2008/12/15 鈴木邦男

死刑という装置・歴史・思想

①「民衆参加型」死刑の時代が再び来る

演劇「スーザンナ・マルガレータ・ブラント」(12/6)撮影:平早勉

 感動的な舞台だった。感極まって泣き出す観客もいた。それも、号泣していた。涙の洪水で、コンタクトが流され、終演後、必死で探していた。これほど感銘を与えた舞台だった。大阪、新潟などからも見に来た人がいた。2日間、超満員で、立ち見も出た。「劇団再生」の演劇『スーザンナ・マルガレータ・ブラント』だ。12月6日(土)、7日(日)の2日間、阿佐ケ谷ロフトで上演された。
 その演劇の前に脚本・演出の高木尋士氏と私のトークショーがあった。2日間、この最高の演劇の前に、演劇の解説をかねて2人で話をした。光栄だ。『装置としての死刑』というテーマで話をした。「死刑、是か非か」といった表面的な問題ではなく、もっと深い所で、刑罰や死について考え、話し合った。
 高木氏はよく勉強している。なぜ死刑が生まれたのか。それによって人類は何を得、何を失ったのか。死刑を支える〈思想〉とは何かについて語る。僕も死刑については、かなりの本を読んできたつもりだが、この視点、考え方は気がつかず、新鮮だった。死刑の種類も沢山ある。死の瞬間の苦痛を和らげようと、ギロチン、絞首刑、電気椅子などが考えられた。一方、悪人には死の苦痛を長く、極限まで味わわせるべきだという〈思想〉に基づいて、色んな「殺し方」も考えられた。磔、車裂き、鋸刑…などだ。

演劇「スーザンナ・マルガレータ・ブラント」(12/6)撮影:平早勉

 昔、東映映画であったな、残酷な死刑の数々が、これでもかこれでもかと、リアルに描かれていた。両方の足を2匹の牛に縄で結び、ムチ打って、反対方向に走らせて、人間を真っ二つにする。恐ろしい。又、磔にされた罪人を下から槍で刺し貫く。それも公開処刑だ。そんな残酷な刑罰を民衆は見ていたのだ。「ひどいなー」「残酷だな」と言い合いながら、でも、黒山の人だかりなのだ。愚かな民衆だ。そんなものは見るな!と思いながらも、でも、私も「見てみたかった」と心の奥底で思う悪魔的な自分がいる。
 釜茹でというのもあった。大泥棒・石川五右衛門が、これで殺された。子供も一緒に殺された。少しでも子供の死の苦痛を和らげようと、子供を抱え上げた。しかし、自分の苦痛に耐えかねて、子供を釜の底に落とし、子供を踏んづけた。熱さを和らげようとして子供を「敷き物」にしたのか。あるいは、子供だけでも早く楽にしてやりたいと思ったのか。地獄の釜茹での中での地獄の発想だ。この時だって、大勢の人々が見物に押しかけた。よく平気で見れたものだ。私はその話を本で読んだ。怖くなり、以後、釜茹でウドンは一切食べられなくなった。

演劇の前のトーク。「装置としての死刑」高木尋士さん(右)と。(12/6)

 切腹、斬首の時もそうだ。「首斬り浅右衛門」は、そのパフォーマンスのヒーローだ。フランスでは、フランス革命の直後、ギロチンが毎日のように行われた。「次はこいつをやれ!」と民衆が要求した。恐ろしい話だ。連合赤軍事件を国家的規模で行ったのだ。何と残酷な民衆か! でも、偉そうなことは言えない。日本だって、残酷な死刑を次から次と考えて、実行したのだ。もしかしたら、死刑のやり方を最も多く考えた国が日本かもしれない。恐ろしい国だ。残酷な国だ。とても誇りなんて持てないや。
 さらに、「民衆参加型の死刑」もあった。今度、始まる裁判員制度も思考においてはそうかもしれない。一般民衆も死刑判決に手を貸す。民衆も共犯だ。あとで冤罪だと分かっても、裁判官は「自分のせいだ」と悩まなくていい。国民がやったのだ。「ほら、皆の手も汚れてるじゃないか」と言える。「共犯国家・日本」だ。

終了後、劇団の皆と

 そのうち、絞首刑のボタンだって、国民に押させるだろう。外国では昔はあった。絞首刑のロープを民衆に引っ張らせる。その犯人に肉親を殺された人間にやらせる。あるいは、「悪人を殺したい」と思う〈正義〉のボランティアにやらせる。今だって、あるらしい。
 日本でも「民衆参加型」はあった。罪人を土の中に埋め、首だけ出す。そして、通行人、希望者に鋸で引かせる。悪党の見せしめのためだ。苦痛を引き延ばすためだ。簡単に死なせない。楽に死なせてはならない。そういう、為政者の思いだろう。わざと切れない鋸を使う。竹で出来た鋸もあった。何日も死ねないで、さらし者にされ、民衆によってなぶり殺しにされる。「一思いに殺してくれ!」と思っても叫べない。残忍だ。
 しかし、こんな刑罰の種類を、よく考えたものだ。そのプランナーは、きっと「正義の人」だったのだろう。悪は絶対に許せなかったのだろう。又、どうしたら、人々に、犯罪を起こさせないようにするか。そればかりを日々、考えていたのだろう。その為には、「悪いことをしたらこうなる」と見せつけたい。そう思ったのだろう。
 「いいことをしましょう」「人に優しくしましょう」と言うだけではダメだ。人々の善意に期待していては、犯罪はなくならない。それよりも、「悪いことをしたらこうなる」ということを多くの人々に見せてやる。その方が手っ取り早いし、効果も大きい。そう考えたのだ。

②ゲーテの『ファウスト』は今も生きている

阿佐ケ谷ロフトの入り口で(高木尋士さんと)

 高木氏の演劇『スーザンナ・マルガレータ・ブラント』は、こうした「死刑の起源」にまで言及する。演劇で取り上げられた事件は歴史上、現実にあった事件だ。1人の女性が死刑に処せられる。その裁判を傍聴したであろう、ゲーテ。そしてゲーテの『ファウスト』。それらをテーマにして演劇は進む。
 今まで、ゲーテの『ファウスト』に刺激されて作られた作品は多くある。手塚治虫の『ファウスト』『ネオ・ファウスト』などもそうだ。後者は、学生運動の話で、そこにメフィストフェレスが現われる。なかなか奇抜なアイデアだ。「しかし、今回のが一番よかった」と客席にいた関口和弘氏(脚本家志望)が言っていた。又、実際に脚本を書いている作家の人や、書店勤めの人も来ていて、やはり絶讃していた。
 人間はどうやって集団生活をしていくか。つまるところ、その問題なのだろう。ロビンソン・クルーソーのように1人で生活しているのなら、法は必要ないし、死刑もない。いくら自分が悪いことをしたからといって、自分で裁判をして、自分を処刑することも出来ない。
 うん、でも、これもいいかな。「月に30冊、本を読め」という「法」を作り、破ったら、死刑だ。無人島じゃ本はないか。でも、今の僕らだって、無人島に住んでいるようなものだ。人々は、公共のことなど考えず、皆、自分のことしか考えない。「社会に生きている」という実感がない。電車の中でも化粧する。メシを食っている。大声で携帯している。周りに人がいないようだ。実際、その人間の意識の中では、「周りに人がいない」のだ。眼中に人はない。無人島だ。

 通り魔や、痴漢だって、「周りに人がいない」のだ。人間は自分だけだ。周りにあるのは、「うざったい物」だし、「動く機械」だ。邪魔だから、つぶす。エロいから触る。価値のある「人間」は自分だけだ。そう思うから、何でもやれる。

朴保さん(中央)。梁石日さん(右)と。(12/3)

 

     又、ゲームばっかりやってるから、漢字は読めない。首相もそうだ。ゲームの中で殺しまくる。正義は自分だけだ。
 でも、携帯は手放さない。何人かの友人とだけはつながっている。それがその人間の全てだ。〈地球〉の全てだ。つまらない話だ。でも、今や携帯は日本に一億本以上ある。もってない人間はよほどの貧乏人か、偏屈か、友達のいない人間だ。携帯がないから、友達がいないし、手紙も来ない。この人間も孤島で生きるロビンソン・クルーソーだ。そうだよ、私のことだよ。
 みんな、みんな、1人で生きている。そんな「1人で生きている人間」ばかりがこの社会に生きている。でも、現実には、いやだろうが、法がある。刑罰もある。裁判員制度も始まる。他人には無関心だから、どんどん死刑にするだろう。あるいは、「死刑にする楽しみ」や、「快楽」を知るだろう。裁判官しか得ることのなかった「禁断の木の実」だ。木の実(リンゴ)を食べるようにそそのかすのは蛇だ。まァ、メフィストフェレスだろう。
 この、メフィストフェレスは、いろんな所に出没する。私にもつきまとっている。皆の周りにもいる。携帯、パソコンを発明したのも彼だ。人間に本を読ませない為だ。人間を愚かにし、ものを考えないようにさせる為だ。争いの心を起こさせ、戦争を起こさせるのも彼だ。自分の民族だけが優秀で他民族など滅ぼしてもいい。そう思わせるのも彼だ。
 「自分さえよければいい」「自国さえよければいい」…。それは、どんなに綺麗な言葉や、どんなに巧みな論理であろうと、メフィストフェレスの誘惑だ。

③フランス革命と松陰と玉砕

三浦さんの本の出版記念会で。河村シゲルさん(左)と。(12/6)

 自分が中心だ。自分の周りだけは綺麗にしよう。それが排外主義につながる。歴史上の殺戮者は皆、潔癖症だった。小さな「汚れ」も許さない。見るに耐えない。消そうとする。変革者の中でも、血も涙もない変革者は多い。「小さな悪」をも許せない人だ。フランス革命を実行した人々は、〈敵〉をギロチンにかけると、それだけで飽き足らず、〈味方〉の中に敵を見つけてギロチンにかけた。今日、ギロチンにかけた側の人間は、明日はギロチン台の露と消える。
 今の日本の保守論壇も同じだ。共産主義、社会主義という「大きな敵」がいなくなると、〈味方〉に敵を求める。少しでも歴史に対して反省をすると、「反日だ!」と言い募る。あの戦争で、間違った点はある。植民地はまずかった。というだけで「反日!」と言われる。この人達は自分は「100%正しい」と思い、自分の延長線上の国家も「100%正しい」と思っている。それを批判するのは、「100%正しい国」にシミをつけることだ。汚すことだ。そう思って、ヒステリックに反撃する。たまらない。

 100%正しい歴史なんてない。どこにもない。理想に燃えた時もある。平和な時もある。驕り昂ぶった時もある。どうやっても弁解できない失敗もある。その全てを抱きしめてこの国を愛してやったらいい。それが愛国心というものだ。

三浦重周さんを偲ぶ会で。(12/6)

 日本は、酷い、残酷な刑罰もあった。戦国時代は、何十万の人間が殺し合い、首を狩った。日本は世界最大の「首狩り族」だった。これは骨法道場の堀辺正史先生に教わったことだ。その時代は「首を狩る」ことに罪悪感はなかった。武士の妻や娘も、首実験に出す為に、首を洗い、化粧を施した。嬉々としてやったのだ。今の人なら、とても出来ないだろう。生首を見ただけで、卒倒する。首を狩る。首をさらす。今なら、とても許されない。しかし、当時は、誇らしいことだったし、〈正義)だったのだ。その頃の民族の遺伝子が、平和になった今の世の中に、突如として現われる。それが「通り魔」だ。という説を発表している学者もいる。
 だた、そうした血なまぐさい日本の歴史にあっても、それとは反対の歴史もある。平安時代に360年間も日本では死刑が廃止されている。「世界史の奇跡」だ。そんな風に、実に色んなことがあった。それらを学び、参考にするために歴史がある。
 同じ状況になったら、同じことをやる。それだけでは歴史を学んだことにはならない。知恵がない。

 芝居の第1日目、12月6日(土)は、宗教改革のカルヴィンの話をした。ツヴァィクの書いたものを読むと、カルヴィンは妥協を知らない「正義の人」だ。どんな小さなことでも悪は絶対に許せない。それは罰せられるべきだ。たとえ間違いがあったとしても、即座に罰を与えるべきだと言った。そして、『悪魔の弁護人』を書いたフレーザーの話をした。「人を殺してはいけない」「近親相姦はいけない」ということは〈科学的理由〉がない時からタブーにされてきた。そして、根拠は「迷信」(=悪魔)だった。でも、それによって、人間の「集団」は守られてきた。  このフレイザーの考えは凄いと思った。その点から、「日本の死刑」の話をした。

 第2日目の12月7日(日)は、「玉砕」について話をした。『愛国の昭和』(講談社)で、玉砕の歴史について書いた。「死」は全てを合理化し、美しくする。戦争で死んだら、それまでの罪は全て許され、〈神〉になる。玉砕だ。

元日学同委員長・斎藤英俊氏(中央)、山本之聞氏(右)と。(12/6)

 この「玉砕」という言葉は、中国の古典に、1600年前に出ている。そこから来ている。「瓦となって長生きするよりは、玉と砕けよう」という思いきりのいい思想だ。
 しかし、中国の古典では、君主に反逆した人々がそう言っている。ところが日本では、「天皇のために死ぬこと」に使われた。ワンフレーズだけが都合よく利用されたのだ。
 吉田松陰は、捕われた時、2人の大人物に会う。その2人は「瓦となって生きるよりは玉と砕けん」と言って刑場に引かれていった。1人は薩摩藩の人だ。もう1人は土佐藩の人間だ。薩摩では、玉砕についてよく知られ、だから西郷隆盛も詩に読んだのかもしれない。しかし、土佐の人は、藩主を諌め、それで処刑される。こっちの方が1600年前の「玉砕」の原史に近い状況だ。
 このことは、実はよしだみどりの『烈々たる日本人』(祥伝社NONブック)に書かれている。堀辺先生にこの本のことを教えてもらった。いい本だった。この本のサブタイトルは「イギリスの文豪スティーヴンスンがなぜ」だ。
 吉田松陰のことが、それほど日本人に知られてなかった頃、スティーヴンスンが松陰のことを書いていた。『ヨシダ・トラジロウ』という題で。これには驚いた。スティーヴンスンは『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』を書いた人だ。ハイドはメフィストフェレスだ。メフィストフェレスは(他人)ではない。自分の中にいる。そして、今も、僕らに囁きかけている。私の耳にも聞こえる。日々この声と闘っている。
 ゲーテの『ファウスト』については又、いつかゆっくり書いてみる。でも、高木氏の演劇の方が、ゲーテの原作よりもいい。見逃した人々は不幸だ。でもアンコールに応えて、又、再演するだろう。あるいは脚本が本になるかもしれない。ぜひ、そうなってほしい。

【だいありー】
「週刊ポスト」(12/19号)より
  1. 12月6日(土)11:00三浦和義さんの対談本『敗れざる者たち』(ぶんか社)の出版記念会。三浦さんと河村シゲルさんが聞き役で8人の人とトークして、まとめたものだ。8人のうち何人かがこの日出席していた。その人達と河村さんのトークがあった。三浦さんの奥さんも来ていた。
     夕方5時から、三浦重周氏の「早雪忌」。三浦さんは日学同委員長。憂国忌世話人をやっていた。民族派の重厚な論客だった。宮崎正弘、斎藤英俊、山本之聞…など、昔の仲間に再会した。僕も挨拶させられた。そして7時半から、阿佐ケ谷ロフトで高木氏とトーク。トークは8時10分まで40分間。それから20分の休憩。8時半から演劇が始まり10時まで。思想的な、内容の濃い芝居だった。
  2. 12月7日(日)昼、取材。早稲田大学に行く。夜、7時半から阿佐ケ谷ロフト。高木氏とトーク。そして演劇。大阪からわざわざ見に来た女性が号泣したのがこの日だった。大阪弁で泣いていた。これだけ号泣させる演劇なのだ。脚本家に嫉妬した。終わって打ち上げ。お疲れさまでした。2日間の演劇のために、3ヶ月も練習した。大変だ。勿体ない。今度は逆にしたらいいのに。2日間練習して、3ヶ月上演する。上演の中で、稽古も兼ねてやる。どんどんよくなる。見ている人も、こうしろ、ああしろ、と言う。「観客参加型」の演劇だ。いいことだ。「観客参加型の死刑」よりはずっといい。
  3. 12月8日(月)朝まで徹夜で原稿を書く。昼、雑誌の取材。
一水会フォーラムの二次会で。重村智計さん(右)と。(12/10)
  1. 12月9日(火)10時40分、ジャナ専の授業「時事問題」。12時半、高田馬場の喫茶店「ミヤマ」。マンガ雑誌のインタビューが。「言論の自由」について。
     夜、久しぶりに柔道に行く。
  2. 12月10日(水)昼、取材。7時から高田馬場サンルートホテル。一水会フォーラム。講師は重村智計さん(早大教授)で、「最近の北朝鮮情勢と日本外交」。知らないことを随分と教えられた。重村さんとは2000年に共著で本を出している。『北朝鮮原論』(デジタルハリウッド出版)だ。我々2人と井上周八さん(チュチェ思想研究会会長)の3人だった。画期的な本だった。
  3. 12月11日(木)河合塾コスモは、先週で授業は終わったんだが、補講。牧野剛先生が選んだ本で、佐藤優の『私のマルクス』(文藝春秋)を読む。5時から、若松孝二監督の『実録・連合赤軍』の監督メーキングビデオを1時間上映。そのあと6時から8時まで、若松監督のトーク。そのあと、生徒を引き連れて、大衆食堂で打ち上げ。今度、江戸川乱歩の作品を一作撮って、いよいよ「山口二矢」に入ると言っていた。
  4. 12月12日(金)昼、図書館。夜「マガジン9条」の忘年会に行く。社民党の保坂展人さん、辻元清美さん、上原ひろ子さん達に会う。出版社や新聞社から独立した人が多い。だから私も、「産経新聞OBの鈴木です」と自己紹介した。受けた。遅くまで盛り上がっていた。
  5. 12月13日(土)朝まで原稿を書いていた。
  6. 12月14日(日)10時半から5時まで、勉強会に出る。
【お知らせ】
  1. 『週刊読書人』(12月19日号)は「印象に残った本」の特集。「36人へのアンケート。2008年の収穫」。私も書いております。
  2. 12月26日(金)午後7時、新宿ロフトプラスワン。月刊「創」主催のトークライブです。
     第1部は、田代まさしさんです。元シャネルズのあの人も出演予定と出ています。
     第2部は9時から10時半です。雨宮処凛さんと私です。
  3. 1月26日(月)阿佐ケ谷ロフト。帝銀事件についてのトークです。私も出ます。