2007/04/27 鈴木邦男

国民は怒っているぞ!「カレー事件」最高裁判決

①日本の最高裁も終わりだね

産経新聞(4/22)
産経新聞(4/22)

 酷い判決だ。酷い裁判長だ。「証拠はない。動機もない。自白もない」。これなら無罪だよ。少なくとも、「疑わしきは罰せず」だ。でも、裁判長は無罪にする〈勇気〉がなかった。世間の空気に押され、遺族感情に押されて、一、二審を「追認」しただけだ。そして死刑判決だ。
 和歌山毒カレー事件で4月21日(火)、林眞須美さんの死刑が確定した。最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は、一、二審を支持し、眞須美さんの上告を棄却した。
 それにしても驚いた。最高裁の裁判長ともあろうものが、こんな杜撰な理由で、死刑判決するなんて。もっと、緻密な証明があると思ったが、酷い。はっきり言って小学生以下の文章だ。「だって他に怪しい人はいないじゃないか」「あんなことをやるのは眞須美被告しかいないよ」と言ってるだけだ。それに、「証拠も動機もないが、そんなことは大した問題じゃない」という。さらに、「こんな残酷なことをやりながら、全く反省がない。だから許せない」と言う。酷いね。
 最高裁裁判長の言うことかね。だだっ子の理屈だ。「反省がないから死刑だ」というが、やってないんだ。「反省」のしようがない。やってなくても、しおらしくして、「こんなことで疑われる私が悪いのです。申し訳ありません。だから死刑にしてください」と言えばいいのか。奇妙な「判決文」だ。日本語としても全く論理が通ってない。裁判官も劣化した。と思った。
 もしかしたら、これは「罠」か。「陰謀」か。「こんな裁判じゃ不安だろう」と国民に思わせ、隙(すき)を見せる。「だから裁判員制度が必要なんだよ」と思わせるためか。一瞬、そう思った。しかし、それはないだろう。「裁判員制度」をやるための「誘い水」としては余りに犠牲が大きすぎる。要するに、裁判官が全て劣化しているのだ。勇気がない。自分の信念がない。やっぱり「役人」なんだよ。動機はない。証拠はない。じゃ、状況証拠だけで死刑にしていいのか、と良心の疼きは感じたはずだ。だからといって、「無罪」にする勇気はない。「無罪」にしたら、マスコミや遺族、国民からどれだけ罵倒されるか分からない。それ以上に、自分の所属する司法界でたたかれる。叩かれるどころじゃない。自分の立場はなくなる。そんな「個人的不安」で、上告棄却したのだ。
 いや、あえて、こんな杜撰な甘い文章を書いた、という評論家もいる。つまり、この理屈の「はっきりした証拠もない。動機もない。でも、これだけ疑われている人は死刑にしていいんだよ」と、裁判員制度の人々に「教える」ためだという。うーん、それもあるのかな。

②これは現代の魔女裁判だ!

「毒カレー事件を考える」集会で挨拶する鈴木(2/14)
「毒カレー事件を考える」集会で挨拶する鈴木(2/14)

 何度も言うように、「証拠」はない。しかし、裁判長は言う。「状況証拠を総合すると、眞須美被告が犯人であることは合理的な疑いがない程度に証明されている」。これが裁判長の文章かよ。だったら、少しでも疑わしい人間は皆、死刑になってしまう。
 又、「動機」もない。だが、裁判長は、「動機が未解明でも、犯人との認定を左右しない」という。動機もないのに犯行を犯す人はいない。動機があるからやるのだ。初めは、「街の人たちと仲が悪く、それを恨んでカレーにヒ素を入れたのではないか」と言われていたが、そんな事実はなかった。いくら調べても、「動機」はない。面倒だから、「動機はないかもしれないが、彼女がやったんだ。だって一番怪しいじゃないか」と言ってるようなもんだ。
 又、眞須美さんは、一審では黙秘。二審の大阪高裁の法廷では一転して自ら無罪を訴えた。これは不自然だと思ったのだろう。「被告が突然、真相を吐露したとは考えられない」と一蹴し、死刑を支持した。
 一審で黙秘したのは法廷戦術としては下手だったかもしれない。しかし、本人にしたら、全く身に覚えのないことで逮捕され、あきれて何も言う気になれなかったのだろう。馬鹿らしい。ありえない。という驚きの気持ちで、「こんな連中に付き合ってられるか」と思ったのに違いない。黙っていても、疑いは晴れる。そう、軽く考えていたのかもしれない。ところが、その態度が「ふてぶてしい」と思われた。又、「他に怪しい人間はいない」「やっぱり眞須美だろう」ということで、一審で死刑判決になった。
 思ってもないことで、眞須美さんは慌てた。大変だ。黙っていたら殺されてしまう。そう思って二審では、喋り出した。でも、「その態度が豹変したのが不可解だ。やっぱり怪しい」となって、二審も死刑判決だ。言うこと為すことが全て、悪くとられる。かわいそうな話だ。

(左から)鈴木、安田弁護士、林健治さん
(左から)鈴木、安田弁護士、林健治さん

 さらに、最高裁では、「この犯行は地域社会はもとより、社会一般に与えた衝撃も甚大で、卑劣で残忍だ。それに対して全く反省がない」という。だから死刑だ、と。文章も変だし、文法上も間違っている。初めから犯人と決めつけ、なぜ「自白しないのか」「動機を言ってみろ」と言う。やっていないのだから、動機はない。当然、自白もしない。そうすると、「態度が悪い」「反省の色がない」と言う。これじゃ、完全に中世の「魔女裁判」だよ。
 魔女裁判では、地域で怪しい女性、評判の悪い女性、態度の悪い女性を捕まえて、「おまえは魔女だ」と決めつけ、拷問した。皆、冤罪だ。でも、拷問のきつさから、「自白」した。「はい、私は空を飛びました」「はい、私は子供を食べました」「はい、私は、人を殺しました」と。でも、これは「魔女」たちが考えたものではない。裁判官たちが考えたものだ。「お前はこんなことをしただろう」「こんなこともした」と具体的な「メニュー」があるんだ。裁判官たちの「妄想」だ。そんなマニュアルを作って、「被告」たちをそれに当てはめて、魔女にし、火あぶりにしたのだ。裁いた裁判官こそが本当は「魔女」だったのだ(男だから、魔男かな)。
 中には、拷問のあまりの辛さに、こう叫ぶ者もいた。「はいはい、私は魔女です。何でも認めます。ところで私は何をやったんですか。教えてください。その通り自供しますから」。そうなんだ。カレー事件だってそうだ。「私は何をやったのか?」と聞きたいだろう。「お前はこういう犯罪をやったのだ」というのは裁判所の「作文」であり、「妄想」なのだ。だから、「やってもいないことで国家に殺されてはたまらない」と眞須美さんは叫んでいる。

③「疑わしきは罰せず」の原則はどこへ行った

「日本暗殺秘録」
「日本暗殺秘録」

 私は去年、大阪拘置所にいる眞須美さんに面会した。それ以来、ずっと手紙のやりとりをしている。「やっていないのに殺人犯にされた。そして国家に殺されるのか」と毎回、書いている。悔しいだろう。かわいそうだ。何も出来ない我々が自分でも歯がゆい。
 それに、遺族も問題だ。いや、遺族が悪いのではない。遺族への「取材の仕方」が悪いのだ。遺族は「判決は当然だ」と言う。「動機をちゃんと言ってほしかった」とも言う。やってないから動機もないのだ。それなのに判決を全て信じて、その上で言っている。さらに、記者会見に臨んだ遺族たちは、「再審請求などせずに、判決を受け入れてほしい」と訴えた。それも酷い話だ。やってない人間(あるいは容疑がはっきりしない人間)に対して、「早く死ね」と言っているのだ。そうなると遺族は「被害者」じゃなくて、「加害者」になってしまう。違うだろうか。
 いや、遺族を責めているのではない。遺族としたら、「犯人は」は憎い。しかし、本当に犯人かどうか、分からないのだ。それなのに、「死刑判決が出たのだから、もう争わず、死んでくれ」は酷いだろう。勿論、その「根拠」を与えた裁判所が一番悪いのだが。そして、そんなことを言わせるマスコミが悪い。

 眞須美さんや弁護団は、「いや、真犯人は他にいる」と言っている。具体的な名前も出ている。これも大変だ。自分の冤罪を晴らすためには「真犯人」を、自分で探すしかないのか。そう思い込ませ、追いつめる日本の警察・裁判所が悪い。本当は彼らがやることだ。容疑をかけられた人間は、自分のことだけを言えばいい。やってなければやってないと言えばいい。ところが、「他に怪しい人間はいない」と言うだけで、皆、捕まえられ、殺されるのか。これではたまらない。そうしたら、容疑者は、必死になって「あいつの方が怪しい」「あいつもおかしい」と苦し紛れに口走るよ。容疑者にそんなことをさせてはならない。
 あくまでも、「疑わしきは罰せず」だ。僕らも高校の社会で習った常識だ。ところが、今回、証拠がなくても、動機がなくても、自白がなくても、「疑わしき」は全て「罰している」。恐ろしい話ではないか。

④確かに「いい人」ではない。しかし…

中島貞夫監督(右)と(4/18)
中島貞夫監督(右)と(4/18)

 「でも、彼女が一番怪しいんでしょう」「カレーのそばにいたんでしょう」と、一般の人は言う。それに、林さん夫妻は過去、「保険金詐欺」をやってきた。それが一番心証が悪いのだ。「ほら見ろ、悪い人じゃないか。詐欺をする人間だ。だから人殺しもするんだ」と思う。マスコミ報道も悪い。眞須美さんが、マスコミに向かってホースで水をまいてる場面ばかり流す。何十回、何百回も、まるで、毎日、水をかけているようだ。それに、「ふてぶてしい」「素直じゃない」と言う。確かにそんな印象を与える。又、金のために保険金詐欺をした。とても、「いい人」ではない。「悪党」だろう。だからといって、「殺人もやったに違いない」とはならない。 それは、人間観察が甘いのだ。裁判官もその点は「ウブ」だ。「シロウト」だ。自分たちは、子供の頃から、優秀で、エリートで、この階段を登りつめた。だから、犯罪者を何十人も裁いても、本当のところで、彼らの(心情)が分からない。
 これは眞須美さんの夫の林健治さんが言っていた。「金のために保険金詐欺をした」といわれた。「金のために何でもやる」といわれた。でも、だからこそ、金にもならない毒カレー事件などやるはずがないでしょう、と言う。これには説得力がある。しかし、犯罪などしたことのない裁判官には、犯罪者の心理が分からない。犯罪の襞が分からない。
 又、ヒ素は殺虫剤、などとして、使ってる家庭が他にもいくつもある。眞須美さんの家では以前、「白アリ駆除」の仕事をしていて、それに使うヒ素があったのだ。それで、眞須美さんが「一番怪しい」となった。又、(保険金詐欺)にはヒ素も使われている。彼らはヒ素を扱うプロだ。
 だからこそ、眞須美さんではない。万が一、住民の人と不和で、思い知らせようと考えたら、ほんのちょっとだけ毒を入れておく。そんな「さじ加減」が分かる。ところが、カレーには大量のヒ素が入れられた。どんな被害が出るかも知らなかった。ヒ素を扱ったことのない、「シロウト」がやったことだろう。誰かが誰かを恨み、入れた。腹を下す位だと思ったのか、あるいは、食中毒と思わせるか。「シロウト」の考えそうなことだ。
 そしてあんな大事件になった。今さら、怖くて名乗り出れない。それが「真犯人」の今の状況だ。

⑤最後は「週刊新潮」に頼むしかないか!

トーク中の中島監督
トーク中の中島監督

 それに、大事なことがある。この事件は平成10年に起こっている。カレーを食べた4人が死亡、63人がヒ素中毒となった。あと5年で「時効」になる。「真犯人」にとっては時効だ。そうすると、金に困って、「実は私が本当の実行犯だ」と出てくるかもしれない。週刊誌が大金を出すなら、出てくるだろう。警察でも調べる。犯人しか分からないことも詳しく知っている。はっきりした動機もある。証拠も差し出す。正真正銘の真犯人だ。でも、時効だから逮捕はできない。そうしたら、眞須美さんを釈放するしかない。
 本当は、今すぐ真犯人に出てきてほしい。名乗りを上げてほしい。弁護側もそう望んでいる。しかし、(死刑)を覚悟して、出てくるかどうか。でも、真犯人を捕まえるのは警察の仕事だろう。「いや、これ以上に疑わしい人間はいない」「皆が、眞須美が犯人だと言って納得してるのだ。何も、又、騒ぎを起こさなくても」と思っているのだろう。
 でも、確実なのは、5年後、「時効」になったらカレー事件の真犯人は名乗り出る。その時は、週刊誌が「誘い」をかけたらいい。「名乗り出たら1千万出す」と。そして、4週連続で「告白文」を載せる。さらに、まとめて本にする。勿論、「週刊新潮」に載せるんですよ。赤報隊の誤報の「罪ほろぼし」だ。これで、「週刊新潮」も、やっと信用を取り戻せる。その時、金に困っているだろう、真犯人も大金を手に入れられる。そして眞須美さんは救出される。

(左から)木村三浩氏、筆坂秀世氏(4/13)
(左から)木村三浩氏、筆坂秀世氏(4/13)

 でも、これは、最後のギリギリのことだ。その前に、「裁判員制度」がある。僕はこの制度には反対だが、でも、もしかしたら、これがいい方向に働くかもしれない。だって、新聞の報道を見ても、一審、二審の時とは明らかに違う。「こいつしかいない」「毒婦だ!」「悪党だ!」と前は書いていたのに、今回は、「これでいいのか?」という戸惑いがある。識者のコメントだって、「当然だ」という人と共に、必ず、「これはおかしい」という人も載せている。「証拠はない」「動機はない」。それで死刑にしていいのかな、という迷いがあり、戸惑いがあるのだ。
 裁判員制度で、「死刑」にして、後で真犯人が現れたら、裁判員は「殺人者」になってしまう。
 今回の最高裁の裁判官たちも皆そうだ。「殺人者」になる。真犯人は必ず見つかる。その時は、釈放された眞須美さんは、自分に「死刑」を下した裁判官全員を訴えたらいい。「殺人罪」あるいは「殺人未遂罪」で訴えたらいい。証拠もなしに、本当に殺そうとしたのだから。「眞須美の逆襲」が始まるよ。

⑥100人の犯人を逃がしても、1人の冤罪を出すな!

筆坂秀世さんと。右の人は何者?
筆坂秀世さんと。右の人は何者?

 昔、羽仁五郎は言っていた。「100人の犯人を逃がしても、1人の冤罪を出してはいけない」。凄い言葉だと思った。極論だが、真理だ。でも、100人は多すぎると思うけど、まァ、どんなことをしても、冤罪だけは出すなということだ。裁判官としては最も心してほしい言葉だ。ところで、羽仁五郎はこの言葉をどこで言ったのだろう。多分、『都市の論理』じゃないのかな。あるいは岩波新書の『ミケランジェロ』かな。と思って、ネットの古本屋で調べて買った。ところが驚いたことに、『都市の論理』(上・下)も『ミケランジェロ』も、「1円」なのだ。3冊とも1円だ。羽仁五郎も、「忘れられた思想家」だ。かわいそうに。だったら、30年経ったら、私の本なんて、定価が「マイナス」になるかもしれん。羽仁五郎が1円なら私は、「マイナス500円」だな。「買ってくれた人には500円あげます」。悔しいな。それほどしてまで、捨ててしまいたい本なのか。
 ところで、例の「100人の犯人を…」の言葉にはまだ出会っていない。羽仁の本を読んでるが見つからん。そんな時、アメリカ人に教えられた。知らない外人だ。今、「CSI」というアメリカのテレビ映画を見ている。「科学捜査班」と訳すらしい。

 100巻以上あるが、TSUTAYAで借りて90巻まで見た。犯罪の勉強のために、全て見ておかなくてはと思っている。ノルマとしてみている。そうしたら、ある事件で弁護士が叫ぶ。「我が国の誇るべき伝統としてこういう言葉があります。100人の犯人を逃がしても1人の冤罪を出してはいけない」。ゲッ、アメリカにあった言葉かよ。それを羽仁五郎が使ったのか。まさか逆じゃないだろうな。羽仁五郎の1円の本をアメリカ人の脚本家が読んで、それで、「CSI」に使った。ウーン、謎が謎を呼ぶ事件だ。弁護士さんに聞いてみよう。それに、裁判の基本として、「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」といわれる。今の日本では全く忘れ去られた「裁判の常識」だけど。でも、この言葉は一体、誰が言ったのだろう。裁判員制度を「発明」した人か。あるいは「聖書」の言葉なのか。調べてみよう。

【だいありー】
盗撮ではありません
盗撮ではありません
  1. 4月20日(月)ずっと原稿を書いていた。随分と書いている。最近は、月に軽く200枚以上は書いてる。キツイ。でも、佐藤優さんなんて、月に1000枚近く書いてるという。凄いね。
     原稿ができてFAXで送る間、何気なく、テレビを見ていた。手が不自由で、全てを足でやる少年が出てきた。ペンを足の指にはさんで文字を書く。足でギターを弾く。凄いなーと思った。よし、俺も練習しよう、と思って、やってみた。できた! 柔道をやってるから足の指は発達しているのだ。それとも、木の枝にぶら下がっていた大昔の「記憶」があってできるのか。それで、短い用件は足で書いてFAXすることにした。「何だ、この字は!」と文句言われた。でも、仕方ないじゃん。文字を書いて、まだ1日目だもん、この足は。
     じゃ、机の上では手で書いて、あるいはパソコンで打つ。一方、足元では他の原稿を書いて、同時に2つの文ができちゃうよ。これはいい。
     夜、久しぶりに柔道に行った。足の練習をした。疲れた。
  2. 4月21日(火)「和歌山毒カレー事件」の判決がある。最高裁も死刑だ。酷い話だ。午後、取材。そのあと図書館。
     午後7時、志の輔さんの落語会。志の輔さんと松元ヒロさんに本を渡す。「蟹工」の本ですよ。ヒロさんは、最近、紀伊国屋でやったソロライブで「蟹工船」をやったという。見たかった。「蟹工」について、どっかで対談しましょうと言っておいた。
  3. 4月22日(水)仕事が遅れている。家に閉じこもって書いた。夜もずっと書いている。
「早稲田文学」(春号)より
「早稲田文学」(春号)より
  1. 4月23日(木)午前11時サンルートホテル。「信濃毎日新聞」の取材を受ける。5月3日の憲法記念日にちなんで、「憲法と愛国心」のテーマだ。もしかしたら、5月3日に載るのかもしれない。  1時から、別の取材。
     3時、河合塾コスモ。「現代文要約」。5時から、「基礎教養ゼミ」。前田朗さんの『非国民がやってきた——戦争と差別に抗して』(耕文社)をテキストに、生徒と読む。前田さんは東京造形大学の教授で、「非国民ゼミ」をやっている。「非国民」と批判された人々を扱って〈平和と国家〉を考える。幸徳秋水、小林多喜二など、国家に殺された人々を中心に書いている。なかなか興味深い本だった。私もいつかこの「非国民列伝」に入るような人になりたい。
     授業の途中だったが、中座して、赤坂の全日空ホテルに。6時から加藤紘一さんの出版記念会が始まっていた。『劇場政治の誤算』(角川oneテーマ21)の出版記念会だ。広い会場が人で一杯だった。加藤さんと、最近の政治状況について話をした。
     8時、パーティが終わって帰ろうとしたら、知り合いの人に呼び止められた。「ちょっと飲んでいこうよ」と。原稿がたまってるし、急いで帰りたかったが、気が弱いので断れず、「じゃ、ちょっとなら」と付いて行く。何と、六本木のキャバクラだった。「へエー、これがキャバクラか!」と感動した。キョロキョロ見回していたら、お姉ちゃんに笑われた。ウーロン茶だけで、お話をした。皆、長いドレスを着た美しい女性ばかりだった。生まれて初めての体験なのでアガった。震えた。
     家に帰ってから、アセって原稿を書く。明日の予定もあるし。朝3時まで、仕事。
「早稲田文学」(春号)より
「早稲田文学」(春号)より
  1. 4月24日(金)2時間だけ寝て、5時に起きる。東京発7時50分の新幹線で大阪へ。大阪読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」に出る。12時半から2時半まで収録。「和歌山毒カレー事件」や「週刊新潮誤報事件」。景気回復策。SMAP草なぎ君逮捕。日本人の休日…など盛り沢山だった。
     松浪健太さん、原口一博さんらと同席。毒カレー事件で、三宅久之先生が、「状況証拠だけで死刑にするのはおかしい!」と一喝。驚いた。三宅先生を見直したよ。他の人たちも、「これは危ない」「動機がない」と言う。「これじゃ、法務大臣は誰も判を押せない」…と。新聞の論調だって、「両方」の意見を載せている。割れている。一審、二審の時とは、全然状況が違う。収録後に勝谷さんとネットの対談で、この事件について、さらに詳しく話す。又、収録前には、日教組の問題について話をした。
  2. 4月25日(土)午前11時。「サイゾー」の取材。「日本のタブー」について。午後、「カレー事件」の支援者と打ち合わせ。
  3. 4月26日(日)午後2時、骨法道場へ。堀辺正史先生の「平成攘夷論セミナー」。とても勉強になりました。
【写真説明】

①4月21日(火)和歌山毒カレー事件の判決。「眞須美被告、死刑確定」と4月22日(水)の新聞は全て一面で報じてました。

②「和歌山毒カレー事件を考える集会」では私が代表者として挨拶をしました。又、早急に集会をする予定です。

③安田弁護士、林健治さん(眞須美さんの旦那さん)と。

④東映「日本暗殺秘録」

⑤「日本暗殺秘録」の監督・中島貞夫さんと。4月18日に会って話をしました。

⑥トーク中の中島監督。

⑦一水会フォーラムの二次会で(4月13日)。筆坂さんの表情が愛らしいですね。左は木村三浩氏。

⑧「鈴木宗男を叱咤・激励する会」で。(4月7日)。筆坂さんと。右の人物は一体、誰なんでしょうか。

⑨足が可愛いので、つい盗撮しました。ちゃいまんねん。学校に行ったら、変わった靴下をはいてる子がいた。「ユーレイなんです」。「でも、ユーレイには足がないんだろう」「そこが、いいんです」。面白いんで、「写真、撮っていい?」と言ったら、「いいよ」。それで写メしました。

⑩「早稲田文学」(春号)に、私は、「小学校で習った思い出の文学」として、山本有三編著の『くちびるに歌を持て』について書きました。表紙には、私のイラストが。みやま荘で鉄道模型で遊んでいます。しかし、私の趣味をよく知ってますね。盗撮されたのかな?

【お知らせ】
  1. 筑摩書房のPR誌『ちくま』(5月号)に原稿を書きました。「右翼の本棚」という連載で、3回続きます。第1回目は「筑摩書房の思想大系」です。このPR誌は書店では大体、置いてます。無料でもらえます。
  2. 5月6日(水)発売の月刊「創」(6月号)には、「日本主義は左」を書きました。それと、聖路加国際病院の日野原重明先生との対談も載ってます。1970年の「よど号」ハイジャックで人質になった人です。その時の、知られざる真実を語ってくれました。
  3. 5月6日(水)、私の『公安警察の手口』(ちくま新書)が増刷されます。第5刷です。ありがたいですね。長く売れてます。いろんな意味で、「不安の時代」を迎え、公安の動きも気になるのでしょう。
  4. 「怒りの復活」をした『朝日ジャーナル』(4月30日号)は、完売で、急ぎ増刷してるそうです。いいですね。こういう知的で戦闘的な雑誌が売れ、歓迎されることは嬉しいです。
  5. 「SPA!」(4月28日号)の坪内祐三・福田和也「これでいいのだ!」で、例の「週刊新潮」誤報事件について話している。その中で、一水会と大東塾を評価していた。嬉しいですね。
  6. 4月11日(土)から5月17日(日)まで、沖縄県立博物館・美術館で、「アトミックサンシャインの中へ。in沖縄」が開催されます。「日本国平和憲法第九条下における戦後美術」です。
  7. 5月5日(火)午後2時。神田文房堂ギャラリー(千代田区神田神保町1−21−1)。内海信彦氏との討論。「政治運動と芸術」についてです。
「左右レボリューション21」
5月5日(火)(15:00〜17:30)
対 談 鈴木邦男×内海信彦

◎文房堂ギャラリー
千代田区神田神保町1−21−1 文房堂ビル4F
tel: 03-5282-7941(会場直通:会期中のみ使用可能)
tel: 03-3294-7200(ギャラリー事務所)
http://www.bumpodo.co.jp/

access
「神保町」駅
(東京メトロ半蔵門線、都営三田線、新宿線)A7出口徒歩3分
JR「御茶ノ水」駅 御茶ノ水橋口徒歩10分
  1. 5月19日(火)7時、サンルートホテル。一水会フォーラム。山田吉彦先生(東海大学教授)の「日本の領土が危ない」。
  2. 6月15日(月)7時、一水会フォーラム。今売れている『日米同盟の正体』(講談社現代新書)の著者・孫崎亨氏が講師です。
  3. 8月21日(金)〜23日(日)。劇団再生の主催で「見沢知廉生誕50年展」が行われる。「天皇ごっこ〜調律の帝国」の舞台化。そして、トークライブとして高木尋士氏と私の「死後に成長する命・言葉・人生」があります。お楽しみに。この日、50才で誕生した見沢氏は、これから、どんどん若くなって、さらに多くの可能性に挑戦するのでしょう。
     トークには、現在、映画『見沢知廉』を撮っている大浦信行監督も3回共、参加することになりました。ご期待下さい。見沢氏本人も特別出演するかもしれません。
  4. 9月28日(月)午後7時、Parc自由学校で講演します。「天皇制と民主主義」です。 「Parc自由学校 2009」の受講案内のパンフレットが送られてきた。「連帯のための哲学=生きる場のことばと実践から」のコーナーで私は講義します。パンフレットには、私の「天皇と民主主義」の講義の紹介が書かれている。
〈天皇制と民主主義は両立するのか。天皇制は民主主義の例外か。民主主義の欠陥を補うものか。あるいは、完全な民主主義実現のためには廃止すべきものか。天皇制を「休む」という選択肢も含めて危ないテーマについて考えてみる〉