8月2日(日)の「生誕祭」は大盛況でした。
ゲストの皆様、会場に来てくれた皆様、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。
北海道からも、四国、九州からも来てくれた人がおりました。
遠くから、本当にありがとうございました。私の書籍も、随分と店を出して売ってもらいました。
『失敗の愛国心』。内田樹さんとの『慨世の遠吠え』。坂本龍一さんとの『愛国者の憂鬱』などが売れてました。沢山、サインもしました。
それに驚いたのですが、この日、発売の本もありました。
『新右翼』(彩流社)です。「あっ、それは読んだよ」と言う人も多いでしょう。
でも、皆様が読んだのは、このシリーズの中の「初めの本」か、「真ん中の本」か。ともかく、長い間の中の「短い部分」だと思います。
だって、この本は何度も何度も、書き加えられ、そのたびに量的・質的に、どんどん、膨れ上がったからです。無限に進化し続ける本です。
それも何と、30年近く、進化し続けたのです。私と共に進み、疾走し、暴れた本です。いや、本の方が全力で疾走し、暴れ回ったのでしょう。それに私が付いていったのです。
そして、今回は〈最終章〉なのです。
それも、8月2日の生誕祭に合わせて、発売されました。出版社の大きな企みがあるのでしょう。
一水会を作ったのが1972年です。三島事件の2年後です。7
5年に『腹腹時計と〈狼〉』を書き、左の人々とも接触が始まり、「こいつらは今までの右翼ではない」とマスコミからは言われ、猪野健治さん(ルポライター)が、「新右翼」と名付け、それ以来、「新右翼」と呼ばれることが多くなりました。
「では、その新右翼の歴史」を書いて下さいよ、と彩流社に言われ、書いたのが初めです。
この本の「あとがき」は昭和63年(1988年)1月9日になってます。
本の発行日は、2月11日です。今から27年前です。
この27年前の本を基にして、数年ごとに、大幅加筆・修正して、「改訂版」や「増補版」を作ってきました。今では、何と、倍の厚さになってます。
「新右翼運動の歴史」であり、「一水会の歴史」でもあります。
又、自分自身の闘いの記録のようでもあります。
あるいは、自分が書き綴ってきたのだから、「自分の子供」のようでもあります。「我が子の成長日記」であり、「パパの育児日記」かもしれません。
この『新右翼』は、何度も版を重ね、そのたびに刷を重ねました。
大きな〈変わり目〉だけをまず紹介しておきましょう。五つの進化の過程があります。
〈第一弾〉。『新右翼』の原型です。1988年です。サブタイトルは「民族派の歴史と現在」です。
本の帯には、「同時進行の貴重な運動史」と書かれています。
そして表紙には市ヶ谷自衛隊で檄を飛ばす三島由紀夫のイラストが描かれています。
タイトルとサブタイトル。帯のコピー。そして三島のイラスト。
これは原型になったもので、何度も版を重ねても変わりません。そして、どんどん書き加えられ、厚くなりました。
この原型になる『新右翼』が書かれた昭和63年(1988年)は、奇しくも、「昭和最後の年」になったのです。
翌、昭和64年(1989年)1月7日に天皇陛下が崩御されたのです。翌日からは、「平成」になりました。
だから、この『新右翼』は、平成の時代と共に、書き綴られてきたことになります。〈平成新右翼〉ですね。
この『新右翼』は223頁。定価は1800円でした。
この時の目次を見ると、「はじめに」「第1章 新右翼私史」「第2章 新左翼と新右翼」「第3章 新右翼の天皇観」「第4章 新右翼の現在」「補章 資料篇」「年表」「あとがき」。…となってます。
では、次に、〈第2弾〉『増補版・新右翼』です。
これは『新右翼』が出て、何と2年後の平成2年(1990年)8月1日に発売されてます。267頁で、定価は2000円です。
それ以降、「増補」「改訂」するたびに「最後の章」を新たに書き、資料、年表を書き加え、「あとがき」も、付け加えています。
「増補版」では、最後の章、「昭和の終わりと平成時代の民族派運動」を書き加えてます。
「本島長崎市長へのテロ事件」「民族派へのマスコミの対応の変化」などを書いてます。
平成2年(1990年)1月18日、本島等・長崎市長が右翼団体「正気塾」の田尻塾生に襲撃され重傷を負いました。
「天皇に戦争責任はあると思う」という本島発言に怒っての襲撃だった。
「言論への挑戦だ」「右翼テロを許すな」とマスコミは連日大糾弾キャンペーンを展開した。
1月30日、一水会では「言論の自由とテロル」と題し、パネル・ディスカッションを開催。
又、2月23日、深夜1時から6時まで、「朝まで生テレビ」でこの問題が取り上げられた。「徹底討論・日本の右翼」だ。
これは画期的な番組だった。テロを批判されている当の右翼を呼んで話を聞き、左翼や評論家たちと激論させようというものだ。
凄い反響を呼び、これが右翼がマスコミに出る「初め」になった。
右翼のテロがあり、それを批判するために右翼を呼ぶ。
皮肉なことだが、右翼テロが、「右翼の言論」の場を作った。と言えるかもしれない。
1970年三島事件、そして、1990年の「朝生」。この二つが、現代の右翼を作った。いや、右翼に大きな影響を与えた。これは事実だろう。
だから、『増補版・新右翼』では、この「朝生」のことを詳しく取り上げ、書いている。
小田実、大島渚、野坂昭如、小沢遼子…らと右翼が激突。今、思い出しても、実にスリリングだった。
右翼側は、浅沼美智雄、岸本力男、箱崎一像、松本効三、四宮正貴、木村三浩、鈴木邦男の7人だ。
「朝生」始まって以来の大反響で、視聴率も最高だった。単行本にもなった。
今では、亡くなった人も多いが、今から考えてみても、出てきた人は左も含め、皆、勇気があると思った。
「恐い」といって断った人も多いという。小田実、大島渚、野坂昭如、小沢遼子…などは本当に勇気がある。
そして、恐れずに右翼と激論し、小沢など右翼を挑発していた。命知らずの人だ。
この『増補版・新右翼』は、267頁。定価は2000円だ。
〈第3弾〉は、『新増補版・新右翼』。
増補版から4年後の1994年(平成6年)6月3日に発売されている。313頁。2200円だ。
この時、書き加えた章は、〈野村秋介・出会いと別れ〉でした。
1992年(平成4年)6月、野村秋介さんは「風の会」を立ち上げて参院選を闘う。
僕らも全面的に協力し、全国を回った。
反響はもの凄くて、「受かりそうだ」と思われたが、残念ながら敗れた。
この選挙期間中、「週刊朝日」(7月24日号)の「山藤章二のブラックアングル」で「風の会」を「虱(しらみ)の会」と揶揄。
「風の会」側は直ちに抗議。「週刊朝日」、山藤章二は全面的に非を認め謝罪。
野村さんもそれを了としながらも、朝日新聞の報道姿勢を追及。公開討論会を要求。
これが平成5年(1993年)10月の野村さん自決の遠因の一つになる。その経過について、詳しく書いている。
又、野村さんが作った「新しい運動」について、その意義、与えた影響などについても書いている。
〈第4弾〉は、『改訂増補版・新右翼』。
平成17年(2005年)4月10日発売。352頁で、2200円。
書き加えた章は、〈9.11同時多発テロ以降の新右翼運動〉。「イラク戦争直前の訪問で見たもの」「フランス国民戦線の招待」などの記事がある。
そして、今回の〈第5弾〉だ。『新・改訂増補版・新右翼』だ。〈最終章〉と銘打っている。
長い間、『新右翼』を書き綴ってきたが、今回で、〈最終章〉となったのだ。厚い。はじめの『新右翼』からは倍の頁になっている。
ハードカバーをやめ、ソフトカバーにしたが、それでも、かなり厚い。本が立つ。
発行は、2015年8月2日。何と、私の誕生日になっている。
10年前の「改訂増補版」は2200円だから、今回は3000円以上になってもおかしくない。
でも、彩流社は大決断をした。大冒険をした。何と、定価は1800円だ。頁はグンと増えてるが、定価は大幅に下げた。
儲けは度外視しての「最終章」なのだろう。
本の帯には、こう書かれている。
〈国家が暴走する時代をどう生きるか!
「新右翼運動関連年表 1966〜2015」
同時進行の貴重な運動史〉
いい表紙だし、30年の間、書き綴ってきた『新右翼』の〈最終章〉にふさわしい。
淋しさもあるが、又、これが大きな転機になるだろう。新たに書き加えた章も、そのことに触れている。
そして、「あとがき」も。この「あとがき」だが、今までの5回分のものが全て載っている。貴重だ。
今回の「新改訂増補版あとがき」は、〈『右翼』との訣別〉になっている。
実は、右翼内部に大激震があった。
一水会のHPや『レコンキスタ』を読んでる人は分かるだろうが、一水会は、「新しい運動」をすることになった。
他の右翼の多くの人に迷惑をかけるので、一水会はこれから、「右翼」を名乗らない。と、「独自活動宣言」をした。
8月1日号には、さらに詳しく出ている。
この号の私の連載でも触れたが、私も責任を取って、「一水会顧問」を辞任した。
私や木村代表がマスコミに出て、それが「右翼の考え」だと報道されることがある。「あくまで個人の」「一水会としての」と断って言っているが、「右翼全体の考え」と誤解されることがあった。元々は、私が悪いのだし、言葉足らずだった。又、最近、木村氏がクリミアに鳩山さんと一緒に行った。それで、右翼から「国賊!」「売国奴め!」とビラを貼られ、街宣をかけられる事態になった。その中で、「話し合い」が行われ、「これから一水会は“右翼”を名乗らない」「独自の思想運動をする」ということになった。
8月10日の一水会フォーラムでは私が講師で、「元顧問」として、一連の問題について話すつもりだ。又、木村代表は、「宝島」(9月号)の取材に応じて、大胆な発言をしている。
「宝島」が付けたタイトルだが、こう書かれている。
〈“右翼落第”と言われて。
「黒幕」と呼ばれた男の自省録
一水会代表 木村三浩〉
リードには、こう書かれている。
〈「猪瀬前知事5000万円授受」「鳩山由紀夫氏のクリミア訪問で注目された大物右翼が“脱右翼宣言”」
〈ふたつの“騒動”でメディアから“黒幕”としてバッシングを受けた“大物右翼”木村三浩一水会代表。新右翼の論客として知られる木村氏だが、この5月、突如、「脱右翼」を宣言。その理由、そして騒動の真相を、自省を込めて語り尽くした〉
タイトルは衝撃的だが、中味は、真面目で、真剣だ。これはぜひ読んでほしい。
木村氏は世界中を回り、世界の愛国者と語り合い、和平の試みを行っている。
その中で、「アメリカ一辺倒」の見方ではダメだと思い、クリミアに直接行っている。
それがマスコミからは「ロシア寄りだ」と叩かれ、右翼からは「売国的だ」と批判された。
それに対し、キチンと反論をしている。
「権力に飼いならされたマスコミではダメだ」。そして、「イスラム世界で見た、政府の対応に疑問を抱く」と言う。「“腐ったメディア”に叩かれようが構わない」とも言う。
産経新聞(7月3日付)を見たら、〈「宝島」休刊へ〉と出ていた。
じゃ、木村氏が出た号が最後になるのか。と思ったら、もう1号出して8月25日発売の10月号が最後になるという。
「宝島」は面白い企画を次々と打ち出していたし、売れてると思ったが、最近は部数が低迷していたという。
「宝島」は昭和49年創刊。40年も続いてきたんだ。
宝島社は、「時代の気分をとらえて新しい価値観を提供してきたが、定期雑誌という形での役割を終えた」と休刊理由を説明している。
そうか。雑誌はどんどんなくなるのか。残念だし、淋しい。
一つの時代が終わろうとしている。そんな大きな過渡期に、一水会は「右翼」をやめ、〈自主活動〉を模索する。
私も「顧問」を辞めて、一個人になる。もう肩書きは何もない。それもスッキリしていいだろう。
こういう「転機」は今までに何度かあった。かえって、大きく活動できる幅が広がるだろう。一水会も、私も。そう思っている。
「レコンキスタ」8月1日号には、そのことを書いた。8月10日の一水会フォーラムでは、さらに詳しく話をしようと思う。
そんな大きな「転機」に私のライフワーク『新右翼』(彩流社)が発売された。大きな運命を感じる。
又、この大事な時に、こんなぶ厚い、豪華本を、しかも、廉価で作って発売してくれた彩流社には、本当に感謝感激だ。
私が今まで出した本の中で、最も厚いし、最も豪華だ。後々までも残る本になるだろう。ありがたいです。
私は五味川純平の『人間の条件』『戦争と人間』。三浦綾子の『銃口』。壺井栄の『二十四の瞳』。そして最近では、田原総一朗の『おじいちゃが孫に語る戦争』…。などを中心にして〈戦争〉について語りました。
この日は午前中、原稿。午後から取材で人に会う。6時半、市ヶ谷の私学会館(アルカディア市ヶ谷)に行く。三島由紀夫研究会主催の〈決死勤皇・生涯志士の人。三浦重周を語るシンポジウム〉に出る。
三浦氏は日学同委員長、重遠社創建を経て、憂国忌と三島研の運動を牽引。政治・思想論文を各方面に発表し、憂国派陣営において重きをなす。
平成17年12月10日、新潟市内の岩壁で壮烈な自刃を遂げる。享年56才。この日は、玉川博己氏の基調講演。
その後、シンポジウム。「三浦重周を語る」。パネラーは、山平重樹、後藤晋一、玉川博己、菅谷誠一郎の各氏。
③「週刊朝日」(8月7日号)。〈戦後70年企画。次の世代に伝えたい「戦争本」〉で、私も出ています。五味川純平の『人間の条件』、『戦争と人間』。三浦綾子の『銃口』、『母』。壺井栄の『二十四の瞳』。田原総一朗の『おじいちゃんが孫に語る戦争』…などについて話をしました。
この「週刊朝日」は、8月7日号ですから、7月28日(火)に書店に出てました。この日、私の家にも郵便で届いたから、27日(月)の朝には出来ていたのでしょう。でも、取材で会ったのは、7月24日(金)の午前11時、落合のデニーズです。翌25日(土)の午後3時に校正。そして27日(月)にはもう雑誌は出来てたんですね。早いです。凄いですね。と感心しました。
④「北海道新聞」7月29日(水)の夕刊にも、コメントが出てました。1面トップです。いいんですかね。「私の戦後70年」のシリーズで語っています。この前、札幌時計台で講演した時、その前に、北海道新聞に行って取材に応じたのです。テーマは、〈憎悪が生む「愛国」の怖さ〉です。
⑦映画『首相官邸前で』の試写を見ました。7月29日(水)の午後3時、集英社の試写室です。歴史社会学者の小熊英二さんの初の監督作品です。原発事故以降の「反原発デモ」を中心に映画を作っています。私も一瞬、写ってました。実に迫力のある、素晴らしい作品でした。9月2日(水)から、渋谷アップリンクで公開です。
⑫歌をうたってた佐藤直子さんです。「初めまして」と挨拶したら、「何度も会ってる」と言われました。とても歌がうまいので、プロの歌手かと思ったら、東京新聞の論説委員です。「品川さんとの対談の時にも会いました」。あっ、「東京新聞」の8.15特集で、品川さんと対談させてもらったんだ。あれはとても勉強になりました。お世話になりました、とお礼を言いました。
⑲これは凄い映画です。楠山忠之監督の長編ドキュメンタリー作品です。『ひとりひとりの戦場=最後の零戦パイロット』です。〈太平洋戦争の隠された真実〉です。8月15日(土)から渋谷ユーロスペースで上映されます。私は、8月23日(日)、13時半からの上映回のあと、15時40分から監督とトークをします。
⑳99才の元零戦パイロットが語ります。こうした証言は、最後でしょう。「今、撮っておかなくては」という監督の執念を感じました。貴重な歴史的証言です。楠山忠之監督の前作品『陸軍登戸研究所』も衝撃的な作品でした。「過去」の話ではなく、「今」とつながってます。
この「零戦」もそうです。戦争を体験した、闘った人々の話をもっともっと聞くべきです。今のうちに…。体験が風化し、教訓が忘れられるのは怖いと思います。
㉑岩波書店から『ひとびとの精神史』(全9巻)が刊行されました。〈人物から描き出す戦後70年〉です。実に意欲的ですし、重厚です。7月25日は第1回で、『敗戦と占領—1940年代』です。「Ⅰ.生と死のはざまで」「Ⅱ.それぞれの敗戦と占領」「Ⅲ.改革と民主主義」の3章から成り、大田昌秀、水木しげる、黒澤明、中野重治、北村サヨなどが取り上げられ、「ひとびとがどのように生きてきたのか」を中心に書かれています。ユニークな戦後70年史です。毎月25日に刊行です。
第2巻は「朝鮮の戦争」。第3巻は「六〇年安保」。第4巻は「東京オリンピック」。第5巻は「万博と沖縄返還」…と続きます。楽しみです。全巻読破しようと思います。この5巻には、山本義隆、岡本太郎、三島由紀夫、大地を守る会…が取り上げられるそうです。三島については誰が書くのでしょうか。楽しみです。それに、この第5巻は、今年の11月25日発売なんですね。
そのあと、第6巻「日本列島改造」。第7巻「終焉する昭和」。第8巻「バブル崩壊」。第9巻「震災前後」と続きます。
㉒劇団再生のお芝居「天皇ごっこ=母と息子の囚人狂時代」が8月28日(金)〜30日(日)にAPOCシアターで上演されます。29日(土)の午後7時からはブレトークがあります。「再生」の高木尋士氏、大浦信行監督、そして私です。このポスターの写真は、子供の頃の見沢知廉氏とお母さんです。かわいいですね。「児童劇団」に通っていたそうです。運動の世界に行かなければ俳優になっていたでしょう。
㉓「三浦重周を語るシンポジウム」が7月28日(火)18時30分より、行われました。アルカディア市ヶ谷で。三島由紀夫研究会が主催です。左は、『三浦重周伝』を書いた山平重樹さん。中央は三島研究会幹事の玉川博己さん。右は三島研事務局長の菅谷誠一郎さん。
㉖『冤罪とジャーナリズムの危機』(鹿砦社)。浅野健一ゼミin西宮の報告集です。これは実にいい本です。山田悦子さん。河野義行さん。安田浩一さん。北村肇さん。安田好弘さん。矢谷暢一郎さんとの対談が入ってます。とても教えられます。冤罪は何故起きるか。どう闘ったらいいかが、詳しく語られています。