8月5日(土)、和歌山に行ってきた。前から「行かなくては」と思ってたところだ。
和歌山カレー事件の〈現場〉になった例の公園。それに今獄中にいる林眞須美さんの自宅跡。そして、近所の様子などを実際に見てみようと思ったのだ。やっと実現した。
実は、和歌山は初めてではない。「カレー事件」の集会でも10年ほど前に来てるし、そのあとも裁判所への抗議で来ている。
ただ、その時は、集会に出てすぐに帰った。町は見ていない。林さんの家も、公園も見ていない。
あれから10年ほどになるが、どう変わったのか。それを見てみたかった。
支援する人たちが、この日、「現地ツアー」をやるというので、東京からやって来たのだ。
元兵庫県警の飛松五男さんにも連絡し、来てもらった。
又、和歌山にいる下中さんにも声をかけた。
寅次郎君も、「じゃ、行きます」と行ってくれた。
朝は早い。朝8時15分発の新幹線に乗る。前の日は、あべあゆみさんの芝居を観て、高木氏らと飲む。そのあと家でずっと仕事をしてたので、あまり寝てない。
10時46分新大阪に着く。電車で大阪駅に行き、そこから和歌山行きの列車に乗る。
終点は和歌山だ。その二つ手前の「六十谷(むそた)」で降りる。ここが集合場所だ。
12時半頃に着いた。集合時間は1時だが、すでに、お仲間7人が集まってた。
「おーい!」と大声を出してる人がいる。
あっ、寅ちゃんだ。新宿からバスで10時間かかって和歌山に着いたという。
今朝8時頃に着いて、ずっと本を読んでたようだ。大変だ。若いから出来るのだろう。
10時間もバスに乗るなんて大変だ。それに夜中だから、皆、寝ている。一人だけ灯りをつけて本を読むわけにはいかない。全部消灯されてしまう。
よくそれで、我慢出来たもんだ。私ならとても耐えられないよ。
大阪から和歌山に来る列車の中では、飛松さんも乗ってきた。下中さんも乗ってきた。それで元気になった。
小さな駅なので、周りに喫茶店もないし、食堂もない。コンビニもない。
大体、駅の待合室にはクーラーもない。暑い。
ただ、自動販売機だけは、やけに大きいのがいくつもある。ホットドッグやおにぎりの温かいのが出るようで、飛松さんがおにぎりを出してくれた。温かいし、おいしかった。
そのうち、どんどん人が集まってくる。待合室は、我々だけだ。
午後1時になったので出発する。「近いから歩きましょう」と言う。
でも、私と飛松さんなど、年配の人は車に乗せてくれた。地元の人が車で来てたのだ。
道路は大きくてきれいだが、あまり人が歩いていない。でも、のどかないい町だ。あのカレー事件があったとは思えない。
昔は、何か集まりがあると、カレーをよく作っていた。しかし、今は作らない。又、カレーの店もない。やはりタブーなんだろうと思った。
そのうち川のそばの家が建ってるとこに行く。家がびっちり建ってるところに、一カ所だけ、空き地になってるとこがある。草がぼうぼうと生えている。
「ここです!」「ここが林眞須美さんの家があったところです」と言う。
私らがカレー事件の映像を見ることがあるが、必ず眞須美さんがホースでマスコミの人たちに水をかけている。ひどい女だ。と思わせる映像だ。
しかし、逮捕され、家は無人になった。そして何と、誰かに放火され、全焼した。
でも警察はロクに調べもしない。「悪い奴の家だから、どうでもいい」と思ったわけじゃないだろうが、あまり捜査もしてない感じだ。
そして、この「元・眞須美さんの家」は、草ぼうぼうの空き地になっている。
しばらくそこにいた。飛松さんがいろいろと、解説してくれる。地元の人も話をしてくれる。
ここの家でカレーを作って公園に持って行ったのか。と思ったら、違う。
地元の人が持ち回りでカレーを作った。林宅のすぐそばの家のとこで作った。眞須美さんもいた。それを向かいの家の女性が目撃した。そして、「カレー鍋のそばにいた。彼女が犯人だろう」と証言した。
でも、この家の前には大きな木があって、よく見えない。
かなり不自然な「目撃」証言だ。
大体、「目撃証言」というのはあまり当てにならない。
大体、警察の誘導で証言させられるから、警察に都合のいいことしか言わない。いや、そう言わされる。
「そんなはずはない。こうだったでしょう」と警察に言われると、簡単に変えてしまう。
これは私も体験がある。昔、街宣をやっていて、機動隊に弾圧され、暴行された。そのことを訴えた裁判だった。
私も証人として呼ばれた。警察に暴行されたんだ。それを詳しく証言してやろう、と勇んで行った。
ところが、そんなことは聞かない。街宣車の中のことばかり聞く。
他の団体の車なので、よく覚えてない。どこにアンプがあったかとか、どこに何を置いてたとか。「多分、前の席にあったと思う」と証言した。
裁判が終わって仲間に批判された。「お前の証言が曖昧だから、あんな結果になった!」と。私の証言は、かなり違っていたらしい。
仕方ないだろう。警察との闘いに必死だったんだから。と思ったが、検事側は私の「証言」を鬼の首でも取ったように大きく取り上げ、反論した。
〈このように自分の車の中のどこにアンプがあったかも分からない男の記憶は当てにならない。だから、警察に暴行されたというのも信用できない〉
と言ったのだ。ゲッ! まずい!と思ったが、手遅れだ。私のせいで裁判は負けた。申し訳ない。
そんなことがあったから、目撃証言なんて、当てにならないと思っていた。
〈和歌山カレー事件〉だってそうだろう。ともかく〈物証〉がないのだ。
「この家の玄関先でカレーを作りました」「この家の2階にいた人が目撃したと言うのです」と地元の人が説明してくれる。
我々は、パチパチと写真を撮って、聞いている。
静かな住宅街だ。突然、15人以上の人たちがやって来て、大声で喋り、写真を撮っている。「不審者だ!」と思われても仕方ない。
特に、「目撃した」という人の家では、不安だ。
そのうち、サイレンを鳴らしてパトカーが来た。誰かが110番通報をしたのだ。
パトカーから警官が2人降りてくる。これはいい。何せ、私の隣には飛松さんがいる。心強い。
だから私が応対した。「この人は元兵庫県警の飛松さんですよ」と。
「あっ! 先輩ですか」「よくテレビで見てます」と敬礼し、恐縮している。
飛松さんが声をかけて、「あんたらも大変やね。110番通報が入ると、行ってみなくっちゃならんし」と、いたわってやってる。そして、いろいろと聞く。
大したものだ。飛松さんがいなかったら、私らは「ただの不審者」だ。ケンカになって、逮捕されたかもしれない。飛松さんがいてくれて助かった。
「まあ、近所に迷惑にならんように静かにやりますから」と言って、警察官には帰ってもらった。
この近くに公園があった。そこでカレーを出したのだ。
でも公園はない。「ここが公園だったんです」と地元の人が話してる。
普通の民家の庭だが、今は、家が建ち、公園はない。小さな空間があって、ブランコがあった。そこだけが公園だったことを示している。
この辺一帯の人々は、皆、戸を閉め、窓を閉めて、一切出てこない。顔も見せない。
20年前の事件の時は、なおさらだろう。
その空き地にしばらく立ち尽くし考えていた。飛松さんや地元の人が解説してくれる。
奇妙なことに、ベンチがあって、小さな卓もある。そこに座って話をした。焼けた後に誰かが置いたようだ。
しかし、ホースで水をかけられたマスコミ陣は恨みに思っただろう。忘れてはいない。それをずっと根に持っていたようだ。
10年前にこの和歌山に来たが、その時は甲山事件の山田悦子さんが話をしていた。
園児を殺した容疑で捕まったが、裁判で無罪になった。その人の話はとても教訓になった。
いくら腹が立っても、マスコミを敵に回してはダメだという。
罪にするのもマスコミだが、罪を晴らしてくれるのもマスコミだ。なるほどと思った。
その時は三浦和義さんは亡くなっていたのか。三浦さんに声をかけられて、私はカレー事件に関わるようになった。この和歌山に来て、安田弁護士に言われたんだ。
「三浦さんは眞須美さん支援の会の会長をやっていた。三浦さんがいないのだから、次は鈴木さんがやるしかないでしょう」と。
それで急に私が「眞須美さん支援の会」の会長になったんだ。
そんな昔のことをいろいろと思い出していた。
それから、地元の支援者がやっている店に行って、「反省会」。
いろんな立場、考え方の人もいるが、各人の感想を言ってもらい、最後に飛松さんが総括を言う。
マスコミの人も来ていた。初めて「現場」を見て、駆けつけてくれた。
又、カレー事件は他の店同士の争いだとか、いろんな噂が流れた。そこの店も見てみた。
でも、眞須美さんが一番、怪しいとなった。あとは、それだけをマスコミは追う。
「一番怪しい」というよりも、ヒ素を使って、保険金詐欺をやったし、「一番犯人にしやすかった」のだろう。
カレー事件を考えるのは、我々のためでもあると思った。
我々だって、いつ「犯人」にされるか分からない。ロクな仕事がなくて、社会に恨みを持っている。復讐したいと思っている。だから、やったんではないか、と。
何かあったら、犯人にされるかもしれない。右翼、左翼、市民運動をやってる人は皆、そうだ。
又、地元で嫌われてる人のリストなども警察が集めている。
何かあったら、「あっ、こいつだ」「こんなことをするのはこいつらしかいない」と言われる。そんな「怪しい奴」のリストを作っているのだ。
布川事件では2人が逮捕された。強盗殺人なんてやるのは、こいつらしかいない、と地元の人は思った。
それほど悪い奴だ。二人は満期で刑務所を出た。でも、地元の人は、「犯人じゃないかもしれないが、一生、刑務所に入れておいて欲しかった」と言っている。ひどい話だ。
でも、こんな地元の感情、不安感をすくい取って、「犯人らしいぞ」と、話を広めるのが警察だ。このことを感じた。
和歌山行きは朝早いし、帰ったのは夜遅い。かなり強行軍だったが、とても考えさせられた。行ってよかった。
パトカーは来るし大変だったが、飛松さんがいたおかげで助かった。
そうか、飛松さんのような優秀な「元刑事」と友達になっていたらいい。それが冤罪を防ぐ一番の方策かもしれない。
②集合場所の「六十谷(むそた)」駅です。何もないとこで、店もありません。ただ、優れものの自販機があって、タコ焼きでも、温かいおにぎりでも出来ます。「中に人が入って焼いてるんや」と飛松さんは言ってました。