9月10日、いよいよ発売になりました。私の書き下ろしの本です。『これからどこへ向かうのか』(柏艪舎)です。
変わった本です。初めての試みです。表紙はゴーギャンの絵です。
そして、こんなキャッチコピーが付けられています。
〈鈴木邦男は進化したのか。それとも初心に戻ったのか…。あなたは鈴木邦男を都合のいいように誤解していませんか?〉
これだけ見ると、誰か他のライターが「鈴木邦男」について書いてるようだ。
私も初めは、そう思った。ところが違う。
鈴木邦男は何者か。これからどこへ向かうのか。それを「自分で書け」と言う。
迷った。悩んだ。嫌だと思い、ずっと拒んできた。
でも、最終的には引き受けて、書いた。それがこの本だ。
柏艪舎代表の山本さんの質問もあるが、全体は私が書いた。そして、ゴーギャンの絵についての、アッと驚く〈秘密〉にも言及した。今は、いい本を出してもらえたと感謝している。
この本の構成だ。
〈第1章〉鈴木邦男はどこから来たのか
〈第2章〉鈴木邦男はなにものか
〈第3章〉鈴木邦男はどこへいくのか
つまり、鈴木が「鈴木」を客観的に見つめ、書くのだ。
鈴木邦男は「進化したのか。初心に戻ったのか」とキャッチコピーには書かれているが、現実の声はもっと残酷だ。
「鈴木は堕落した」「もう右翼ではない。活動家でもない」。…そう思われている。
それに対する〈抗弁〉の書になったのかもしれない。単なる弁解か。あるいは更なる挑発か。
本の扉の部分にはこう書かれている。
〈「愛国運動を50年もやってきて、やっと時代は好ましい方向に向かっているのに、なぜ今、悩み、考え込んでいるんだ」「俺こそは日本一の愛国者だ。それだけの闘いをやってきた!」と胸を張ればいいじゃないか」。そんな疑問、疑惑、批判が僕の周りで渦巻いている〉
その渦の中に、嵐の中に、あえて入り込んで闘おうとしてるんだ。この人は。
無茶だ。無謀だ。でも、皆が見ている。
〈「おい、鈴木君。きみは一体どこへ行くんだよ」と野村秋介さんも見ているだろう。ゴーギャンも、ゴッホも見ている。僕はこの絵に呪縛されていた。しかし、この本を書くことによって、その呪縛からも解き放たれるだろう。きっとそうなる。そんな覚悟をもってこの本を書いた。あとは読者が判断してくれることだ〉
では、ゴーギャンの絵の呪縛とは何か。私の長い活動家生活において、全く初めて明かされる〈秘密〉だ。
それは、この本を読んでほしい。
あるいは、この本は「謎解き」の推理小説になっているのかもしれない。
今まで、本を出すことについて、こう考えてきた。
「我々の主張」を多くの人たちに知ってもらいたい。そして、同じ活動に入ってもらいたい。
そういう意図があって、本を書き、本を出すのだ。と思っていた。
ところが、この本は違う。
「我々の主張」ではない。
いや、「我々」がない。「私」だけだ。
「我々」を裏切り、「我々」から脱落した「私」のことばだ。だから、運動論ではない。
でも、その「私」を通して、訴えるものもある。
ゴーギャンは、多くの人が書いてきた。「人生」を考えるキーワードとして。
サマーセット・モームも、松本清張も書いている。
人生に疲れた中年男が、この現実から逃げ出す時に、清張の本にはこんな描写があった。
「親は子供のために犠牲になる。その子供は、さらに、その子供のために犠牲になる。では一体誰が芸術をつくるのか!」。
ハッとした。犠牲の連鎖が世の中だ。人生だ。
でも、その中にいる限り、人生は連鎖の中にしかない。
それらを断ち切り、飛び出さないと〈芸術〉はつくれない。
芸術とは、そうした連鎖を断ち切る、非情なものだ。冷酷なものだ。と思う。
でも、ゴーギャンのタヒチ行きは、苦しい現実からの単なる「逃避」だと批判される。
タヒチで、裸の女たちとただ楽しく過ごしただけじゃないかと思われた。
僕だって、「逃げた」「堕落した」と思われた。「お前はゴーギャンだ!」と先輩に言われたこともある。
運動のことを真面目に考え、思いつめた人たちは、どんどんと亡くなっている。又、獄中にいる。
それに比べて私は、まだ生きている。刑務所にも入ってない。
狭いアパートだが、「精神の王国」の中にいる。申し訳ないと思う。
その思いを含めて、書いたのがこの本だ。
又、昔からずっと気にかかってきたゴーギャンの秘密についても、「あとがき」で初めて書いた。
謎は完全に解明されたのか。それは分からないが、「呪縛」からの解放を目指して、必死に闘ってみたのだ。
9月10日に、この本は発売される。
9月初旬に、私は見本誌をもらった。予想以上にいい出来だ。
他の人に売るのは勿体ない。自分で全部買い占めて、大事に保管しておきたいくらいだ。
そうだ。もう1冊、本が出た。9月14日(水)に全国書店発売だ。
11年前に書いた本が、加筆・修正されて、文庫として出る。佐藤由樹氏との共著『皇室典範を考える』(祥伝社文庫)だ。
11年前に出した時は、『天皇家の掟』というタイトルだった。
今回の天皇陛下の「生前退位」のテレビ放送を11年前に予言・予告した。と言われた本だ。
だから、アマゾンの古本屋などで探して、この本を見つけて、いろんなところから取材された。
11年前の新書が、今、文庫として甦る。これも奇跡的なことだ。
その他、ここに来て、いろんなとこに書いた本や、雑誌がドッと送られてきた。
少し、紹介しよう。
⑴月刊『俳句界』(9月号)で、佐高信さんと対談している。
〈佐高信の甘口でコンニチハ!〉という連載対談に出て、俳句の話をした。
テーマは「思想の区別を超えて」。9ページもある。
⑵『宗教問題』は、〈参院選後の日本政治と宗教〉が特集で、私は、「生長の家と日本会議」について話をした。8ページだ。
⑶週刊朝日編集部編『70年目の証言=あの戦争を語る』(朝日新聞社)が送られてきた。
手紙が入っていて、「取材に協力して頂きありがとうございました」とある。
あれっ、私があの戦争について語ったのかな。大体、あの戦争の時は参加してないはずだ。
それとも「前世の体験」を語ったのかな。と思ったら、巻末に書いていたんだ。
〈子供と孫に伝えたい『戦争本』〉のコーナーだ。
でも、子供も孫もいないくせに、大きな顔をして書いている。申し訳ないです。
きむらゆういち、週刊朝日の編集部、そして私が書いている。
〈もっと多くの思想を学べ〉として、私は以下の本を紹介している。
五味川純平の『人間の条件』、『戦争と人間』。それと三浦綾子の『銃口』、『母』。田原総一朗さんの『おじいちゃんが孫に語る戦争』。そして壺井栄の『二十四の瞳』。教師と子供の愛情物語だけでなく、戦争の悲惨さを伝える小説でもある。
⑷そうだ、田原さんといえば、月刊『創』(10月号)で対談してる。
〈天皇「生前退位」問題の本質は何か〉だ。
「天皇の真意とは何なのか。参院選で改憲派が3分の2を占めたまさにそのタイミングでの「生前退位」の意向とは」。
とても教えられ、勉強になりました。やはり、田原さんは凄いと思いました。
私の連載「言論の覚悟」では、〈生長の家総本山に行った〉を書いてます。
⑸『紙の爆弾』(10月号)では、木村三浩氏(一水会代表)が書いてます。〈日米地位協定を撤廃せよ。日本の「真の独立」と「象徴規定」を考える〉。
私の連載「ニッポン越境問答」では、伊藤邦典氏(元「楯の会」一期生」と対談しています。
三島事件、日本会議についてなど。学生運動の秘められた事実なども話してくれました。
⑹月刊『文藝春秋』(10月号)が送られてきた。〈天皇生前退位の攻防〉の特集だ。何故、送られてきたのか、と思ったら、取材されたんだ。「ミヤマ」の会議室で会って、高橋篤史さんの〈改憲推進「日本会議」本当の実力」二、発言が載っていた。
…と、いろいろ出ている。原稿執筆と取材、インタビューなど、かなり過酷だ。必死にやっている。
『俳句界』や『宗教問題』など、普段は目にすることのない専門誌にも出してもらい、嬉しかった。
9月は、久しぶりに、変わった本が2冊出るわけだ。『これからどこへ向かうのか』と『皇室典範を読む』だ。ありがたい。
秋にかけて、もう2冊出る。内田樹さんとの対談の第2弾だ。それと、保阪正康さんとの対談本だ。
話を聞いていて、私が一番、勉強になった。とてもありがたいと思った。
そうだ、それからもう1冊、今、書いてる本があったな。何だっけ?
そのとき、いろいろ話をして、「そんな貴重な体験があるんなら、ぜひ、本にしたらいい」と勧めたようだ。それで本も出したし、全国で講演会にもよく行っている。
手帳を見せてくれたが、「1日に3つも講演会がある日もある」という。
凄いね。私なんて、最高で2つだ。井筒さんは都内で3会場だが、高名な作家などになると、東京、大阪、札幌…と、1日で3会場を飛行機で回る人もいる。
これも大変ですね。秘書がいないとスケジュールも立てられない。
井筒という姓も珍しい。「映画監督でも、相撲部屋でもない井筒です」と言っている。この日は、ぜひ話を聞いてみたいという人が詰めかけ超満員。
ベストセラー『交番の裏は闇』を書いた元警察官の松本均さんも来てくれた。兵庫県からわざわざ。それに、大学生の息子さんも連れて。
講演は面白かったし、普段、聞けない話ばかりだった。二次会の時も、ずっと話を聞きました。
②今、見本誌が届きました。9月14日(火)発売です。佐藤由樹氏と私の共著です。『皇室典範を読む=天皇家を縛る「掟」とは何か』(祥伝社文庫。690円)です。目立ちます。写真もふんだんに入り、レイアウトもいいです。祥伝社の意気込みが伝わってきます。
⑤『宗教問題』(16年夏季号)です。〈参院選後の日本政治と宗教〉の特集で、話しました。「変わりゆく生長の家と変わらない日本会議」です。最初、「ミヤマ」会議室で取材を行う予定でしたが、取れなくて、サンルート高田馬場の会議室でやりました。
⑦9月3日(土)。京都に行ってきました。城崎勉さんの不当弾圧に抗議し、救援を呼びかける集会です。城崎さんは、日本赤軍の関係者だと思われ、1996年にネパールで「ジャカルタ事件」の犯人として拘束され、アメリカで18年間服役しました。全くの冤罪でした。
2015年2月、釈放され、日本に送還されましたが、警視庁は再逮捕し、同じ事件を二度も裁こうとし、再び刑務所に送るつもりです。一事不再理の原則にも反しますし、「日本赤軍であれば何をしてもいい」という感じです。これに強く抗議し、城崎さんの救援を訴える集会でした。
⑫田中一平さんも来てました。元「よど号」ハイジャックの田中義三さんのお兄さんです。
田中義三さんは、その後、タイで「ニセ米ドル事件」で逮捕され裁判を受けますが、無罪となって、日本に送還されます。
しかし、 「ハイジャック事件」で12年の刑を受け、熊本刑務所に収監されます。
その時、会いに行ったのが最後になってしまいました。
病気が悪化し、一時、出獄したのですが、亡くなってしまいました。
熊本で面会したのがつい昨日のように思い出します。
そのあと、熊本城を見て、さらに田原坂を見て、帰りました。お兄さんと、そんな話をしました。
⑬足立正生監督(左)。戸田ひさよしさん(大阪府門真市議会議員)。鈴木。この集会で講演した人も足立さん。実は、挨拶した足立さんもいて、足立さんが3人です。
でも、親類でも何でもありません。不思議です。でも、3人とも反体制です。これだけは似ています。戸田さんはバイクで全世界を回り、行動派の市議です。
⑯河合塾、代ゼミ、駿台予備校と、学校を超えて、牧野先生の人脈は広がってました。その人々が集まって、牧野先生を語りました。右側に牧野先生の大きなパネルが。そこに出席しているようです。司会は生田卍さん。私も出ました。
㉓名古屋市役所前でハンストをやってます。1981年9月21日から反オリンピック闘争で無期限ハンガーストライキの座り込みに突入。その後、生徒を連れて、デモや集会に行ったり。知事選、市長選などに立候補したり、過激に闘ってました。
㉔これも写真週刊誌に載ったんですね。
〈教壇に立つごとに学生差し入れのビールあり。受験生の神様・牧野センセイの教室超満員〉。
そうなんです。「受験の神様」でした。教え方はうまいし、話は面白いし、生徒はドッと詰めかけ、満員です。ビールを飲みながら授業をしてます。神様だから何をしても許されるし、それがウリになってました。
㉕これも週刊誌にスッパ抜かれたんです。牧野先生の誕生日に、「愛、受けとめて!」と題し、女生徒からパンティを贈られたんです。
それを持ってる写真ですが、そのあと、そのパンティを頭にかぶって授業してたそうです。高校や大学の先生なら確実にクビでしょうが、「受験の神様」は何をやっても許されるのです。
㉚対談が終わって、ギャラリーと。「ゲリラ戦士を見たい」と、多くのギャラリーが集まりました。鵜澤さんはおとなしいし、紳士です。「一番、ゲリラらしくない。出版社の社員みたい」と言われてました。
司会のレーニンさんは左から二人目。瀧沢さんもいます。あれっ、アーチャリーもいますね。
㉜9月6日(火)、一水会フォーラムで。元自衛隊レンジャー隊員だった井筒高雄さんが講演してくれました。迫力が違います。
「安保法制の施行による自衛隊と私たちが直面する課題」。レンジャーの話や、衝撃的な写真も見せてもらいました。