2016/12/19 鈴木邦男

『第一番に捕虜になれ』の衝撃

①何と自虐的な!と思った

清永隆『第一番に捕虜になれ』 清永隆『第一番に捕虜になれ』

何とも衝撃的な本だ。本の題名が、ショッキングだ。

エッ!何だこれは!と思う。ビビる。手に取るのもためらわれる。

だって、『第一番に捕虜になれ』だ。何とも自虐的な本だ。

男なら、たとえどんな状況でも勇ましく戦い、最後までやり遂げるべきだろう。つい、「男なら」と言ってしまったが、女だって同じだ。

それなのに、初めから戦いから逃げ、手を上げて、敵に降伏するなんて。

情けない。下らねえ。誰がこんな本を読むかよ、と思うだろう。多分、圧倒的に多くの人がそう思うはずだ。

この本のサブタイトルはこうだ。「帝国日本と『めめしさ』」。

初代日学同委員長・斎藤英俊氏 初代日学同委員長・斎藤英俊氏

帝国日本では、「めめしさ」は徹底的に排撃されたんだろう。軍隊だから当然だ。

〈敵が攻めてきたら、逃げます〉

〈島は相手にあげます〉

〈白旗を掲げて降伏します〉なんて言ってたら、軍隊にならない。この日本も守れない。

この本を出した出版社は青灯社。知らない。でも左翼的な出版社なのだろう。

書いた人は、清永孝。巻末の著者紹介を見てみる。「1929年 熊本県生まれ」。

宮崎正弘氏 宮崎正弘氏

すると80代後半じゃないか。戦争中のこと、戦前のことも知ってるんだろう。それで、最近の風潮に苛立って、この本を書いたのか。

九大を卒業後に九州朝日放送に入社し、退職後は日本近代史の研究を開始する、とある。その研究の成果がこの本か。

著書は他にこんなのがある。『裁かれる大正の女たち』(中公新書)。

あれっ、これは読んだぞ。いい本だった。思想を持って活動する女性たちのことを書いてたと思う。

他に『良妻賢母の誕生』(ちくま新書)。これは読んでない。買って読んでみよう。

中西晢さんと 中西晢さんと

この本は、一言で言えば、「めめしさ」の復権を訴える本だ。

そんなものは「復権」する必要なんてないよ。と思うだろうが、「いや違う」と筆者は言う。

もしかしたら、こういうことか。大言壮語する、勇ましい掛け声だけでなく、内に持った「やさしさ」も必要だ。昔の日本人はそれを持っていた。

それを言おうとしているのか。そう思って読んでみた。

しかし、そんな私の「やさしい」配慮などは一気に吹っ飛ばす。

「はじめに」の中で、こう言う。

鈴木。木村氏。山浦氏 鈴木。木村氏。山浦氏
〈帝国日本は右舷の「雄々しさ」と左舷の「めめしさ」とを持って、世界の荒波をかろうじてバランス良く航海していた。だが、『戦友』の封印以来、帝国は本来のバランスを失くし右舷に傾き始め、やがて悲惨な終焉を迎えるのだ。このように曲折した「めめしさ」の足跡は何を物語っているのだろう(中略)。そんな彼らの懸命な生死を、本書は「めめしさ」にまつわる挿話を通して振り返っている。「めめしさ」が帝国に不可欠な存在から、反国家的として排除されていった足跡の痛ましさ。それは己を制御する手綱を失くしていった「雄々しさ」の悲惨さであり帝国の悲劇とも言えるのであった〉

私は、「雄々しさ」「男らしさ」は闘いの中で、一瞬にしてわかる。

でも、あの戦争中だって、「雄々しさ」だけで成り立っていたのではない。

第11回早雪忌の集い。12/10(土)
第11回早雪忌の集い。12/10(土)
鈴木。山浦氏。斎藤氏。宮崎氏
鈴木。山浦氏。斎藤氏。宮崎氏
挨拶する木村三浩氏
挨拶する木村三浩氏

②軍歌「戦友」は反戦歌か?

鈴木。四宮氏。山平氏 鈴木。四宮氏。山平氏

軍歌「戦友」は、色々と批判された歌だ。これは大体、勢いがない。さらに、覇気がない。軍隊も歌いたがらない。

私らは戦争に行ってないから分からないが、皆から圧倒的に批判された歌なのに、何故か軍隊内では好かれ、愛唱された。

筆者はこう言う。

〈ところが、多くの国民が例え呟くようなか細い声であったとしても、帝国の最後の日まで『戦友』を歌い続け、懸命に「めめしさ」を抱き続けていた事実を否定はできまい。「雄々しさ」独善の戦時中であっても、一日でも一瞬でも、皆で仲良く暮らしたいという「めめしさ」を手放すことがどうしても出来なかったのだ。もしかしたら、対立する「雄々しさ」と「めめしさ」は長い日本の歴史の流れに揉まれながら、何時からともなく自然に生まれ育ってきた「日本人らしさ」の表と裏と言えるのかもしれない〉
三浦重周氏。矢野潤氏 三浦重周氏。矢野潤氏

そうか。「雄々しさ」だけが「日本人らしさ」ではない。「めめしさ」と相まって、セットになって、初めて「日本人らしさ」が生まれたという。

ハッと目が覚めた。もうなんか、これは衝撃の〈日本人論〉だ。

そして、こう言っている。

 
〈だからこそ、「めめしさ」は、ややもすれば独善、傲慢、粗暴になりがちだ。その「雄々しさ」の醜い部分を映し出し、彼を諌(いさ)め、窘(たしな)める姿見の役を果たすことも出来ていた。つまり、それまでの帝国日本丸は右舷の「雄々しさ」、左舷の「めめしさ」とを持って世界の荒海をかろうじてバランス良く航海していた。だが、『戦友』の封印以来、帝国日本丸はバランスを失くし、右舷に傾き始め、やがて悲惨な終焉を迎えるのだ〉
献花する鈴木
献花する鈴木

③「めめしさ」って何だ

三浦氏の好きだったお酒が 三浦氏の好きだったお酒が

そうか。「めめしさ」は消すべきものではなく、必要だったんだ。

そして、この本の凄いところは、その主張を裏付ける「証拠」を厖大に出していることだ。

私らは全く知らなかった。軍隊の中で、家庭で、学校で、大らかに「めめしさ」は語られ、歌われていた。

私は『戦友』封印しか知らなかった。全国に蔓延していたのだ。

その「めめしさ」を拾い集め、この本で紹介している。

でもそれで、「帝国の栄光」と殊更にあげつらうためではない、と言う。

すみだ北斎美術館 すみだ北斎美術館
〈激変した時代、無理に無理を重ね我慢辛抱を繰り返していたものの、遂に時代に押し潰されてしまった先人たちの無念さに、少しでも近づきたいためだ。「めめしさ」が帝国に不可欠な存在から、反国家的として排除されていった足跡の痛ましさ。それは己を制御する手綱を失くしていった「雄々しさ」の悲惨さであり、帝国日本の悲劇とも言えるはずだ。それを学び、後世に伝えることが、我々に与えられた歴史的課題ではあるまいか〉
入口を入った所です 入口を入った所です

又、『東京行進曲』も、国民を軟弱、卑怯者にさせる「めめしい」嘆かわしい歌であると批判された。亡国的とも言われた。

「シネマ見ましょうか お茶のみましょうか
いっそ小田急で 逃げましょうか
変る新宿 あの武蔵野の
月もデパートの 屋根に出る」
「北斎通り」です 「北斎通り」です

凄い歌だ! でも、戦時だ。こんな時代、こんな歌をうたってちゃいかんと言われるのは当然だろう。と我々も、つい思ってしまう。

でも今は、何でも歌える。外国の歌だって、外国語のままに歌っている。「時代が悪かったのさ」で終わりにしている。

でも果たしてそうなのか。これが筆者の疑問であり、この本を書いた第一の理由なんだろう。

戦後、生活環境は激変した。どんな歌も、言葉も、「卑怯未練」「軟弱」「役立たず」と罵倒されることはない。また、「恋」の歌ばかりだ。

スカイツリーが スカイツリーが
〈だが、お上、お役所、お役人と、官尊民卑を思わせる言葉はまだ健在だ。もしかしたら、生活環境が変わったほどには、我々の心は変わらず依然として、戦陣訓に牛耳られた頃と同様に、「めめしさ」に対して薄汚れた評価しかしてないのかも知れない。「めめしさ」を社会の脚を引っ張る、軟弱で役立たずの厄介者と考え、疎外しがちではなかろうか。そしてまた、滅私奉公という「雄々しい」場面に格別の光を当て、きらきらと輝くその姿に、陶酔しているのではなかろうか。それはつまり、いたましく夫と妻を引き裂いた「戦ふ国」を、心底で憧れていることと変わらないであろう〉

④この本をどう読むべきか

「ザ・ニュース・ペーパー」の皆さんと 「ザ・ニュース・ペーパー」の皆さんと

ウーン、凄いことを言う。こんなことは、とても考えつかなかった。

筆者は言う。この本で帝国日本の「めめしい」挿話を取り上げたのは単なる懐古趣味からではない。「めめしさ」を振り返ることで、歴史を織りなして行く苦悩と悦び、責任と栄誉を学びたいためだ、と。

その手掛かりの一つ一つが、講和条約反対の騒乱での声「第一番に捕虜になれ」だ。

これを要約すれば、やっと戦場から生還できた男の懸命で「めめしい」叫び「死ぬな、生きろ」になるだろう。

哲学シンポジウム。東大で(12/11) 哲学シンポジウム。東大で(12/11)
〈切腹に始まり切腹で終わった帝国日本77年の歴史。その間、時の権力者が己の名誉と権威のため、都合の良い情勢だけを公開し、そうでない部分を封印した所が幾つもある。その傾向は現在も続いているのではなかろうか。ともかく、かつての時代を振り返り、私たちが帝国日本の先人たちとどれだけ違っているのか検証しなくてはならない〉

まさに、血を吐くような叫びだ。驚きの本だ。衝撃が余りに強くて、しばらく立ち上がれなかった。

この本の帯にも大きく〈「めめしさ」を排除、帝国終焉へ〉と書かれている。

「めめしさ」は、実は〈日本〉そのものだった。それを忘れて、暴走、独走したのがあの戦争だ。そして、それは今も続いている。

この文の下には、こんな言葉も書かれている。

すぐそばには安田講堂が すぐそばには安田講堂が
〈「長い間、愛国運動をやってきたつもりだ。でも知らなかった。僕達の「愛し方」が間違っていたのか。「雄々しさ」だけを追い求め、「めめしさ」なんか忘れていた。でも昔はあったんだ。弱者へのいたわり、自分と自国への謙虚な反省。それがなかったら「愛」ではない。もっと早く教えてほしかった!〉

これも血を吐くような叫びだ。誰が書いてるんだろう、と思って見たら、何と私だった。いかんなー。忘れちゃ。

それほどに、我を忘れ、全てを忘れさすような衝撃的な本なんですよ。

【だいありー】

ハチ公と上野博士 ハチ公と上野博士
  1. 12月12日(月)午前中、原稿。
     午後1時から、河合塾コスモで現代文の合同授業。それに出る。
     今日は、「ホセ・ムヒカを読み解く」。ムヒカ元大統領の発言が載ったコピーが配られ、そこから、読み解く。質問があり、討論が闘わされ、活発な授業になった。
  2. 12月13日(火)午前中、原稿。
     午後、打ち合わせ。
     夕方から中国大使館の人と会う。高官二人だ。現在の日中問題、今後の展望について話し合う。
どちらが大切ですか? どちらが大切ですか?
  1. 12月14日(水)夕方まで家で仕事。
     6時、新宿で打ち合わせ、と思って行ったら、違っていた。手帳が汚くて、読めない。キチンと確認してから、記入しないといけない。
  2. 12月15日(木)午前中、原稿。
     午後、取材。
     夜6時、「志の輔らくご」を聞きに行く。EXシアター六本木。感動的だった。
      終わって、タクシーで高円寺へ。佐野和宏監督の還暦祝い。寺脇研さんと、二人でカウンターに入って、料理を作ってる。居酒屋を丸々借り切って、料理を作り、飲ませる。凄い会だ。
      蜷川みほさんとも会った。
寺脇さん。佐野監督 寺脇さん。佐野監督
  1. 12月16日(金)午前中、原稿。
     夕方5時、高田馬場「ミヤマ」会議室。白井聡さんと対談。
     白井さんは早大政経卒。出版社の社長。司会の人も政経。4人全員が政経だった。こんなこともあるのか。同窓会のようだ。
     対談が終わり、近くのレストランで食事。
  2. 12月17日(土)午前中、原稿。
      正午、ホテルサンルート。高間響さんと会う。来年春に「ツレがウヨになりまして」を韓国で上演する。そのことで、コメントを出す。
佐野監督と 佐野監督と

「来年は韓国に応援に行きます」と言いました。

午後7時、六本木で「平家物語」を聞く。千賀さん、あべあゆみさんが出ていた。とてもよかった。

  1. 12月18日(日)午前中、原稿。
     午後1時20分、下北沢に集合。それから会場の本屋B&Bに行く。幻の映画「愛の処刑」を見る。全く初めてだ。 果たして三島が原作を書いたのか。
     その映画上映後、伊藤文學さんとトーク。ただただ圧倒された。私は長年の疑問を聞く。伊藤さんは、この世界に詳しい。初めて聞く話ばかりで、とても勉強になった。
     5時に終わり、そのあと、飲む。
蜷川みほさんと
蜷川みほさんと
寺脇さんが寝てます
寺脇さんが寝てます
白井聡さんと。12/16
白井聡さんと。12/16

【写真説明】

清永隆『第一番に捕虜になれ』

①これが、その衝撃的な本です。タイトルからしてハッとします。清永孝『第一番に捕虜になれ=帝国日本と「めめしさ」』(青灯社)です。

第11回早雪忌の集い。12/10(土)

②12月10日(土)、正午から、「第11回早雪忌の集い」。同時に、「日学同結成50年。三島研究会創設45年」も。

鈴木。山浦氏。斎藤氏。宮崎氏

③鈴木。山浦嘉久氏。斎藤英俊氏。宮崎正弘氏。

初代日学同委員長・斎藤英俊氏

④初代日学同委員長、斎藤英俊氏。

宮崎正弘氏

⑤宮崎正弘氏。

挨拶する木村三浩氏

⑥挨拶する木村三浩氏(一水会代表)。

中西晢さんと

⑦中西晢さん。日学同出身の参議院議員です。

鈴木。木村氏。山浦氏

⑧鈴木。木村三浩氏。山浦嘉久氏。

鈴木。四宮氏。山平氏

⑨鈴木。四宮氏。山本之聞氏。

三浦重周氏。矢野潤氏

⑩三浦重周氏、矢野潤氏の遺影。

献花する鈴木

⑪私も献花しています。

三浦氏の好きだったお酒が

⑫三浦重周氏が好きだったお酒が。左二つは新潟のお酒(「越乃寒梅」と「雪中梅」)。右は福島の酒で「栄川」。

すみだ北斎美術館

⑬すみだ北斎美術館に行ってきました。とてもきれいです。

入口を入った所です

⑭入口を通って中に入ったところです。

「北斎通り」です

⑮錦糸町から美術館までは「北斎通り」と書かれてました。

スカイツリーが

⑯あっ、スカイツリーもきれいに見えます。

「ザ・ニュース・ペーパー」の皆さんと

⑰12月9日(金)。銀座博品館で「ザ・ニュース・ペーパー」を見ました。終わって、楽屋のとこでメンバーと会いました。

哲学シンポジウム。東大で(12/11)

⑱河合塾主催の「臨床哲学シンポジウム」(12月11日)。

すぐそばには安田講堂が

⑲すぐ向かい側でしたね。あの有名な安田講堂が…。

ハチ公と上野博士

⑳「ハチ公と上野博士の像」もありました。この上野先生をずっと待ってたんですね、渋谷でハチ公は。上野先生は亡くなり、駅を通って帰ることはなくなりました。でも、ハチ公はそれを知らずに、毎日、出迎えてたのです。そして、亡くなります。かわいそうです。上野先生は東大の先生です。そこで、ここで会わせてくれたんですね。ハチ公と上野先生を。「ここ」とは東大です。いや、天国ですかね。

どちらが大切ですか?

㉑駅で貼られてますね。「命とスマホ」どちらが大切ですか? 〈きまってるだろう、スマホだよ〉と考える人が多くて。

寺脇さん。佐野監督

㉒12月16日(木)。高円寺で「佐野監督の還暦を祝う忘年会」。寺脇研さん、佐野監督。

佐野監督と

㉓佐野監督と。

蜷川みほさんと

㉔蜷川みほさんと。「映画に一緒に出たい」と言ってました。

寺脇さんが寝てます

㉕寺脇さん。疲れたんでしょう。寝てます。

白井聡さんと。12/16

㉖白井聡さんと対談しました。12月16日(金)です。対談のあと、高田馬場のレストランで。

【お知らせ】

  1. 2017年1月14日(土)。三島由紀夫生誕祭。
    場所:東京・銀座タクト。18:00〜Open 18:30〜Start。
    会費:男性6000円。女性5500円。
    予約:電話03(3571)3939(銀座TACT)
    祝・『美しい星』映画化。生誕92年! 年に1度のお祝いパーティ。
    第1部 18:30〜 深読み座談会。〜予言小説!?『美しい星』をめぐって〜
        椎根和(『平凡パンチの三島由紀夫』著)
        鈴木邦男(『遺魂 三島由紀夫と野村秋介の軌跡』著)
        横山郁代(『三島由紀夫の来た夏』著)
    第2部 20:30〜 ジャズ&ポップスライブ
        横山郁代(vo)&志村孝雄(p)
  2. 1月19日(木)、一水会フォーラム。6時半、ホテルサンルート高田馬場。講師・浜田和幸さん。「トランプの実像」。濵田さんは前衆議院議員で、トランプさんに会っている数少ない日本人の一人です。貴重な話が聞けると思います。
  1. 「循環する読書会」名古屋会。
    日時:2017年2月5日(日)13:30〜16:30
    参加費:3,000円 終了後に懇親会があります(希望者のみ。参加費は別途)
    場所:ウィルあいち 名古屋市東区上竪杉町1番地
    http://www.will.pref.aichi.jp/will.html
    テーマ本:「これからどこへ向かうのか」
    問い合わせ・申し込み:atsuko.ushijima@gmail.com(牛嶋)
  2. 「循環する読書会」東京会。
    日時:2017年3月4日(土)14:00〜16:30(予定)
    会場:カフェ「ミヤマ」高田馬場駅前店。
    テーマ本:「これからどこへ向かうのか」
    問い合わせ・申し込み:jyunkandokusho@gmail.com