驚きましたね。11月10日(月)の一水会フォーラムですが、超満員でした。漫画家の小林よしのりさんが来てくれたのです。一水会フォーラムは、毎月、ビッグな講師で、超満員です。会場は高田馬場のサンルートホテルですが、この日は始まる1時間以上前から列が出来てました。立って聞く人、廊下で聞く人も多く、凄い盛況でした。150人ほどが来たでしょう。
先月、講師だった堀辺正史先生(骨法道場創始師範)も聞きに来られ、最前列で聞いておられました。お2人は『わしズム』で連載対談をやっており、それはまとまって、『武士ズム』(小学館)として単行本になっております。日本の武士道、日本文化について、深く突っ込んだ対談です。
「マンガの天才」と「武の達人」がどうして知り合ったのでしょう。昔からお2人は、その存在を知り、関心を持ち、敬意を持っていたようです。『格闘技通信』で堀辺先生が連載を持っており、そこで対談したのが初めてだと思います。それ以来、意気投合して、よく対談をしています。
先月、一水会フォーラムで堀辺先生が講演した内容は今発売中の『レコンキスタ』(11月号)に載っております。歴史に対する考え方、日本人としての自覚など、教えられることが多いです。ぜひ、読んでみて下さい。『レコン』では、私も連載をしてまして、三浦和義さんのことを書きました。24年前に知り合い、手紙をもらい、小菅に面会に行きました。そこから交遊は始まりました。いや、その前に、植垣康博さん(元連合赤軍兵士)に頼まれて、三浦さんに『レコン』を送ったんでした。それを読んで、すぐに三浦さんから返事をもらったのです。とてもいい文章でした。日本の現状を憂うる愛国的なものでした。えっ、この人はこんなことを考えていたのか、と驚きました。それからの付き合いです。
精神力の強い人で、僕の方が逆に励まされました。とても自殺するような人とは思えなかったので、本当に残念です。
さて、小林よしのりさんの講演です。よくここまで思い切って話したと驚きました。だって、タイトルからして挑発的です。「自称“右翼”が多すぎる〜我が言霊の総検証〜」です。たしかに今や、「総保守化時代」で、俺は右翼だという人も多いです。小林さんも「右翼」といわれことが多いです。しかし、それは本物の右翼の人に失礼だろう。と言います。右翼の人は命を賭けて、この国のために運動をやってきた。命を賭けない評論家や、あるいは顔を隠してネットでものを言ってる連中とは全く違う。そんな人々を「右翼」といったら、本物の右翼に悪いだろう。
そうか、小林さんは右翼を尊敬してるんだ。ちゃんと、見るべき所は見て、評価している。そういえば、福岡の玄洋社記念館に行き、右翼の巨頭・頭山満などのことも『わしズム』で詳しく書いていた。又、『戦争論』『台湾論』『沖縄論』なども書いている。特に、『戦争論』は大ベストセラーになった。
日本の右翼は現在、800団体12万人いる。その全てが何十年もかけても出来なかったことを小林さんは1人でやってのけた。と言った人がいたらしい。一水会フォーラムで司会者が発言していた。それだけの偉業をなしとげた。小林さんは、それに対し、「そんな言われ方は困ります。右翼の人は命を賭けてやってきた。私は一漫画家として描いてきただけだ。やってきた現場が違う」と言ってました。
漫画家はプロだ。人気がなくなれば、すぐに切られる。そうしたら『戦争論』も『ゴー宣』もやれない。やれるのはもう十年位かもしれん。…と謙虚だ。又、何故、『戦争論』を書いたかの契機なども話した。家族のこと、特に、おじいさんのこと。又、戦争について何も知らず、誤解していたか。それで必死になって勉強し、『戦争論』を描いたのだと。
ともかく大変な仕事だと思う。その苦労の一端が分かった。『レコン』の次号にこの講演要旨が載るはずだ。楽しみにしてほしい。「鈴木さんは最近は、左傾しちゃってるけど」と言ってたが、でも、こうして一水会に来てくれる。行動家としての木村氏を信頼しているからだ。そして、〈現場〉は違うが、右翼の運動を認め、評価する点は評価している。そういうことなのだろう。天才・小林よしのりさん、又、武の達人・堀辺正史先生と同時代に生き、教えてもらえる。その幸せは大きいと思う。
続いて、筑紫哲也さんのことだ。11月7日(金)、大阪読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」に出た。放送は9日(日)だが、7日(金)が収録だ。「オバマは暗殺されるか」とか、「田母神問題」など、ハードなテーマが多くて、疲れ果てた。3時から5時が収録。それから、辛坊さん、ゲストの恵隆之介さん(元海上自衛隊士官。ジャーナリスト)と「かたじん」のインターネット放送のための話をした。それで7時の新幹線に乗った。本を読んでいたのだが、疲れて、ウツラウツラとしていた。その時、ドアの上に流れている電光ニュースが目に飛び込んできた。「筑紫哲也さんが亡くなった」と。エッ! 嘘だろう、と思った。夢じゃないかと思ったが、本当だった。73才だった。思わず涙があふれた。凄い人だったな。いい人だったな。お世話になったな、と、いろんなことを思い出した。
「ニュース23」では、野村秋介さんや僕らのことを何度か取り上げてくれた。忘れられないのは、15年前、野村さんが亡くなった日のことだ。野村さんから送られた『さらば群青』を手に取りながら、野村さんのことを語っていた。筑紫さん宛のサインもあった。「野村さんは大きな言葉を持った人だった。右翼内部だけでなく、広く、多くの人と話し合った。その影響力は大きい。情に厚く、ロマンチストだった」と愛情を込めて話していた。野村さんは〈事件〉を起こした人だ。この時に、こうした個人的思い出を語るのは大きな冒険だつたろう。でも、敢えてやった。勇気のある人だった。「いつ辞めてもいい。思ったことを言う」という信念、覚悟を持っていたのだ。だって、TBSが、取材映像をオウム真理教幹部に見せたことが坂本弁護士一家殺害事件につながったことが判明した際には、「TBSは死んだに等しい」と発言した。凄い人だと思った。クビにされてもいいと、いつも腹をくくっていた。
又、「少数意見」も大切にし、怖くてどこも取り上げないテーマも取り上げ、世の中にバッシングされている人にも反論の機会をどんどんと与えていた。辻元清美さんも逮捕直前、この番組に出ていたし、ある意味、「かけ込み寺」のような感じもあった。
僕も、何回か出してもらった。猪瀬直樹氏と天皇論をやった。又、ペルーの日本大使館がゲリラに占拠され、フジモリ大統領が突入命令を出して、ゲリラを射殺、逮捕した事件があった。投降したゲリラをも射殺した。ひどい話だ。この時、私は出演したので、「これは虐殺だ!」と口走った。そしたら、抗議の電話が殺到し、回線がパンクしたという。迷惑をかけた。しかし、この時、人質になった大使館員と後に会って話を聞いたが、「軍隊による虐殺」という認識は正しかったと思う。
TBS「ニュース23」の筑紫さんというイメージが強いが、我々の世代にとっては、『朝日ジャーナル』で覚えている人が多いだろう。一世を風靡した雑誌だ。「右手にマガジン、左手にジャーナル」と言われていた。当時の若者は、『少年マガジン』と共に『朝日ジャーナル』という硬派の週刊誌を読んでいたんだ。その『ジャーナル』の編集長を筑紫さんは長い間、やった。そして名物企画「若者たちの神々」を連載した。
この「神々」に出て、筑紫さんと対談した林真理子さん(作家。54才)はこう語っていた。
〈「時代の寵児として、物事を鋭く切っていく、怖い感じもした」と振り返る。「でも、海の物とも山の物ともつかない私をサブカルチャーの一員として認めてくれた〉(「朝日新聞」11月8日付)
林真理子さんは1984年に対談している。今から24年前か。30才の時なんだ。まだ、海の物とも山の物ともつかなかったのか。この「若者たちの神々」には作家の村上龍、村上春樹なども出ている。村上春樹も84年だ。当時は、皆、それほどメジャーじゃなかったのか。村上春樹なんて、「次のノーベル文学賞は彼だ」といわれている。でも、24年前は、林さんと同じように、「海の物、山の物」ともつかなかったのか。それを見つけ、発掘した。そして〈神々〉にした。「神々」をつくったのだから、筑紫さんこそが〈大神〉だ。
実は、私もこの時、84年に「神々」の一人として筑紫さんと対談した。錚々たる人々がいる中で、私ごときが出て申し訳ないと思った。今もずっと思っている。この連載は朝日新聞社から単行本になり、文庫にもなっている。Part3まで出たと思う。私は「Part2」に出ている。ここには12人が出ている。本の帯にはこう書かれている。
「単一の思想が若者の心をとらえる時代が去り、かわって乱立する生き神たち」
ウーン、そういうコンセプトだったのか。今、改めて驚いた。私たちは「乱立する神々」か。既成の価値観(単一の思想)をぶち壊す人々なのだ。林真理子はその意味で「サブカル」といったのだろう。メインカルチャー(単一の思想)に疑問を持ち、闘いを挑んでいる人々だ。私なんて、とてもそんな大それたことは考えてなかったのに…。他の人たちに、申し訳ない。
この「Part2」に入っている12人の「神々」はこんな人達だ。
野田秀樹、村上龍、林真理子、戸川純、大竹伸朗、橋本治、三宅一生、山本耀司、鈴木邦男、山下和仁、小栗康平、中島梓
ウーン、凄いね。凄い人たちだ(私を除いてだが)。私の対談は、「1984年4月10日」と出ていた。24年前か。41才だ。「まあ、ギリギリですね」と筑紫さんに言われた。「若者」にとっての神々だ。でも同時に、神々も「若者」あるいは、それに近い年代でなくてはならない。そういう意味のようだった。
いろんな写真が出ている。街宣してる写真もある。若いけど汚いな。でも、まだ同じジャンパー着ているよ。汚い日の丸だ。しかし、そんなことは気にしてない。むしろ、俺たちは闘っているんだから、日の丸だって汚れて、ボロボロになってる方が貫録があっていい。そんなふうに思ったんだろう。愚かだね。
事務所にいる写真もある。当時は、「宝来家」という焼き鳥屋の2階が事務所だった。6畳のタタミの部屋が2つだった。そこに机をおいて。それだけだ。勉強会の時は、机をどかして、6畳の間に皆で輪になって座ってやっていた。元全学連委員長の唐牛健太郎さんもここに講師で来てくれた。作家の桐島洋子さんも来てくれた。…と、当時のことを思い出した。
『若者たちの神々』では他に、私が合気道をやり、体を鍛えているシーンもある。
では、文章を読んでみる。今と違い、結構、突っ張っている。過激なことを言っている。だって、見出しだけみても、こんな言葉が並んでいる。
「いまは、体制が思想を圧殺している」
「軍歌ではなく、新しい変革の歌をつくりたい」
「いまの左翼は青年の情熱を受けとめられない」
「左翼が活性化しなければ右翼も伸びない」
「どこかでタガをはめなければ運動はできない」
「日本の革命は、常に天皇を中心にしてきた」
「天皇を否定する言論の自由も保障すべきだ」
「いくらでも受けて立つ 天皇制論争」
読み返して驚いた。今よりも、もっとストレートに言っている。全て、直球勝負だ。変化球を投げて相手を惑わせようとはしない。何だろう、これは。一生懸命だったんだ。真面目だったんだ。ただ、大きな所では、一貫していると思う。左翼にもどんどん言論の場を与えてやれ。そこで闘い、撃破してやる!という心意気を感じる。ここまでストレートに言ったら、他の右翼だって批判できんだろう。でも、この時でも「反日」だとか「売国的だ」なんて言われていたのだろうか。
私も突っ張ってるが、筑紫さんだって、ズバズバ攻め込んで来ますよ。「インタビュー」じゃないんだな。対等に討論し、あわよくば論破してやろうという気があるんだ。
林真理子さんが言ってたが、「怖い感じもした」というのは当っている。「なるほど、なるほど。そうですか。じゃ、次の質問ですが…」といった「聞き手」ではない。この『若者たちの神々』の全てについて言える。乱立する神々を、あわよくば論破してやろうという気力を感じた。
この企画が始まるずっと前、テレビで筑紫さんの取材風景を見る機会があった。ある大学の右派学生を取材していた。ところが学生はオタオタしている。筑紫さんは次々と切り込む。「どこが正義の戦争だ。侵略じゃないか」「いや、そんなことはない」と学生は反論するが、さらに筑紫さんは突っ込む。そして何と、完全論破してしまった。おいおい、インタビューだろう。こんなことしていいのかよと思った。この人は「怖い」なと思った。
それもあって、かなり覚悟を決めて筑紫さんには向かっていったようだ。真剣勝負だ。以下、最後の部分を紹介してみる。
〈筑紫 右翼が怖いということが天皇制の議論を封殺している。怖いから触れないということで、若い世代の関心が低くなる。それでいいんですか。
鈴木 それは右翼にもマスコミにも責任はある。論争以前のスキャンダリズム、揚げ足取り、中傷で問題が起こった場合が、ほとんどだった。理論的な批判じゃない。
筑紫 しかし、右翼が怒るのは、「神聖にして侵すべからず」という前提があるからですよ。
鈴木 いや、そうじゃなくて、理論的なものでの天皇否定だったら論争は構わないし、そういう論争だったらいくらでも右翼の人も出てくると思います。言論の権力を持っているほうが、いくら天皇陛下をばかにしたって、ポルノまがいに軽蔑したって構やしないというかたちで出てくる。ところが、されるほうは反撃権がないんですよ。じゃ、しょうがねえ。オレが代わってということになる。
筑紫 しかし、学者が研究をやり、天皇制に触れると、右翼からの圧力が強く、虚心にやれないという雰囲気がある。
鈴木 それはないと思います。それをやるならば右翼がおかしい。ぼくら理論的なものなら、いくらでも受けて立つ。逃げることはない。藤田省三が彼の本の中でこんなことを書いていたんですね。
—天皇批判に対してテロで反撃するならば、天皇制は血塗られた刃によってしか守れないものになる。そんな天皇制に果たして価値があるのか、と。そのとおりだろうと思いますね、ぼくは。
でも、一方でこうも思うんです。天皇を批判する人間に度胸がない、と。もし、本当に思想に命をかけるというのならば、殺されたっていいじゃないですか。それくらいの覚悟でやるべきですよ。こっちだってその覚悟でやってるんですから〉
凄いことを言ってるね。今だったら、こんなストレートな事は言わないね。「オレも命賭けてんだ。お前らも命を賭けろ!」なんて。若気の至りかな。41才だから、あまり若くもないか。でも、24年も経って、「天皇制」をめぐる言論状況は全く変わってない。ソクーロフ監督の映画「太陽」。又、李監督の映画「靖国」。渡辺文樹監督の映画「天皇伝説」…と。天皇制をめぐる言論状況はあるいは、もっともっと不自由になってるのかもしれない。『若者たちの神々』を読みながら、そんことを思った。