「国難突破」解散だと言う。すごい言葉を使うもんだ。
「国難」なんて、久しぶりに聞いた。日本が戦争に突入する時によく使われた言葉だろう。
あるいは、元寇が来る時に、鎌倉幕府が言った言葉かもしれない。
「国難だ。日本人は皆、闘え!敵は強大だ。でも我が国は神国だ。神が助けてくれる」と。そう信じ闘った。
元寇が来た時は、神風が吹いた。ほら見ろ。日本は神国なのだと思った。
日露戦争の時もそうだった。強大なロシアに立ち向かう小国日本。でも勝った。神の国だからだ。
だからアメリカと闘う時にも、そう思ったようだ。
アメリカなんか、「民主主義」の国だ。個人個人がバラバラだ。日本のように天皇のもとに一致団結した国民ではない。だから、ちょっと脅したら、すぐにバラバラになり、逃げ出す。
それに日本は神国だ。イザとなれば「神風」が吹く。「国難」なんか吹き飛ばしてくれる。そんな驕りが潜んでいる言葉なのだ。
果たしてこの国難に神風は吹くか。
あれっ、変だな。国難というのなら、日本国民が等しく恐怖感を持つはずだ。
でも自民は選挙のためにこの言葉を利用する。どういうことだ。
自民が選挙に勝てば「国難」を突破したことになるのか。選挙に負けたら、「国難」に負けたことになるのか。
おかしいよ。日本国民に均く襲いかかってくるから、「国難」なんだろう。自民だけが自覚し、闘うものではない。
「いや、北朝鮮の脅威は日本人全体への脅威だ」と言うのかもしれない。
でも、これは自民にも責任がある。スキがある。自分が自ら招いた国難かもしれない。
米朝のすさまじい言葉の応酬が連日、繰り返されている。
「アメリカに核攻撃する」「その前に北朝鮮は滅びる」と、お互いが恫喝し合っている。
「朝鮮半島はなくなる」と言ってた人もいる。韓国としては焦る。
自分たちも含めての朝鮮半島だ。陸続きだから、原爆を落とされたら一緒だ。同じく被害を受ける。だから、「まず対話を」と叫んでいる。
又、中国、ロシアになると、(同じ社会主義国のはずなのに)妙に冷静だし、客観的に物を言う。お互い、冷静になって話し合え…と言っている。
頭がカッカして、他人の言葉なんか聞かないトランプよりも、ロシアのプーチンの方が、冷静だし、世界のリーダーとしてふさわしいように思う。
それにしても、何故、こんな言葉を使ったんだろう。
「国難」なんて。多分、今回の解散について、野党やマスコミに、あまりに勝手なことを言われ、批判されたからだろう。それで頭に来たのだろう。
「森友・加計隠し」解散だ。敵の弱味につけ込んだ解散だ。「わがままな、エゴ解散だ」…と。
そして、今回の解散だが「大義名分」がないという。「大義名分」。これも古い言葉だ。
多分、自民の中には頭のいい人がいるのだろう。アドバイスする人が。この人が言ったのだろう。
「今、民進党は四分五裂です。小池の希望の党へ、どんどん流れています。民進はガタガタで、選挙準備も全く出来ません。だから、今こそ、解散をやるべきですよ。今川義元を破った織田信長のように」。
そう言われて、これはチャンスだ。この時をおいてない。安倍はそう思ったのだろう。
ところが、敵もさる者。小池は、はっきりと「希望の党」の「代表」になると宣言した。
そして、民進、維新、日本のこころ、それに、自民からも、離党して、「希望」に参入する人が続出した。今回は本当の「希望」になるな。と思った。
最近、細野豪志さんと会って話した時に言っていた。
新党を作るので党名を考えていたが、政治的なものは、ほとんど使われていると言っていた。自由、民主、国民、維新…などは、皆、使われて残ってない。
だから、別の方向から考える必要があるかもしれない。
そうか。それで、「希望の党」になったのか。「○○ファースト」は使わなくてよかった、と思う。
都知事として、「都民ファーストの会」が次は国政に行くのだから、「日本ファーストの会」とか「Japanファースト」などになったら、目も当てられない。「希望の党」でよかったと思う。今回の「希望」は大丈夫だろう。
というのは、昔、「希望」という政党があった。野村秋介さんと「風の会」を立ち上げて、立候補した。私らも応援に行った。
あの参院選の時だ。いろんな人が出た。
そこに、元・全学連委員長の藤本敏夫さんも出た。自ら、政党「希望」を作り、10人を集めて、立候補した。
野村秋介さんも10人の候補を立てた。「風の会」は漫才の横山やすしさん、野村秋介さんと、民族派の仲間が立った。
この選挙が始まる前に、藤本さんから電話があった。
今回の選挙はあまり盛り上がりがない。そこで、野村秋介さんと、週刊誌で対談し、大いに問題提起をしたい。刺激になって、選挙に関心を持つ人も増えると思う。そう言うのだ。
「分かりました」と返事をした。それで、すぐに野村さんのとこに行った。面白がって、すぐに引き受けてくれると思った。
ところが大誤算だった。この時は、虫の居所が悪かったのか、不機嫌だった。その話を僕が持ってきたのが不愉快だったのかもしれない。
開口一番、「何が『希望』だよ。俺には絶望しかないよ」と言ったのだ。
全く話にならなかった。藤本さんも、とても残念がっていた。
そんな昔のことを思い出していた。25年も前のことなのか。
でも、あの頃とは時代も環境も違う。「希望」の希求度も違う。
小池さんが言っていた。「今、政治にないものは唯一、希望だ」と。
なるほど。今度は大丈夫だろう。この「希望」のもとに人はどんどんと集まってきている。日々変わる。
民進党の人はかなりの数が辞めて、「希望の党」に移るだろう。
それに何と、自民の人もいる。それも副大臣だ。
これは大きい。小泉さんだって、脱原発で、期待し、応援している。強力な応援団だ。
そして9月24日の産経新聞を見たら、1面でこう出ていた。
〈民進「解党論」が急浮上。
小池新党に合流。非自民・反共産結集へ〉
これは驚きだ。民進を辞めた人間をどうするか。連合は、選挙では推薦しないと言うし。締め付けが厳しい、と思っていたら、ところが本体の民進がなくなるという。
そして、これが本当になった。民進党は解党して、「希望の党」に入るという。すごい話だし驚きだ。何が起きるか分からない。他の野党も慌てて「希望」に移る人もいる。
新聞を見てると、毎日のように大きく変わる。いや、「日々」じゃなくて、「刻々」だ。野党は全て、まとまるかもしれない。これこそ「国難」じゃないのか。
安倍はどうする。次は自民が「解党」かもしれない。そうなると面白い。
そんな大きな予測、大きな「希望」を抱かせる解散だ。今になって、「しまった」と安倍は思ってるのかもしれない。
パンドラの箱を開けてしまった。どんどんガラクタが出てきたが、最後に残ったのは「希望」だったという。
誰にとっての「希望」か。そして誰にとっての「国難」か。
そんなことを考えながらも、私は毎日、必死で読書している。そして、現地に足を運んでいる。
大阪に内田樹さん、釈徹宗さんの話を聞きに行った。
盛岡に啄木の生家を訪ね、宮沢賢治記念館に行った。
そうだ。大阪中央公会堂の見学ツアーにも参加した。
どんどん勉強している。パラレルワールドに住んでいる人間として、日々、成長している。
一見、バラバラに見えることも、一つにつながって来る。それも〈希望〉なんですよ。
①9月22日(金)午後6時より。「マル激トーク・オン・デマンド」に出る。インターネットテレビだ。神保哲生さん(ジャーナリスト)と宮台真司さん(社会学者)と私。久しぶりに出た。「鈴木さんは5回出てます。今までで最高です」と神保さん。エッ? そんなに出てるのか。でも、5回位か。もっと出てる人がいるんじゃないの。「宮台さんなど、局側の人間はいますけど、ゲストとしては、鈴木さんが一番多いんです」。
私の書いた『天皇陛下の味方です』を中心にして、天皇制、安倍政権、憲法などについて語り合う。何と3時間以上も話し合った。「これを短くして流すんですか?」と聞いたら、「いえ、ネットテレビですから全部、流します」と言う。
帰り間際、寅さんからメールが来た。この「オン・デマンド」は10年前から会員になってお金を払ってるという。すごいですね。必要な本を買ったり、大事なビデオを観るためには、金は惜しまない。偉いです。
③9月23日(土)は、池袋の芸術劇場に行きました。3時から美輪明宏さんのコンサートを聴きに行きました。御手洗志帆さん。瀧沢さんに連れて行ってもらいました。
終わったら楽屋に行って、美輪さんといろいろと話そうと思ってました。前に「(楯の会の)福田さんはどうしてますか?」と聞かれたので、「行って会ってきました。元気でした」と報告し、写真も見せようと持って行ったのに。
ところが、家にメールがあって、今回はとても疲れていて、舞台が終わってからのご挨拶は出来そうにないとのこと。残念だ。福田氏との写真はマネージャーに預けて帰りました。そのあと、御手洗さん、瀧沢さんと食事をして帰りました。
⑤9月24日(日)午後2時より上野で、福島泰樹さん(歌人)の勉強会に出る。そこで話をしてくれと言われた。福島さんは、いつもの「絶叫」コンサートの他に、こういう勉強会をやっている。そして参加者が短歌を出して、皆で「合評会」をする。
⑥左の礼仁さんが持っているのが、『短歌俳句川柳101年』(新潮社)です。とってもいい本です。実は、これに野村秋介さんが出てたのです。野村さんから電話があったので、「若者を集めて俳句塾を開いて下さいよ」と言ったら、「いいね」と言って笑ってました。野村さんの「事件」の1週間前です。この1週間後、朝日新聞社で野村さんは自決しました。とても「俳句塾」なんて出来ません。
でも、この話には嬉しそうでした。野村さんや右翼の人の短歌や俳句を紹介しながら、歌と右翼について話しました。多くの人が歌を作っている。私も、短歌、俳句を作り、かなりためてある。いつか、「歌集」を作りたいと思っている。
⑦多くの人が集まって聞いてくれました。と思ったら、その中に福島泰樹さんもいました。一番左端にいます。ソッと忍び込んだのでしょうか。このあと、参加者の短歌が配られ、それを皆で合評するのです。かなり激しいやり取りがありました。
⑪9月25日(月)早大に行って、内海信彦先生の授業に出ました。内海先生は河合塾コスモで一緒に教えてます。早大でも教えています。「内海信彦のドロップアウト塾」というそうです。でも、内容は高度ですし、すごいです。驚きました。NHKのEテレでもやってますね。ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』。その後について話します。皆、熱心に聞いてます。大学生だけでなく、社会人も高校生まで来てます。その人たちに問題を投げかけて、考えさせます。
⑭内田樹さんと釈徹宗さんは全国の聖地を巡って、本にしています。今まで4冊出てます。大阪、京都、熊野、九州…と。今回は対馬です。その出版記念トークがあると聞いて、行って来ました。大阪まで。9月27日(水)です。
⑮黙って聞いていたら、私も呼び出されました。本の感想を言いました。それに、「私も実は聖地巡礼をしてるんです」と言いました。人間が作る聖地。犯罪が作る聖地。冤罪が作る逆・聖地などに行ってます。という話をしました。
⑯これが、この日のテーマの本です。内田樹さんと釈徹宗さんの『聖地巡礼 コンティニュード 対馬へ、日本の源流を求めて』です。出版は、東京書籍です。教科書を出している会社です。教科書で儲かっているので、こういう冒険も出来るんだと言ってました。とても面白くて、勉強になりました。
⑱お二人のサイン会です。随分と並んでました。私も本を持ってたんですが、あきらめました。
そしたら、「鈴木さん、サインして下さい」と一人のおじさんが。「えっ、私は関係ないですよ」と言ったら、「今、鈴木さんの本を読んでたんです」と言って、『天皇陛下の味方です』を差し出しました。今日、私がここに来ることは知らない。全くの偶然だ。嬉しいですね。丁寧にサインしました。
又、内田、釈さんの2人にサインしてもらった人たちが、「ついでに鈴木さんにも」とサインを頼まれ、仕方なく、サインしました。
⑳この日は遅くなってので、大阪に泊まりました。翌日、9月28日(木)は、大阪市中央公会堂に行きました。中之島公会堂とも呼ばれてます。建って100年以上経ちますが、大阪で最も美しい建物です。そして豪華です。昔は集会で来たことはありますが、内部は見ていません。
この日に一般公開し、公会堂の人が説明してくれるとのことで、前に申し込んでいたのです。絵葉書も綺麗です。これはライトアップされた中央公会堂です。
㉑特別室の天井画です。イタリアだけでなく、日本でもこんな壮大な天井画があったんですね。それに100年前ですから、どうしても日本神話が題材になるんでしょう。「天地開闢(てんちかいびゃく)」です。思わず見とれました。
㉓この日(9月28日)は、大阪市中央公会堂を見て、11時半の新幹線に乗って、東京に戻りました。3時と5時から、河合塾コスモの授業がありました。そのあと、急いでホテルニューオータニへ行きました。
〈中華人民共和国設立68周年。中日邦交正常化45周年〉を慶祝する会です。ものすごい人でした。