急遽、私も『蟹工船』の本を書きました。3月6日(金)、発売されました。しかし、早いですね。先週の土曜日、2月28日(土)、母の法事で塩釜のお寺に行き、帰り、仙台駅前のジュンク堂で、不破哲三の『小林多喜二・時代への挑戦』(新日本出版社)を買いました。読みました。そして、よし、自分も『蟹工船』についての本を書こうと決意して、たった5日間で本が出来、全国の書店に並びました。凄いですね。奇跡です。超能力ですね。
と、短期間で本が出来たらいいですね。本当は、8ヶ月かかりました。キツかったですね。「もう、書き下ろしはやりたくない」と思っていたのに、ついつい引き受けてしまいました。そして苦闘しました。煩悶しました。いろんな人に助けられ、いい本が出来たと思っております。
『「蟹工船」を読み解く』(データハウス・1300円)がその本です。
〈本当に“カニコー”は、現代社会の写し絵なのか?
作家・小林多喜二と『蟹工船』。
混迷する世相に鈴木邦男が鋭く切り込む!〉
と本の帯には書かれています。本当は去年出す予定でした。『蟹工船』ブームの真只中で出そうと思ったのですが、それは無理でした。私の力不足です。
去年は随分と、カニコー本が出ましたね。『蟹工船」は160万部売れ、漫画にもなり、『雨宮処凛が読む「蟹工船」』も出ました。不破哲三の『小林多喜二・時代への挑戦』も去年の7月に出ています。この、カニコー・ブームで日本共産党の入党者が去年、9千人増えたといいます。今年初めのサンプロ(テレ朝)に出演した志位委員長は、「1万3千人増えた」と言ってました。どんどん増えてるんですね。
多喜二の活動した頃は共産党は非合法。入党したというだけで逮捕され、拷問される。国家暴力(テロ)の荒れ狂った時代でした。そんな中で多喜二は入党し、活動します。本当は作家として作品だけ書いて側面から共産党を応援する道もありました。しかし、「安全圏」にいて、ものを書くだけでは申し訳ない、と思ったのでしょう。入党し、レポ(連絡)やオルグ(勧誘)をやります。それらは全て当時は「非合法」です。そんな、危ない活動を続け、逮捕され、虐殺されます。
酷い国家です。酷い警察です。それに、多喜二は「同志」の手引きで捕まります。「同志」がスパイだったのです。酷い党です。スパイが、ゴロゴロいたのです。不甲斐ない党です。でも、そんな党でも多喜二は信じ、命を賭けて活動したのです。そんな多喜二の孤独な、絶望的な闘いについても書いてみようと思いました。
本のタイトルは、正式には『魂の革命家・小林多喜二 「蟹工船」を読み解く』です。ちょっと長いので、『「蟹工船」を読み解く』と呼びましょう。タイトルもいろいろ考えましたし、迷いました。
『今なぜ「蟹工船」か』『「蟹工船」はこう読め!』『「蟹工船」と私』…とか。『小林多喜二と天皇制』というタイトルも考えました。「天皇制国家に殺されたからか?」と言われるかもしれません。それもあります。しかし、「反天皇」の本にする気はなかったのです。むしろ、多喜二の心の中の「天皇」を考える本にしようと思いました。多喜二は仁徳天皇が大好きで、よく母にも話をしたといいます。貧乏な人をなくそうとした気持ちは、自分たちの運動も同じだ、と。これは間違いないと思います。「天皇さまと同じことを考えていた。それなのに天皇さまの国家によって殺された!」と母は嘆きます。
さらに、里見岸雄という「補助線」を一本、ひいて考えてみました。多喜二の『蟹工船』が出版されたのは昭和4年で、ベストセラーになりました。同じ昭和4年に、里見岸雄の『天皇とプロレタリア』が出版され、これもベストセラーになり、2年で百刷を重ねました。里見は、「金持ちや権力者のために天皇があるわけではない。プロレタリアのためにこそ天皇はあるのだ」と言います。そして、神ながらの旧い国体論を排し、科学的国体論を唱えます。
2人は、左右のベストセラー作家として、意識していたはずです。しかし、会うことはありません。又、相手のことについて書いてもいません。しかし、間違いなく意識し、ライバル視していたはずです。
里見は、多喜二と出会っていませんが、共産党のトップ・徳田球一とは出会ってます。そして、天皇論をめぐって大討論会をやろうという話になります。ハラハラ、ドキドキする話です。詳しくは、本書で。本文の目次だけは紹介しましょう。本の「流れ」が分かると思います。
はじめに
《第1章》「使い捨て」にされた多喜二
《第2章》 多喜二は「左翼陣営統合の象徴」だ
《第3章》 これは〈革命小説〉なのだ!
《第4章》 右翼も「党生活者」から学んだ
《第5章》 この小説の主人公は「団結」だ!
《第6章》 「生存権」と天皇制
《第7章》 対露恐怖症と〈愛国心〉
《第8章》 サボ。そして、ストライキ成功!
《第9章》 『蟹工船』の死。多喜二の死
《第10章》 多喜二と里見岸雄
《第11章》 では「天皇制」をどうするか
そして、「あとがき」になるのですが、その前に、〈特別対談〉があります。日本共産党の元No.4の筆坂秀世さんと対談したのです。「小林多喜二と共産党」について。そのあと、「あとがき」「小林多喜二年表」と続きます。
筆坂さんには今年になって、急遽、お願いしました。まだ正月気分の抜けない1月7で(水)でした。高田馬場第5ルノアールの会議室でやりました。とても充実した、濃密な対談になったと思います。自分なりに多喜二を愛し、必死に多喜二論を書いたつもりです。しかし、当の共産党の人たちから見て、見当外れかもしれない。「全く、多喜二論になってない」と言われるかもしれない。それが不安でした。左翼にとって多喜二は神聖な存在です。それなのに、「右翼が土足で入って来て、許せん!」と怒鳴られるのではないか。そう心配しました。それで、ゲラを事前に見てもらって、検証してもらおうとしたのです。筆坂さんは、「よかった」と言ってくれました。「多喜二も喜んでます!」と。ありがたいお言葉です。
そして、グッと深い多喜二論が展開されました。日本共産党における多喜二の地位。作家として、どう思われてきたか。又、天皇制をめぐる話も興味深いものでした。こうしたテーマでは、初めて話してくれたと思います。又、「この『蟹工船』ブームで党員が1万3千人増えた」という言葉の謎にも迫ります。なるほど、そうだったのかと思いました。
又、筆坂さんは、ご自分の「天皇体験」についても語ってくれました。「なるほど、そういうものなのか」と聞いていて感動しました。
この本がキッカケになって、さらに多喜二が、そして里見岸雄が読まれたらいいと思っています。
この本が全国の書店に並んだのは3月6日(金)ですが、見本誌は2月27日(金)にもらいました。10冊です。午後、西新宿にあるデータハウスに取りに行きました。データハウスは、千点以上も出版物がある中堅出版社です。ハウツー本、クイズ本、英会話本、そして思想的な本と、幅広く出しております。元社会党議員の上田哲さんの本も10冊ほど出しています。特に、上田さんの亡くなる前に出した「日本軍拡史」は素晴らしい本です。上田さんの国会での防衛論議の全てが入っています。1千ページを超えます。そして定価も6090円です。本というよりも辞典のようです。カバンに入れて、電車の中で読むことは出来ません。
上田さんのこれが「遺書」になりました。データハウスの鵜野さんとは、上田哲さんの関係で知り合いました。でも驚きましたね。去年の7月上旬に、「『蟹工船』について書きませんか?」と言われたのです。多喜二の小説は好きで、大学生の時から読んでました。そのことは余り喋ったことはないし、書いてなかったと思います。フォアビギナーズの『ヤマトタケル』(現代書館)に、ちょっと書いたくらいです。でも、ずっと気になっていました。そして、里見岸雄がらみで、いつか書いてみたいと思ってました。その気持ちをズバリと見通された気がして、ギクッとしました。他にも仕事があって、忙しかったのですが、「これはやるしかない」と思いました。それで、挑戦してみました。
2月27日(金)に見本誌をもらい、翌、28日(土)、塩釜で兄貴や弟に会ったので、本をあげました。(塩釜での写真を載せました)。さらに、FM浦和と大阪の「ムーブ!」に送りました。FM浦和は3月2日(月)に、「ムーブ!」は3月5日(木)に出演する予定だったからです。ありがたいことに、両方とも生番組中にこの本を紹介してくれました。
FM浦和の小島貴之氏は、「面白かったです」「鈴木さんの最近の左傾の意味が分かりました」と言ってました。それと、この小島氏は凄い人なんですよ。父方のおじいさは2.26事件に参加している。安藤隊だったといいます。又、母方のおじいさんは日本共産党員で、ゾルゲの仲間だったといいます。凄いですね。昭和史の生き証人です。僕をゲストにするよりも、小島氏に対し、僕がインタビューした方がよかったでしょう。
「田中智学の息子が里見岸雄だとは知りませんでした」と小島氏が言う。普通なら、田中も里見も知らない。よく2人を知ってたね、と聞いたら、宮沢賢治が好きでよく読んでいて、賢治が国柱会(田中智学代表)に入っていたことを知ってたといいます。国柱会は当時の熱烈な、愛国的宗教団体で、石原莞爾も入ってました。その田中智学の息子が里見岸雄です。国柱会の日蓮主義を基にして、科学的天皇論を書きます。『天皇とプロレタリア』『国体に対する疑惑』などの挑発的なタイトルの本がベストセラーになります。『天皇?』『吼えろ日蓮』という本もあります。
3月5日(月)の大阪朝日放送の「ムーブ!」でも紹介してくれました。「表紙もまっ赤ですね」とアナウンサーが驚いていました。「心もまっ赤です」と言いました。「でもどうして右翼の鈴木さんが、左翼の本を?」と聞かれました。「進化です」と答えました。
というわけでオワリ。私の「進化」の証を読んで下さいましな。