4月21日(金)、12時30分羽田発の大韓航空機でソウルに行く。
3時半、ソウルの金浦空港に着く。ソウルは2年半ぶりだ。去年春の5月にソウル大学に呼ばれて講演した。それ以来だ。
高間響氏の劇団「笑の内閣」がソウル公演をやる。これは私も大いに勧めたことなので、見に行く。
明日(22日)は高間氏とトークをやるそうだ。椎野礼仁さん(編集者)も一緒に行く。
個人教授をしてもらい韓国語を習ったというから韓国語はペラペラだ。助かる。飛行機の手配もホテルの手配も彼がやってくれた。
それと、1日遅れて、22日(土)に寅次郎君が駆けつけることになっている。
その礼仁さんが言う。「明日のトークですが、朴裕河(パク・ユハ)さんも出るらしいですよ。高間、鈴木と3人で芝居のあと、トークするらしいです」。エッ、知らなかった。
「ところで、パクさんて誰? 元大統領?」。「違いますよ。知らないんですか。『帝国の慰安婦』(朝日新聞出版)を書いて、韓国で大騒ぎになってる人ですよ」。
あっ、知ってる。韓国の学者が「強制連行を否定した」と新聞に出てた。けしからんと、韓国ではバッシングされてるらしい。
「その人が来てくれるの?」「まだ交渉中で、トークが出来るかどうか分からないけど、とにかく、芝居を観に来るそうです。だから、読んでおいてください」と。『帝国の慰安婦』を渡された。
ズシリと重い。325ページもある。「読んでおいてください」と言われても、今日、明日しかない。じゃ、飛行機の中で読むしかない。覚悟を決めて読み始めた。
空港で、飛行機の中で、地下鉄の中で、ホテルで…と。ひたすら読んで、翌日22日(土)の昼までには読み終えた。実に感動的な本だった。
韓国の学者が「日本軍の強制連行を否定した」と(保守派寄り)マスコミには大きく取り上げられている。
しかし、これは、日本国、日本軍を「免責」「免罪」する本ではない。しっかりとその責任を問い、批判している。
ただ、同時に、現地の、慰安婦を集める時の、朝鮮の業者が直接関わっている。その責任は大きいと言っている。
慰安婦の中には、「日本軍よりも朝鮮人の業者が憎い」と言う人もいる。
又、朝鮮は日本の植民地だった。「同じ日本人」という意識を持たされ、〈愛国心〉に燃えて仕事をした人もいた。
又しても愛国心か。愛国心は、いつも罪深い。
さらに、慰安婦、それに慰安婦の闘いを支援する人。韓国の今のマスコミ、日本のマスコミ、保守派の人々、左翼の人々…と、いろんな「立場」がある。いろんな「主張」がある。その人々の過去の「記憶」もまちまちだ。
だからこの本のサブタイトルは、こうだ。「植民地支配と記憶の闘い」。
2014年11月30日に「日本版」第一刷が出ている。大きな話題になり、2017年2月2日には、もう第10刷が発行されている。
表紙の帯にはこう書かれている。
〈渾身の日本版。対立する「記憶」の矛盾を突き、「帝国」と植民地の視点で見直す。性奴隷vs売春婦。もはやこの議論は無意味か〉
そして、本文の文章が引用されている。ここで〈愛国〉が出てくるのだ。慰安婦議論の中では、新しい分析、視点だろう。
少し長いが、引いてみよう。
〈朝鮮人慰安婦たちの役割は、基本的には日本帝国を支える〈愛国〉の意味を持っていた。もちろん、それは男性と国家による女性搾取を隠蔽するレトリックに過ぎない。しかし、そのことを看過したまま日本軍のみを慰安婦の加害者として、特殊化したことは、運動に致命的な矛盾をもたらした。なぜなら、本来フェミニズムとポスト・コロニアリズムに基づく「国家」批判だったはずの運動を、批判対象を「日本」という固有名詞に限定したことで、慰安婦問題を〈男性と国家と帝国〉の普遍的な問題として扱うことを不可能にしたからである。韓国やアメリカをはじめとする日本以外の国も、この問題で無罪ではあり得ないことに、長らく気づかせなかったのもその結果であろう〉
さらにこの本を読破し、なるほど、その通りだ、と思いましたね。
それと、最初の方に、日本のある著者のことを書いている。パクさんが、この問題を考える時に、大きな示唆を与えられた人だ。
こう書いている。
〈「慰安婦」とは一体、誰のことだろうか。韓国にとって慰安婦とはまずは〈日本軍に強制連行された朝鮮人の無垢な少女たち〉である。しかし、慰安婦に対する謝罪と補償をめぐる問題ーいわゆる「慰安婦問題」をなかったものとする否定論者たちは、〈慰安婦とは自分から軍について歩いた、ただの売春婦〉と考えている。そしてこの二十余年間、日韓の人々はその両方の記憶をめぐって激しく対立してきた〉
この二つの立場、記憶の間で、一般の人々も揺れている。どっちを信じていいのかと。パクさんも悩んでいた。
その時、一冊の本に出会う。
〈その慰安婦の存在を世に広く知らしめたのは、日本人だった。それは、1973年、『従軍慰安婦“声なき女”八万人の告発』という本を出したジャーナリスト千田夏光である。それ以前にも小説や手紙などに慰安婦たちは登場しているが、一冊の本を使って彼女たちをクローズアップしたのは、この本がおそらく初めてであろう〉
この本については、何度も何度も引用されている。
そうか。千田夏光さんの本との出会いから始まったのか。だったら、この本は信用できると思った。
実は、私はこの千田夏光(せんだ・かこう)さんに何度も会っている。その時のことは『夕刻のコペルニクス』にも書いた。そのところはパクさんにも送ってあげよう。
千田さんは、日本で初めて「従軍慰安婦」という言葉を使った人だ。
もう亡くなってしまった。生きていたら、保守派やネトウヨたちから総攻撃を受けていただろう。
私は、かなり前に会った。初めは、「従軍慰安婦」という言葉を作り、日本を罵倒している。許せないと思い抗議のために会ったのだ。
しかし、千田さんは、いささかも動じない。声を荒げることもない。静かに言う。
「鈴木さんの気持ちも分かります。しかし、〈従軍〉は事実です。そんな存在は認めたくない、ついてくるな!と思ったら軍が追い払えばいいんです。力があるんだから。
でも軍は認めていた。軍が移動するときも、船や列車に乗せている。守っている。兵隊の中には、恋愛感情を持ち、後に結婚した人もいるんです。
勿論、女性を集めるのは主に朝鮮人の業者でした。でもそれを黙認し、保護したのは軍ですよ。だから〈従軍〉と言われても仕方ないです。
それに慰安婦は、日本人が多かった。でも、その人たちは、名乗り出ないでしょう。いくら強制連行され、国家、軍の犠牲になったといっても、多分、子供や孫や、家族が、やめてくれと言うからですよ。
でも韓国では、それでも名乗り出てる。それは同情すべきだし、真実ですよ。
それに、実は日露戦争までは日本に慰安婦はいなかったんです。虐殺もありませんでした。
日本は〈遅れた国〉だから、世界の国々に追いつかなくてはならない。「野蛮な国だ」と思われたくない。そういう「背伸び」をしたんです。それはいいことでした。
ところが日露戦争に勝って、日本は急に「傲慢」になった。俺たちは一等国だ。世界の眼を気にすることはない。そう思ったんです。
そして、占領した国の女性を慰安婦にする。抵抗する人民を殺す。虐殺、虐待する。そんなことが生まれたんです。
それと徴兵ですね。それまでは、兵隊になるのは、武士と武士の子孫だけでした。それだけのプライドもあった。それが徴兵で崩れた。
いろんなことが重なって、慰安婦、虐殺が生まれたんです。
…と千田さんは言う。諄々と説く。
千田さんは、かなり質素で、家の近くの喫茶店に行って、一日中、そこで原稿を書いていた。偉い人だった。
書くもの以前に、その生活態度で私は、尊敬してしまいましたね。
そうだ。『帝国の慰安婦』を書いたパクさんと対談したら、その話から入ろう。かなり、生産的な話が出来るだろうと思った。
あっ、いけない。ソウルに行ったのは、高間響さんの芝居の応援で行ったんだ。それなのに、パクさんの話と慰安婦のことを長々と書いちゃった。芝居のことは、来週でも詳しく書こう。
その前に、雰囲気だけでも紹介しておこう。
今まで「笑の内閣」の公演は随分と見た。しかし、その中でも、今回はトップだった。同じ「ツレがウヨになりまして」だって、3回以上見ている。
でも、このソウル公演がダントツにいい! 役者の目の輝きが違う。意気込みが違う。
あとで役者の一人が言っていたが、「これは世界各地でやれる」。アメリカ版を作ってニューヨークでやってほしい。フランス版を作って、パリで公演をしてほしい。ナショナリズムと「愛国心」に呪縛されている世界中の国々に、それを見てもらいたい。こんなストーリーだった。
同棲していた恋人(男)がある日、突然、ウヨクになる。近くのスーパーで韓流スターを呼ぶという。
それを聞きつけて、「国賊だ!」「反日だ!」と抗議する。「やめろ!」と怒鳴る。
彼女は心配し、ウヨなんてやめてほしいと泣いて訴える。
しかし、ウヨをやめる気はない。「女の替わりはいるが、国の替わりはない」と言う。女は去る。同じ団体のリーダーにも見放される。
自暴自棄になった男は、スーパーに抗議に行き、屋上に駆け上がる。そこで自決するのだ。
バカな国民の前で自決し、国民の反省を求める!と。まるで三島由紀夫になるんだよ。
そして、この後、どうなるのか。人は「恋愛」で生きられるのか。「愛国心」で救われるのか。大きなテーマを含んで、芝居は進む。
日本で初めてこれを見た時、面白いと思った。「これはソウルでやるべきだ!」と私は言った。
ソウル大学の人や、マスコミなどにも、問い合わせた。
しかし、うまく行かない。高間氏も必死で、画策した。クラウドファウンディングで資金を集め、さらにソウル公演をしてくれそうなところにも、ネットで打診した。
そして、それが見つかり、4月21日(金)、22日(土)の2日間、3公演が決まった。
3公演とも超満員で、うしろのスクリーンにはハングルが書かれている。役者は日本語で喋るが、こっちの言葉で翻訳されるのだ。
それを読んでから、皆が笑うのかと思ったら、それ以前に役者のセリフで笑う人が多い。日本語が分かる人が多い。爆笑の渦だった。
そして、会場が割れんばかりの拍手だった。
僕も客席で見ていて、感動した。今までとまったく違う。
「ここが合ってるんじゃないか。じゃ、ソウルに拠点を移して、ずっと、ここで公演をやれよ!」と私は言いました。
ソウルの人は皆、温かい。そして、熱心に質問をしていた。
私の隣りは寅次郎君。その隣りは椎野礼仁さん。そして若い女性。たまたま隣りになっただけなのに、礼仁さんは熱心に話しかけている。
「私たちは日本から来たんですよ。隣りの人は区役所の職員。その隣りの人は鈴木邦男さんと言って、右翼です…」と説明している。
その時、この少女。「あっ、私、鈴木邦男さん知ってます! 本を読みました!それで、この公演も見に来たんです!」。驚いて急遽、私に紹介してくれる。
「それはありがとうございます。でも、日本語で書いた本を読んだんですか? 大変でしたね」と言ったら、「鈴木さんがハングルで書いた本を読みました」。
エッ? 私がハングルで書いてたの。読めないのに書けるかよ!と思ったら、去年の5月、ソウル大学で講演した。その講演が本になっているんだ。「ヘイトスピーチに反対する」という題だった。
それと、猪野健次さんの「右翼」についての本だった。
その解説を私が書いている。その本も、ハングルで出てるという。私の「解説」もついでに出ている。つまり、2冊の本がハングルで出てるわけだ。
日本から「笑の内閣」ファンもまとまって来ていた。ちょっと年配の人もいる。「疲れたでしょう。大変でしたね」と言ったら、高間響さんのお母さんだった。
寅次郎君が礼を言ったら、「この芝居に10万円も出してくれたそうでありがとうございます。私なんて5万円しか出してないのに」。
ヘェ〜、お母さんも出しているのか。私なんて、たった2万円だ。恥ずかしい。
そこへ高間響さんも来た。「あっ! お母さんは音楽教師だっけ?」「そうです。よく覚えてますね」。「忘れてないよ。高間響(たかま・ひびき)というのは本名だ。音楽教師だから、「響(ひびき)」にしたのだ。社会に出てからも、多くの人に美しく響く仕事をしてくれっていうことだろう。
あっ、日本には青木理さんというライターがいる。イケメンで人気がある。世の中の「理(ことわり)」を見つけ、守る。立派な人になれよと父母がつけたのだろう。
そう思って聞いたら、「父親が理科の教師だったから」と言う。なんだ。それで青木理かよ。
そこで再び高間響氏の「笑の内閣」だ。
この日は、大成功で、皆、興奮して、眠れないだろう。又、日本で会いましょう。
私たち3人は前日は、ソウルタワーを見て、市内を観光した。22日(土)は、安重根記念館。それに青瓦台。そして、慰安婦問題で騒がれている「少女像」を見て来ました。ともかく、ソウルの話は来週ですね。
それにしても行く前は少し不安だった。北は怖い。アメリカも「正恩」殺害計画を考えているようだ。怖い。韓国は、ピリピリしてるだろうと思った。
日本のいくつかの高校では、ソウルに修学旅行に行く予定だったが、「ソウル行き」を中止したという。まるで、「戒厳令」下の時代みたいだな、そう思って、行った。
ところが、全く違うのだ。戒厳令ではない。軍人、警察官も目立たない。公園や街角では若い男女が抱き合っている。そして、接吻している。
「いいのかよ、この非常時に!」と思ったが、そんな危険な情況だとは思わないのだろう。「いつものことですよ」と韓国の人たちは落ち着いている。
テレビを見ても、騒いでない。日本のテレビだけだ。騒いでいるのは。
明日には戦争が起きる。北は戦争をする。アメリカは北を攻めようとしている。
そして評論家を大動員して大騒ぎしている。だから韓国の人たちは、日本のテレビを見ている。日本だけが騒いでいるからだ。何か変な感じがした。
そんな中で、「ツレがウヨになりまして」は大評判を呼び、連日、超満員だった。
又、私の本を読んで、さらに、ネットを見て、この芝居のことを知った、という人も多かった。
でも、私の日本語の本ではない、ハングルで書いた本だ。
ソウルでの行動については、来週、続けて話そう。
とてもよかったし、勉強になりました。
終わって、懇親会にも出ました。私は東京でやった「国際シンポジウム」には参加しました。そして井上さんがドナルド・キーンさんを紹介してくれました。井上さんは著書も多いし、私も井上さんにはいつも教えてもらってます。本当にお世話になってます。
⑭従軍慰安婦の「少女像」です。右隣りには警察官が立ってます。左隣りには支援者のテントがありました。でも静かです。「日本大使館の前に建てられた」といいますが、日本大使館は今は移転して、はるか向こうにあります。
⑰この教会から、向こうに高い山があります。その山の頂上に何と、「ソウルタワー」が建ってるのです。日本では絶対に許可されないでしょう。でも韓国は地震もないし、火山もないので出来るのです。山の頂上まではゴンドラで行きました。夜の11時まで登れます。いいですね。
⑲4月23日(日)の夕方、日本に帰るために、金浦空港に行きました。エスカレーターに乗ったら、若く美しい人がじっと、こちらを見ている。手を振っている。後ろの方に誰か知り合いがいるのかと思い、振り返ったが、誰もいない。「鈴木さんに手を振ってますよ!」と礼仁さん。
えっ、知らないよ。エスカレーターが下に着いたら、駆け寄って来た。「鈴木さん! 藤波心です!」。驚いた。タレントの心ちゃんだった。中学、高校生の頃から、タレントとして歌をうたい、反原発の集会にも出ていた。その後、活動を中止している。
大学生になったとは聞いてたが。大きくなって、ますます美しくなっていた。「韓国の女優さんかと思った」。礼仁さん、寅ちゃんにも紹介した。2人ともビックリしていた。「ソウルで心ちゃんに会えるとは…。ソウルに来た甲斐がありました」。空港内の喫茶店で積もる話をしました。
㉑ソウルに行く2日前、4月19日に「海道東征」コンサートに行きました。すごい人でした。皇紀2600年の奉祝曲として作られた壮大な曲です。それが今、甦って、聴けるのです。翌日の産経新聞に大きく載ってました。産経が主催しました。神武天皇の東征という神話を作曲したもので、実に感動的でした。
㉓このコンサートを主催した産経新聞社社長の熊坂隆光さんと。司馬遼太郎の「菜の花忌」。それに楠正成のシンポジウム。そして、「海道東征」と。大きなイベントを三つもやってます。「産経はすごいですね。とっても勉強になりました」と言ったら、「産経はやりますよ。右から左まで、歴史を残すことに力を入れてます」と言う。
「右から左まで」は、いいですね。じゃ、全共闘、赤軍派、連合赤軍の記録も残してほしいですね。