1月28日(土)、5時、渡辺真也君と会った。
彼は、ニューヨークで美術館のキュレーター(学芸員)をやっていて、そこを辞めてフリーになってから、展覧会やいろんなイベントを主催していた。
日本で反戦・反核のアート展をやった。
又、ニューヨークで、「憲法改正」についてのシンポジウムをやった。
憲法24条を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさん。アメリカの政治学者、憲法の映画を作った監督などに声をかけて、やったのだ。
日本で起きている〈憲法改正〉の運動を敢えて、ニューヨークでやる。世界に訴える。すごい企画だ。そこに私も呼ばれて行った。
この時、真也君、27才。普通なら、27才の青年にそんな壮大な計画を打ち明けられても、信用しないだろう。私だって、信用できなかった。
でも、やってのけたんだ。すごい27才だ。
今、トランプ大統領のもと、入国審査はやけに厳しい。
イラクに行き、反米集会に出た男(私だ)は、今なら、入国できないだろう。でも、あの時はできたのだ。私も心配したが…。
当時、ジャナ専(日本ジャーナリスト専門学校)の講師もしていた。
「来週アメリカに行くので授業休みます」と、学校側に言ったら、驚きながらも、真面目な顔でこう言う。「自爆テロ?」。
バカな。そんなことやるんなら、秘密裡にやりますよ。「憲法についてのシンポジウムに出るんです」と説明した。
そのシンポジウムは大成功だった。私も随分と勉強になった。
又、真也君は、ニューヨークを案内してくれる。
エンパイアステートビルに登った。高い。「ほう、これがキングコングが登ったタワーなのか」と感動した。
MoMA美術館や、いくつかの美術館も見た。入ったら、入り口に、デッカいヘリコプターが吊るされていた。オブジェなんだろう。
又、ホテルもアートだった。廊下や各人の部屋に、いろんな絵が掛けられている。ほう、アートの町、ニューヨークだな、と思った。
その後、真也君は、活動の拠点をドイツに移した。ドイツの大学で今は教えている。37才と若いのに。
年に1回か2回、日本に帰ってくる。前回は、自分で作った映画を持ってきて、日本で上映し、トークをした。全席ソールドアウトになった。
世界的アーティストの森村泰昌さんが来てトークしてくれたので、私はその日に行って、二人に会った。
真也君は、「ユーラシア」に視点を据えて、世界を見る。
今の日本人は、〈日本〉という国家しか見ていない。アジアという拡がりもない。ましてや、「ユーラシア」という意識なんかない。
持ってるのは真也君だけだ。規模の大きな話だ。
そして今年は1月28日(日)に日本に来たのだ。
今年は、真也君の友人たちを集めて、パーティを開いた。
織部さん、という人がいる。世界的に有名な建築家で、大きなホテルを作っている。
前に真也君が来た時は三軒茶屋にある織部さんのマンションでパーティをやった。又、「織部氏のマンション」でやるという。
ところが場所は品川だ。駅を降りてすぐのタワーマンションだ。かなり広い部屋を借りて、引っ越したようだ。
これじゃ、月に30万とか40万とかするんじゃないのかな。そう思って聞いたら、買い取りだという。じゃ、一生、ローンがあるんだ。
「いえ、一時金で大体は払いました」。ヒャー、稼ぎのある建築家は違う。
「私も出席しますよ」とメールで真也君に返事をしたら、「鈴木さんにぜひ会いたいという人がいるので紹介します」と言う。
ヘエー、誰だろう。昔、学生運動をやった人かな。真也君の嫁さんかな?と考えてみたが分からない。
マンションに着いたら、そんなことは忘れて、酔っちゃった。
真也君の友人の輪は広い。大体がアーティストだ。
画家。美術館で勤めている人。ベリーダンスのダンサー。大学の先生。テレビ局の人。以前、ニューヨークで真也君と一緒に仕事をしたという人もいる。
右とか左とか市民運動といった「運動家」はいない。これはいい。
皆、自分の力で仕事をし、自分の力で、この地球を動かしている。
そんな人たちと酒を飲み、鍋をつついていた。その時だった。
真也君が呼ぶ。「鈴木さんに会いたいと言ってた人が来ましたよ」。
ほう、どんな人かな。と思って振り向いたら、何と。演出家の宮本亜門さんだった。
「初めまして。鈴木さんにはずっと、会いたいと思ってたんですよ」と握手する。
エッ?こちらこそ会いたいと思っていたんだ。世界で活躍する演出家だ。知らない人はいない。
私は去年の3月には三島由紀夫作で宮本亜門さん演出の「ライ王のテラス」を赤坂で観た。やっとチケットを取れて観た。感動した。
宮本さんは三島が好きで、その作品に取り組んでいる。
又、愛国心の問題もずっと考えてきた。ただ、愛国心は恐そうだし、よく分からないと言う。「鈴木さんの本を読んで、これだ!と思ったんです」と言う。ありがたい。
坂本龍一さんとの対談本も読んだという。「自分の体験を正直に書いているし、それで愛国心について考えている。とても勇気があると思います」と亜門さん。
いやー、そんな大したもんじゃないですよ。小さな世界で、小さな動きをしてきただけだ。亜門さんは世界を相手にして、世界で闘っている。すごいですよ。と言った。
それにしても、宮本亜門さんが来るとは思わなかった。
それに、亜門さんの秘書の人も来たが、この人も理論家だ。
三島や愛国心について、滔々と語る。すごい人たちだ。と思った。
しかし、真也君もすごいな。ベアテさんとシンポジウムをやり、森村泰昌さんとトークをし、そして宮本亜門さんを紹介してくれる。皆、世界的に活躍してる人ばかりだ。
この日は、興奮して、私も随分と喋り続けた。
又、美術家や他の人たちとも話をした。イギリスの大学の先生にも質問されて、いろいろと話をした。一家で来ているアーティストもいる。
すごいネットワークですよ。真也君は。
真也君と初めて会ったのは12年前だ。彼が25才の時だ。東京芸大の茂木健一郎さんの研究室で会った。
「あの時も鍋パーティでしたね」と真也君。そうだね、大学の研究室で鍋パーティなんて、いいのかな。でも芸大だから、いいのかな。
あの時も、作家や、アーティストに紹介された。茂木健一郎さんとも又、会いたいですね。という話をした。
この日は、品川の高層マンションで40人ほどが集まって、話し、飲み、食べた。
アーティストばかりだから、話は高尚だ。右翼や左翼のように、「どこに突っ込むか」とか、「誰をやっつけるか」といった話はしない。いいですね。これは嬉しい。
終電車になるまで、皆で話し合いました。とても、文化的で、心が豊かになる夜でした。
ともかく、真也君の話は世界を駆け巡る。壮大だ。次には何をやるのか。
それに比べ、日本の政治や運動は閉鎖的だ。ヘイトスピーチばかりが言われている。日本よりアジア、そしてユーラシア人。という大きな意識が必要なんだろう。
この次の日、1月29日(日)、埼玉県の蕨(わらび)神社に行って来た。
個人の出自は差別になるから言えない。でも「出身県」を取り上げて、からかう番組は多い。
「この県にはこんな習慣がある!」「おかしいよ」とか。
特に東京に県境を接している県だ。埼玉県、千葉県、神奈川県などだ。東京から近いのに、まだまだ田舎だ。そう言われる。
特に埼玉だ。「ダ埼玉」と言われる。池袋は、埼玉人が多いからダサイのだと言われる。「埼玉県人には草を食わせておけばいい」なんて酷い本もあった。埼玉は、草深いところが昔は多かったのだろう。
なんせ「蕨(わらび)」なんて名前の市もある。昔は、わらびしか生えてなかったのだろう。
ところが先日、テレビを見ていたら、「わらび神社」があるという。
ゲッ!ご祭神は「わらび」かな。そこに住む人は皆、わらびの生まれ変わりか。そんなことはないか。
でも、一体、この神社は何だろう。
そう思って、単なる好奇心だけで蕨市に行った。
でも「蕨神社」はない。町を歩き回ったが、ない。
そうしたら、「和樂備神社」というスマートな名前の神社があった。
あっ、これか。表記を変えてるんだ。「蕨神社」では、まるでご祭神が植物の「蕨」のように思われる。「ワーイ! わらびの生まれ変わり!」と学校で冷やかされる。これじゃ、子供がかわいそうだ。だから変えたのだろう。
そして、県や神社の書かれた看板や資料を丹念に読んでみた。
そして分かったことがある。
元々は、この蕨市は、室町時代に足利将軍の武将・渋川さんが治めていた。
多分その頃に「あっ、あのわらびが群生してるとこか」と言われてたんだろう。それで、皆から「わらび」と呼ばれてた、その隣りに神社を造った。
八幡神社だ。武の神様だ。当然、「わらび神社」だ。植物の蕨(わらび)の文字を使っている。
でも、近世になると、この植物の名前が恥ずかしくなる。コンプレックスを持つ。
それで表記を変えた。今では「和樂備神社」となっている。
渋川の殿様の城は、この神社の隣りにあった。でも今はない。「蕨城跡」という看板があって、そこは公園になっている。
先週、小泉八雲の「転生」の話をした。
普通、転生(生まれ変わり)と言えば、生物から生物だ。その人間がかつては武将だったり、商人だったりと。
中には動物もある。前世は犬だったとか、虎だったとか。
ちょっと前、「前世占い」が大いに流行った時、学校の生徒が、行ってきた。
でも、高い見料のとこと、安いとこでは、全然違うらしい。
何万円と出すと、「戦国時代の武将です」と言ってくれたりする。
でも2千円くらいの安いとこだと、かなりいい加減だ。見てもらったら、「前世はホウレン草だと言われました」という人がいた。かわいそうに。
でも、他人を殺さないし、平和的に生きていたんだ。いいかもしれない。
じゃ、「蕨(わらび)」も、「前世はわらびで平和的に生きていました」なんて、誇れることかもしれない。それで世界遺産にしたらいい。
そうだ。私も「前世占い」をしてもらったことがある。
こんなことは信じてなかったが、「幸福の科学」に入信した景山民夫さん(作家)が、「鈴木さんの前世を占ってみますよ」と言う。いいですよ。恐いから、と固辞していた。
でも、ある時、ズバリと言われた。「鈴木さん、分かりましたよ。北条時宗でしたよ!」と言う。
エッ!そんな有名な人なのか。蒙古の使者の首を斬り、屈服することを拒否した人だ。ホウレン草でなくてよかった。
それまで「前世占い」などバカにしてたのに、その一言で、一瞬にして「信じた」。そうか。私の中には北条時宗がいるのか。
でも、記憶が全くない。蒙古の使者の首を斬った記憶がない。蒙古の大軍を迎え撃って、戦った記憶がない。どうやったら思い出せるのだろうか。
試写会は満員だった。青木理さん、北村さん(週刊金曜日)などに会う。「すごい映画でしたね」と皆で話し合いました。
このあと、「ザ・ミュージアム」で「マジメッコ展」を見る。人の名前かと思ったら違う。フィンランドのデザイン、フェイスブック、ライフスタイルだ。ムーミンを生んだ国だ。
色もデザインも、とてもきれいだし、奇抜なものが多い。
5時、「読書ゼミ」。今日はこの本を読んだ。石黒敬章の『昭和8年=戦争への足音=』(角川書店)。写真も多いし、いい本です。
日本だけでなく、ドイツ、アメリカでの昭和8年(1933)を紹介し、「世界で何が起きていたのか」を書きます。そして、それが戦争につながります。決して、昔の話ではありません。この人、石黒敬七さんの息子さんなんですね。
夜、園子温監督の映画「アンチポルノ」を見ました。
6時、水道橋。イルカの運動をやっている坂野正人さんの写真展を見に行きました。久しぶりに会いました。
坂野さんは、イルカウォッチングに誘ってくれ、そのあと、イルカと一緒に泳ぐツアーにも連れて行ってくれました。
今回は、又、別の写真展でした。「清水きよし舞台写真展」です。パントマイムの道を歩みだして50年。「幻の蝶」などを撮り続けてきた坂野さんの写真展。清水さんと坂野さんのトークもありました。
清水さんに紹介されたら、「鈴木さんに会いたかったんです」と言われました。ギターの辻幹太さんとも会いました。感動しました。
⑩「蕨神社」で探して歩いたのですが、ありません。表記が変わってます。「和樂備神社」になりました。いいのかなー、勝手に変えて。「蕨神社」では、「ご祭神が蕨なの?」「埼玉県人は蕨が主食なの?」と、全国民にバカにされる。「ケンミンショー」で冷やかされる。そんな心配があって、表記を変えたんでしょう。
⑪室町時代。足利将軍の武将・渋川氏がここに城を造り、隣りに神社を造りました。蕨城であり、蕨神社です。この神社は武の神様・八幡大神を御主神とする神社です。でも、この当時は、田舎だし、本当に植物の蕨が群生していたのでしょう。「あっ、あの蕨の生えてる所か」と言われたんでしょうね。
⑯不思議なんですが、公園の中にはこんな銅像が建ってました。「成年式発祥の地」。ここで、初めて「成年式」が行われたのでしょうか。謎です。それとも前世は蕨で今世は人間に転生した人の記念でしょうか。だったら、小泉八雲も書いたでしょうに。
⑰町をかなり歩いて、謎を探りました。こんな看板がありました。「呼吸する家」。「医師もすすめる健康住宅」です。建築会社の広告なので納得。私にはもっとスピリチュアルな主張に思えました。蕨は生きている。転生した人間も生きている。そして、住宅だって呼吸し、生きているのです。
⑲ここは、自転車にはとても優しいんです。自転車専用レーンがあります。これはいい。東京では、歩道を自転車が全速力で疾走し、それで事故が多いんです。でも、こうしていると大丈夫です。全国でもこの「蕨ロード」を見習うべきですよ。そして蕨では、自転車の「駐輪場」が沢山あり、料金もとても安いのです。「最初の2時間無料」「その後の12時間は100円です」。すごく安いです。自転車が移動の主たる手段だからなのでしょう。いいことです。ここは、「わらびと自転車の町」です。
㉑井川楊枝さんの『ベースメント』(TO文庫)です。映画の原作です。楊枝(ようじ)さんて、変わった名前ですね。マッカーサーは、昔の彼女に、「外では将軍だけど、ベットの上では一兵卒だった」と言われたそうです。井川さんも、昔の彼女に、「あら、楊枝みたいね」と言われたんでしょうか。
でも、違うんです。楊枝で社会のすみずみまでつつくように、取材し、原稿を書くからだそうです。偉いですね。『ベースメント』もそんな作品です。