2016/10/24 鈴木邦男

「竹中労 没後25年、今ふたたび」

①甲府・桜座に200人

「竹中労 追悼」10/15甲府
「竹中労 追悼」10/15甲府
「労さんを偲ぶトークのつどい」
「労さんを偲ぶトークのつどい」
竹中紫さん。樹木希林さん。水道橋博士
竹中紫さん。樹木希林さん。水道橋博士
左は司会の金子望さん
左は司会の金子望さん
壇上まで人が…
壇上まで人が…
懇親会で
懇親会で
希林さんと博士
希林さんと博士
蜷川みほさんの作品展に。10/16
蜷川みほさんの作品展に。10/16
蜷川みほさんと瀧沢さん
蜷川みほさんと瀧沢さん
SAWの大会を見る。10/16(日)
SAWの大会を見る。10/16(日)
SAWの代表・麻生英考先生と SAWの代表・麻生英考先生と

10月15日(土)、甲府に行ってきた。甲府市の桜座で、〈竹中労 没後25年、今ふたたび〉が行われた。

竹中労にゆかりのあるひとたちが集まって、思い出話をし、ひっそりと追悼をする。そういう集まりだと思っていた。

そんな、ひっそりとした、しめやかな集まりかと思っていたら、とんでもない。凄い集まりになった。

会場の桜座には続々と客が詰めかけ、満員。

「何人くらい入ったんですか?」と劇場の人に聞いた。地方の劇場だ。40人か50人で一杯になるだろう。

元お相撲さんの藤野さん。麻生先生。生島隆さん 元お相撲さんの藤野さん。麻生先生。生島隆さん

そう思っていたら、何と「200人、入ってます」と言う。

驚いた。そんなに人が入ったのか。ソッと覗いてみたら、本当だった。

それに中は広い。2階席もある。昔の芝居小屋のような造りになっている。ウアー、ここでトークをやるのか! と思った。

〈竹中労 没後25年、今ふたたび〉は、二部構成になっている。

第一部は竹中さんが作った映画「戒厳令の夜」の特別上映会。(13:30~15:45)。

第二部は「労を偲ぶトークの集い」(16:10~18:30)。

私らは午前9時新宿発の電車に乗る。11時に甲府に着く。平田君や寅ちゃん、瀧沢さんなどが一緒だった。

死刑を考える国際シンポジウム。10/14 死刑を考える国際シンポジウム。10/14

電車に乗ったら、作家の武田砂鉄さんがいた。和歌山から来た下中さんもいた。甲府の駅に着いたら、「劇団再生」の高木さんもいた。

始まるまで2時間もあるので、まず昼食。駅のそばのレストランで信州ソバを食べる。

そして車で桜座へ。ここでは有名な劇場らしい。すぐに分かった。

小さなライブハウスかと思ったら、なかなか立派だった。大きい。毎日、芝居やコンサートが行われている。

主催者の竹中紫さんが迎えてくれる。竹中労さんの妹さんで、ここ甲府の湯村の杜で「竹中英太郎記念館」の館長をやっている。

イタリアの国会議員も イタリアの国会議員も

竹中英太郎は有名な画家で、労さんのお父さんだ。その記念館には何度も行ってる。

英太郎さんの資料と同時に、労さんの資料も大量に展示されている。「竹中英太郎・労記念館」という感じだ。

そして、今日のトークの司会をやる金子望さんに会った。竹中紫さんの旦那さんだ。竹中英太郎記念館主宰だ。

トークのゲストの小浜司さん。小泉信一さんにも紹介される。

小浜さんは沖縄音楽プロデューサーで、島唄案内人だ。

労さんは沖縄には何十回も行っている。島唄を愛し、絶賛し、本土に紹介していた。沖縄は東京に次ぐ拠点だった。

袴田秀子さん 袴田秀子さん

そこで、労さんの活動を手助けしてくれたのが小浜さんだ。

病気の時も、看護婦をつけて沖縄に行き、そこで倒れた。寝たまま飛行機に乗せられ、東京へ。そして入院し、そのまま帰らぬ人になった。

それだけ沖縄を愛していた。沖縄についての本も沢山ある。

又、小泉信一さんは朝日新聞編集委員だ。若い時から労さんに心酔し、労さんのことを何度も書いた。

労さんは一匹狼のルポライターだった。大マスコミから見た一匹狼はどう映ったのか。それを語ってくれた。

トークのゲストの人に挨拶していると、そこへ、トコトコと入ってきた人がいる。

保坂展人さんと 保坂展人さんと

あっ、樹木希林さんだ。「初めまして」と皆が挨拶している。私も初対面だ。

「内田裕也さんにはよく会ってます。お世話になってます」と私は言いました。

内田さんは旦那さんだ。この前は「徹子の部屋」に2人で出ていた。面白い夫婦だ。

そうか、希林さんが来るので満員になったのか。

「では、打ち合わせをしますので」と金子さん。近くの食堂へ行く。ゲストの皆で、食事をしながら打ち合わせだ。「私は食べてきましたので」とコーヒーをもらう。他の人たちは食事をする。

第二部のトークで、どんな話をするか。大体の打ち合わせをする。

②希林さんは面白い。大活躍だ

司会の塩田祐子さん 司会の塩田祐子さん

希林さんは、大女優だし、皆、初めは緊張していた。でも、とっても気さくな人だ。

労さんの思い出も楽しく語ってくれる。初めて聞く話ばかりだ。希林さんにかかっては、タブーも何もない。ズバズバと言う。

労さんとも初めは、ケンカから始まったという。

労さんが劇団に抗議してきた。劇団の人は皆、恐がって逃げてしまう。

当時、下っ端だったが希林さんが、相手をして、反撃した。恐いもの知らずで労さんとやりあった。

それが気に入ったと言って、抗議者の労さんと仲良くなった。

平田竜二氏と対談。10/14 平田竜二氏と対談。10/14

「じゃ、それは本番のトークの時にたっぷりと聞かせて下さい」と司会の金子さん。

「では、桜座に戻りましょう」となった時、希林さんが思わぬことを言う。

「この前、水道橋博士に会ったので、今日のことを話したら、ぜひ聞きたいって。車を飛ばして来るから、第二部には間に合う、と言ってましたよ」。凄い。「じゃ、トークにも出てもらいましょうよ」となった。

第一部の開始直前に、桜座に戻る。満員だ。

「希林さん、サインして下さい」「一緒に写真を撮って下さい」と声をかけられる。いやな顔もしないで、全て応じている。

恐山での体験を語ります 恐山での体験を語ります

200人も入った客席では、スクリーンを下ろして第一部の映画が始まる。

30年以上前の映画だ。五木寛之原作・山下耕作監督。竹中労監修。又、若松孝二さんも製作で入っている。豪華だ。

南米コロンビアでの長期ロケもあったし、随分と金のかかった映画だ。

又、出演者も、鶴田浩二、伊藤孝雄、樋口可南子、長門勇、伊藤雄之助、と豪華だ。

私は封切られてすぐに見た。そして今日で2回目だ。

我々ゲストは、芝居小屋とは別の部屋で、スクリーンで見た。初めて見る人もいるが、大体は2度目、3度目の人たちだ。

映画が終わり、10分の休憩のあと、16時10分からトークが始まる。

対談が終わって 対談が終わって

トークのゲストは5人。樹木希林さん、小浜司さん、小泉信一さん、竹中紫さん、そして私。司会は金子望さんだ。

「では始めましょうか」と金子さんが言ったところで、水道橋博士が到着。「ぜひゲストで」とお願いし、イスを増やす。

水道橋博士は、昔から竹中労ファンだ。労さんの『ルポライター事始』を読んで、「よし、俺もルポライターになる!」と決意したという。それが中学生の頃だ。

そして、労さんの本を読みまくった。労さんの思い出も語ってくれる。

博士は50才だという。「我々の世代は知ってるが、若い人たちは知らない。もっともっと知ってもらい、読んでもらいたい」「そのためには…」という話もする。博士は50才か。知らなかった。若々しいから30代かと思っていた。

武田砂鉄さんも、やはり労ファンで、労さんを継ぐ人だ。でも博士より20才下だから。

そうか、昼間たかし君もいた。彼も竹中労に心酔し、文体も真似ている。最近出した本を見ても、「竹中労だ」と思った。

武田、昼間氏だけでなく、物書きを目指す人は、皆、竹中労を読んでいる。

「土風炉」で打ち上げ
「土風炉」で打ち上げ

③権力、大マスコミと闘った労さん

辻元さんとよしりんが対談
辻元さんとよしりんが対談
辻元清美さんと。10/14 辻元清美さんと。10/14

でも、大マスコミはどうだろう。

大新聞社では「竹中労なんか」という空気があるのではないか。「普通のルポライターとは違う」というものがあるのではないか。

でも、文章では書けないが、「竹中労が好きだ」という人は多いという。本を読んで、文体を真似たり、影響を受けてる人は多いようだ。

小泉さんも朝日に最近、「竹中労ふたたび」という記事を書いたという。

労さんは「偉い人を斬る」という連載をやり、佐藤栄作首相の夫人を斬りまくった。又、首相、共産党委員長なども斬りまくり、大変な騒ぎになった。裁判沙汰になったことも多い。

そんな札付きの「ルポライター」は、今なら、どこも使わないだろう。

小林よりのりさんと 小林よりのりさんと

まず、企画会議の段階で断られる。「何かあったら大変だ」という理屈で、まだ、「何も起こらない」のに。でも、いつか抗議が来たら困る。

それで、こういう危ないライターは使わない。

それに、こうした傾向は今の方が強い。ネットやメール、携帯で、即、抗議出来るからだ。

すぐに、自由に、自分の考えを言える。万人に通じる。これでこそ、「言論の自由」かもしれない。

でも、そのために潰されていった「言論」も多いのだ。

希林さんも、こうした芸能界、マスコミの閉鎖性についても大いに語ってくれた。

福山哲郎さんと 福山哲郎さんと

この日は、豪華なゲスト陣で、ここに集まった200人の皆も堪能していた。質問も出ていた。

又、紫さんが「労さんの同級生です」などと紹介し、話してもらった人も。労さんの子供さんも来ていたようだ。「労さんの故郷」ならではだ。

18時30分に終わり、そのまま別室で懇親会。多くの人が残って参加していた。

東京から来た人も多かった。北海道、九州から来た人も。

中には、「コロンビアから来ました」という人も。南米から、昨日までコロンビアにいたんですが、「竹中さんを偲ぶ会があると聞いて、日本に来ました」。これは凄い。大盛会だった。

湯川れい子さんと 湯川れい子さんと

そして、最終の新幹線で帰りました。希林さんたちは甲府で泊まる。

あっ、そうだ。第二部では私も話をした。

「右翼」という枠を壊してくれたのが労さんだ。労さんは文章もうまいし、話すのもうまい。両方うまい人はなかなかいない。その点、労さんは天才的だった。

左翼的な人だったが、それまで会った右翼の人たちよりも、信用出来ると思った。

文章は激しいが、本当は心の優しい人だった。そばにいてホッとする人だった。

右も左も関係ない、と言い、実際に実行している人だった。

才能がありすぎて、文章だけでなく、音楽、映画なども手掛けた。

世に受け入れられず、失敗し、大変な借金を抱えたこともある。家族にも迷惑をかけた。

そのお詫びの気持ちもあったのだろう。妹の紫さんが栄養専門学校を受ける時は、「おれが書いてやる」と、提出するレポートを代筆してくれた。

私も挨拶しました 私も挨拶しました

ところが、余りに文章がうますぎ、又、栄養学とは関係のない話なので、落ちてしまったという。

「竹中労の文章を落とすのかよ」と思ったが、栄養学のレポートには合ってなかったのだ。

「じゃ、竹中労全集を作って下さいよ、とお願いした。その中に、専門学校に出したレポートも入れて下さい」とお願いした。

そうだ。今も竹中労を読んでる若者は多い。

「偲ぶ会」には、こうして200人以上が集まる。じゃ、半年にいっぺんでも、「竹中労を語る会」をここでやりましょうと提案した。

皆も堪能しただろうが、我々ゲストも堪能した。私も多くのことを学んだ。30年分くらい、勉強したし、教えられた。そう思った。

【だいありー】

若松映画特別上映会。10/17(月)
若松映画特別上映会。10/17(月)
井上監督。PANTAさん 井上監督。PANTAさん
  1. 10月17日(月)午前中、原稿。
     午後2時、取材。
     夕方、柔道に行く。それからテアトル新宿に行く。9時から、〈若松孝二生誕80周年祭。命日特別上映〉。なかなか見れない、若松監督の映画を1日だけやる。それも2本だ。
     1本目は松居一代主演のエロい映画で、「衝撃パフォーマンス」。もう1本は、予備校の河合塾のために作った映画「もえる青春の一年」だ。
     予備校のCMのはずなのに、それを飛び出して、トンデモない映画になっている。2本とも、なかなか見れない。
片嶋一貴監督。鈴木 片嶋一貴監督。鈴木

それが終わって、井上淳一監督が「解説」をする。長い間、若松監督の助監督をやってきて、この2本でも実質的に監督として仕事をしている。かなり前衛的な作品で、金はかかるし、あまり、理解してもらえないし、大変だったと苦労話をする。

そして「今日は、若松監督を知る人たちが来てますので、登壇してもらい、話してもらいましょう」と言う。歌手のPANTAさん、映画監督の片嶋一貴さん、そして私が呼ばれた。

今見た映画の感想、そして、若松さんとの付き合い、苦労…などの話をする。

でも、映画が始まったのは夜9時だ。終わったのは11時半。

若松監督の遺影の前で 若松監督の遺影の前で

それからトークが始まって、終わったのは1時頃だ。もう電車はない。「じゃ、打ち上げに行きましょう」と監督たちと近くの居酒屋へ。

終わったら、3時過ぎだ。雨は凄く降っていて、タクシーを拾って帰るしかない。

ところがPANTAさんが、「車で来てます。鈴木さんは帰る途中だから、乗っけて行きますよ」という。

エッ? PANTAさんに悪いな。それに、井上監督も、「僕も中野ですから」。そして「私も近いから」と瀧沢さんも乗り込んでくる。

PANTAさんも大変だ。本当にありがとうございました。

深夜の打ち上げ 深夜の打ち上げ
  1. 10月18日(火)午前中、原稿。
     午後2時、高田馬場で打ち合わせ。ロクに寝てないから、ボーッとしている。
     家に帰って、又、仕事をする。
  2. 10月19日(水)午前中、原稿。
     12時半、高田馬場の喫茶店「ミヤマ」会議室。本を作るので、長時間、話す。
     夕方、取材。
謎の中国人留学生も 謎の中国人留学生も
  1. 10月20日(木)午前中、図書館。中野図書館は来月初めから半年間、休みだ。大改修をやるそうだ。その間、他の図書館に行かなくちゃ。
     昼から学校。
     3時、「現代文要約」。
     5時、「読書ゼミ」。今日は、この本を読む。木村草太さんの『憲法という希望』(講談社現代新書)。いい本だ。憲法についての新たな発見がある。
  2. 10月21日(金)10時30分東京発。12時50分京都着。それから精華大学へ行く。元東大全共闘議長・山本義隆さんの講演会がある。それを聴きに来たのだ。
    とてもよかった。そのあと、昔の全共闘の人たちと懇親会。最終の新幹線で東京に帰った
謎の中国人留学生も 別冊宝島『天皇と皇室典範』
  1. 10月22日(土)父親の法事で仙台に帰る。朝6時20分東京発。8時40分仙台着。
     それから塩釜の東園寺に行き、そこのお寺で法事。兄貴、弟、姪たちが来ていた。
     ここの住職さんは、いい体をしている。元「ミスター宮城」だったという。ボディビルの大会に出てたのだ。元大相撲の藤野さんとは格闘技の大会でよく会う。この前もSAWの大会で会った。「和尚さんによろしく」と言われていた。
    法事のあと、近くの料理屋さんで、家族そろって食事。
    夕方、東京へ帰りました。
  2. 10月23日(日)早稲田に行く。「ホームカミングデー」。大きな同窓会のようなものだ。それから新橋へ。取材。
私も書いてます
私も書いてます

【写真説明】

「竹中労 追悼」10/15甲府

①10月15日(土)。甲府市の桜座で、〈竹中労 没後25年。今ふたたび」が行われました。第一部。映画「戒厳令の夜」の上映に続き、第二部。「労を偲ぶ トークイベント」が行われました。左から竹中紫さん(労さんの妹さんで、竹中英太郎記念館館長)。鈴木。樹木希林さん。水道橋博士。

「労さんを偲ぶトークのつどい」

②これが全体のゲストです。(左から)司会の金子望さん。竹中紫さん。鈴木。樹木希林さん。水道橋博士。小浜司さん(沖縄音楽プロデューサー)。小泉信一さん(朝日新聞編集委員)。

竹中紫さん。樹木希林さん。水道橋博士

③竹中労の凄さと影響力について語る水道橋博士。

左は司会の金子望さん

④奮闘する司会の金子望さん。

壇上まで人が…

⑤会場は満員。200人が入りました。さらに壇上にまで上がって聞いてる人も。

懇親会で

⑥懇親会で。樹木希林さんと。左は作家の武田砂鉄さん。右は和歌山から来た下中さん。

希林さんと博士

⑦希林さんと水道橋博士がジャレ合ってます。

蜷川みほさんの作品展に。10/16

⑧翌、10月16日(日)。蜷川みほさんの作品展を見に行きました。素晴らしかったです。叔父は、演出家の蜷川幸雄さん。でも親類は画家もいて、芸術家ばかりです。

蜷川みほさんと瀧沢さん

⑨蜷川みほさん。瀧沢さんと。うしろは蜷川さんの絵です。

SAWの大会を見る。10/16(日)

⑩このあと、大森に行き、SAWの大会を見ました。サブミッション・アーツ・レスリングです。関節技格闘技です。

SAWの代表・麻生英考先生と

⑪SAW会長の麻生秀孝先生と。格闘技について、いつも教えてもらってます。

元お相撲さんの藤野さん。麻生先生。生島隆さん

⑫(後列・左)仙台から来た藤野さん。元相撲取りです。鈴木。麻生先生。前列右は、生島隆さん。生島ヒロシさんの弟で、「生島企画」代表です。

死刑を考える国際シンポジウム。10/14

⑬10月14日(金)。午前10時から衆議院第一議員会館で〈第5回 共に死刑を考える国際シンポジウム〉。テーマは〈いのちなきところ正義なし〉です。挨拶してるのは亀井静香さん。

イタリアの国会議員も

⑭主催者、ゲストです。

袴田秀子さん

⑮袴田秀子さんも挨拶しました。

保坂展人さんと

⑯保坂展人さん(世田谷区長)も来て、挨拶してました。

司会の塩田祐子さん

⑰この国際大会の司会をした塩田祐子さん。

平田竜二氏と対談。10/14

⑱10月14日(金)、午後4時より、『紙の爆弾』の仕事。高田馬場・喫茶店「ミヤマ」会議室で、長野から来た平田竜二氏と対談。師である見沢知廉氏(故人)に会いたくて恐山に行ってきたそうです。その衝撃の体験を話してもらいました。

恐山での体験を語ります

⑲感動・衝撃の体験を話す平田氏。

対談が終わって

⑳対談が終わって。左は司会の椎野レーニンさん。その隣りは、死刑を考える国際大会の司会をした塩田さんです。平田氏、そして、アーチャリーもいますね。恐山の話に興味があったそうです。

「土風炉」で打ち上げ

㉑そのあと土風炉でお酒を飲みました。さっきよりさらに人数が増えてますね。あさ子さん、瀧沢さんもいます。

辻元さんとよしりんが対談

㉒10月14日(金)午後6時から、辻元清美さんの出版記念ゼミナールが憲政会館で開かれました。『デマとデモクラシー』(イースト新書)の出版記念です。
 何と、「かつての敵」小林よしのりさんと対談してました。「昔は、辻元さんを徹底的に批判し、馬鹿にしてたのに」と聞いたら、「進化したんですよ」と言ってました。よしりんが「進化」したのか、二人が 進化したのか。

辻元清美さんと。10/14

㉓辻元清美さんと。いつも元気ですね。

小林よりのりさんと

㉔小林よしのりさんと。二人とも暗く写ってますが。

福山哲郎さんと

㉕参議院議員・民進党の福山哲郎さんと。京都造形芸術大学の客員教授もしてるんですね。

湯川れい子さんと

㉖湯川れい子さんと。音楽評論家・作詞家です。「あの時はお世話になりました」とお礼を言いました。20年ほど前、ピースボートの国内クルーズの船にに乗りました。屋久島に行ったんです。その時に、四国の四万十川にも行きました。

私も挨拶しました

㉗私も挨拶しました。

若松映画特別上映会。10/17(月)

㉘10月17日(月)夜9時より、若松映画特別上映会がありました。テアトル新宿で。それを見に行ったら、突然、壇上にあげられました。

井上監督。PANTAさん

㉙井上監督。PANTAさん。

片嶋一貴監督。鈴木

㉚片嶋一貴さん。鈴木。

若松監督の遺影の前で

㉛若松監督の遺影の前で。右は、監督の三女・宗子さん。「若松プロ」の代表です。

深夜の打ち上げ

㉜深夜の打ち上げ。映画が始まったのが夜の9時。2本見て、1時近くから居酒屋へ。PANTAさん、三四郎さんもいます。

謎の中国人留学生も

㉝よく知らない人も何人かいました。変わった格好をした中国人留学生も参加してました。若松映画は初めてだ、という人もいて、楽しい飲み会でした。

別冊宝島『天皇と皇室典範』

㉞ 別冊宝島から『天皇と皇室典範』が出ました。所功、高森明勅、竹田恒泰、八木秀次…さんが書いてます。

私も書いてます

㉟ 私も書いてます。

【お知らせ】

  1. 11月24日(木)午後7時、三島由紀夫・森田必勝両烈士顕彰祭。
     第1部、顕彰祭。 第2部、保阪正康さんの記念講演。
  2. 11月25日(金)午後6時。憂国忌。星陵会館大ホール。シンポジウム「三島由紀夫 最後の檄文と改憲」。
  3. 2017年2月5日(日)。名古屋読書会。私が講師で行います。『これからどこへ向かうのか』をテキストにやります。
  4. 3月4日(土)、大阪「鈴木と読む会」。