご一緒してた。東海テレビで。今は、大作曲家なのに、「学生運動をやってる人物は偉い。私は感動して、今でもカンパしている」と言っていた。
いいのかよ。そんなこと言って、と思った。それでいっぺんに好きになった。「あっ、この人はいい人だ」と思い、尊敬した。
なんでも、学生時代は自らも運動をしてたという。それ以来、いろいろと話すようになった。
自民党の新井将敬さんも、東海テレビによく出てたので、3人で飲みに行って話したこともある。新井さんもい人だった。生きていたら、首相になれる人だったのに、惜しいと思う。
又、坂口安吾の息子さんも来ていた。いろんな話を聞いた。どっかで対談させてもらいたいな。もっともっと聞いてみたい。
12月は忙しかった。年末まで仕事だ。1月は4日に高木尋士さん(劇団「再生」代表)と読者対談をやる。高木氏は年に500冊は読んでる。私は月30冊が精一杯だ。
「でも、30冊のノルマはいつからやってるんですか?」と高木氏に聞かれました。
「サンケイにいた時からだよ。学生時代は周りに知的刺激があって、本を読んでないと、付いて行けない。
でも、会社に入ると、知的職業のはずなのに、皆、本を読まない。本について語り合う雰囲気がない。
これじゃ、ダメだ。人間がダメになる。そう思って、ノルマを始めたんだ。月に10冊とか、楽なノルマだと、人間がダメになる。
だから、ちょっと無理かな、と思える30冊にした。それ以来、ずっとやってます」。
まてよ、最初に始めたのは1970年だから、42年前じゃないか。じゃ、人生の「3分の2」はノルマで生きてきたのか。ウーン、そう考えると複雑な気持ちになります。
さて、正月になったら、「1年の読書数」を書き出し、「月30冊」を達成したかどうか、計算しなくてはならない。月に何冊読み、何を読んでるかは、手帳に書いている。
そうだ。その手帳なんだ。今まで、「日本法令」の手帳を使っていた。これが世界で一番使いやすい。
ところが、生産中止になった。能率手帳や「手帳の高橋」など、4冊買ってきたが、どうもうまくない。「高橋じゃダメだ」、と文房具屋でつい店員を怒鳴ってしまった。
そのことを、このHPで書いたんですよね。そしたら、読んでいた人が、「そうです!高橋じゃダメです。使いにくいし、口答えするし。ナマイキだし。この手帳の方がいいです」と贈ってくれた。
全く知らない人だ。開けて見てみたら、何と!『自衛隊手帳』!
えっ、こんなのあんの。〈「能率手帳」と共同開発〉と書かれている。
〈舞台等所在地一覧などの資料編を携帯サイトと連動。貴重な資料にQRコードで一発アクセス!〉
えっ、こんな貴重なものを、もらっていいの。「自衛隊主要略記号」とか、「航空自衛隊主要航空機諸元」とか、いろんな内部資料も載ってるよ。
一番初めが、「服務の宣誓」「自衛官の心がまえ」まで載っている。
緊張する。では、今年は、この手帳を使い、月30冊のノルマを達成することを誓います!
(そうだ。今回でこのHPは何と700回です。そんなに書いてきたのかな。ここまで読んできたら年が明けた人もいるでしょう。だから、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします)。
〈第二次安倍内閣発足。伸晃人質で維新分断〉
〈安倍、女性党3役、重用の狙い〉
〈ペラペラと取材に応じる殺人犯の罪の意識〉
これはどうですか?と、いきなり寺ちゃんに聞かれた。私も「犯人」と目されて、随分と取材されたり、取り調べを受けた。黙ってるとかえって怪しまれると思い、ペラペラ喋っちゃいますね。さらに、喋っているうちに、他の人間が犯人だろう。こんな奴じゃないか、ここがおかしい…と、「発想」「連想」が拡がるのだ。これは、捕まった人間でなくては分からない。「嘘発見器」にかけられても、きっと汗をかかないで、喋るんですよ。
…と、犯罪者の心理を紹介した。
「ニュース 本音と建前」は、
〈安倍内閣発足で気になる憲法改正と外交問題の行方〉
公明党は、昔は「人間社会主義」を言っていた。人権と福祉に重きを置く。だったら、自民党にも、もっと強く言ってほしい。チェック機能を果たしてほしい。公明党は、改憲には反対だし、原発ゼロを目指す。だったら、もっと強力に言ってほしい。自民は今のところ連立しているが、参院で圧勝し、3分の2をとったら、公明の助けを借りなくても改憲できると思っている。その前に、キチンとクサビを打つべきだと思う。
「編集長は見た!」は、『クーリエ・ジャポン』編集長の富倉由樹夫さん。まずは、
〈2013年、『新しい自分』を手に入れる!人生を変える「習慣」のレッスン〉
19世紀の心理学者ウィリアム・ジェームスは言ってます。「私たちの生活はすべて、習慣の集合にほかならない」
では、日常生活のサイクルを見直すことで、自己変革は可能になる。次は、
〈「体内時計」に耳を澄ませば劇的に生活が変わる〉
〈「シャネルの5番」が作れなくなる!〉
欧州委員会(EC)は、アレルギー対策として、香水の香りの元となる12の成分の規制を検討している。これではシャネルの5番は作れない、と香水業界は大反対している。次は、
〈世界で最も美容整形が盛んなソウルの「美人通り」をのぞいてみた〉
ここには、ソウルの美容整形外科の8割(650)が集中して、外国からもお客さんが来るという。韓国は、美容整形ビジネスを「国家競争力強化委員会」計画に取り入れた。経済効果も大きい。
そして、最後は、ショッキングなニュースだ。ドイツの「シュピーゲル」誌より
〈動物性愛者10万人の国で「獣姦」が禁止へ〉
今までは、合法化されてたんだって、ドイツでは。それを禁止する法律が出来ようとしている。動物性愛者団体の会長は、
「私たちは動物をパートナーとみなしています。動物を自分たちの欲望を満足させる道具として扱っているわけではありませんし、性行為を強要しているわけでもありません」
ウーン、こんな団体があり堂々と公表している。それが信じられない。日本なら、絶対ないでしょう。文化の違いなのか。ショッキングなニュースでした。
続いて、「隣りの芸人さん」。
ところで、今週で、貞包アナウンサーは卒業だそうです。寂しいです。次週は1月2日(水)で、お休み。次は1月9日(水)ですね。貞包さん、お世話になりました。寺ちゃんが感謝の花束を贈ってました。私も、札幌で買ってきた「黒い恋人」を贈りました。
⑦「安吾賞」選考委員長の三枝成彰さんです。12月20日(木)1時半から、ホテルニューオータニ。「安吾賞受賞者発表会」の時です。三枝さんとは久しぶりです。昔、東海テレビの政治討論番組では、よく一緒に出てました。そうだ。新井将敬さん、三枝さん、私の3人で、出演後、飲みに行ったことがあった。「学生時代は左翼的な運動もしてました」と三枝さんは言ってました。今度は、ゆっくり話を聞きたいですね。
⑩坂口綱男さんと。坂口安吾の息子さんです。安吾は『堕落論』が有名です。又、『不連続殺人事件』や『安吾捕物帖』などの推理もの、さらに、風土記、旅行記もあり、随分と書いている。ジャンルは広い。「ジャンルのない人でしたね」と綱男さん。安吾は、もっともっと読んでみよう、と思いました。
⑪12月23日(日)、札幌にいる姉のお見舞いに行ってきました。私の12才上です。同じ羊年です。あの写真を持って行きました。60年前、私が小学校3年の時の遠足の写真です。姉は付き添いで来ました。秋田で小3の同級生に60年ぶりに会い、その写真をもらったのです。このHPにも載せました。
その写真を見せたら、姉の息子の康二君(左)は、「あっ、お母さんだ!」と、すぐに分かりました。凄いですね。そして、「あっ、邦男さんだ」と。不思議です。「血」でしょうか。私なんて、どれが自分かも分からなくて、同級生に教えてもらったのに。姉も、60年前の写真を見て、とても喜んでました。懐かしがってました。ついでに、秋田で住んでた時の町。奇跡の一本松。保戸野小学校の写真もあげました。
⑫翌日、12月24日(月)はクリスマスイブですね。ネイキッドロフトで佐川一政さんのトークライブがあって、聞きに行きました。『ガイジンハウス』刊行記念トークです。「佐川一政の世の中、狂っとる!2012」です。〈出演:佐川一政(パリ人肉事件・作家)〉と書かれてました。いつまでも、ついて回るんですね。1981年、パリで女性を殺して食べちゃった事件ですよね。
司会は、星野祐毅さん(扇風機評論家・映像作家)。ゲストは及川なまこさん(なまこアーティスト)、神田つばきさん(セックス評論家)、柳下毅一郎さん(作家)。スリリングなトークライブでした。
⑬この後、二次会へ。酒が入り、酔って、美女の腕を食べる佐川さん。その佐川さんの頭を食べる星野さん。その横で、無責任にVサインをするオッサン。地獄絵図です。世も末です。こんな凄いクリスマス・イブを過ごしている人たちは、他にいないでしょう。世界でたった一つの幸せです。
⑭山口正介さん(作家)と。『週刊読書人』で対談しました。12月25日(火)です。山口正介さんは、『江分利満家の優雅な生活』を書いた、山口瞳さんの息子さんです。この本はベストセラーになりました。山口瞳さんの本は好きで、随分と読んでます。ものを書く人は皆、読んでます。
⑮それだけに、息子の正介さんのこの本は、衝撃でした。『江分利満家の崩壊』(新潮社)です。怖くて読む気がしませんでした。でも、『アエラ』で書評することになり、読みました。アッと驚く新事実もあり、でも、温かい本でした。とてもいい本でした。
『江分利満家』は、どこにでもある、普通のサラリーマンの眼を通して、世相を、時代を斬り、観察します。「生きた昭和史」になってます。江分利満はエブリマンです。「でも最近は、そう読めない人がいて」と山口正介さん。「“えわけ・としみつ”って誰ですか?」と若者に聞かれることがあるそうです。
⑯このあと、『アエラ』の忘年会。です。24日は佐川一政さんと。25日は『アエラ』です。これが今年のクリスマスです。『アエラ』で、「ドリトル先生の憂鬱」を連載している福岡伸一さんと。生物学者です。新刊『生命と記憶のパラドクス 福岡ハカセ、66の小さな発見』(文芸春秋)が売れてます。最近、フェルメールの展覧会を企画・実行しました。絵にもとても詳しいのです。
⑱12月26日(水)文化放送で。今回限りで、貞包みゆきアナは卒業。寺ちゃんから花束を贈られてました。横にはWコロンのお二人。本当にお世話になりました。1週間に一遍、こんな美しい人と会えるなんて、胸がときめいてました。楽しかったです。と言ったら、「と、かけて?」と言われました。ねづっちに、といてもらわなくちゃ。
㉑2月3日(日)の西宮での「鈴木ゼミ」のチラシです。うまいですね。ゲストは湯浅誠さんです。こう書かれてます。
〈今回は、反貧困の活動でおなじみの運動家・湯浅誠さんをお招きして、格差と貧困で「自己責任論」に沸く現代社会や、「ヒーロー待望論」を求める社会情勢について語ってもらいます〉